4 決闘の逆モヒカン ~そして真実の愛を~

 ニーノのプロポーズは男の意地から出たものであった。


「この縁談を反故ほごにするため、ドナテラ嬢はこのような真似をした」


 この縁談はサンセット家のによって持ち掛けられたものにも関わらず……


「こんな女を嫁に出来るものならしてみろ」


 そう言われ、侮辱されているのだと思えてならなかった。


 自分は婿だと理解はしていたが、男としてのプライドはある。


 男ならば、断固としてこのドナテラの逆モヒカンに屈してはならない!


 ニーノは本来優しい性格の男だが、同時に人一倍負けん気の強い男でもあった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 2人は結婚に向け動き出すこととなった。


 「120%破談になる!」

 「そのうえでサンセット家は物笑いの種に!」


 そう思っていたドナテラの両親であったから、ニーノの申し出には両手もろてを挙げての大喜びであった。


 トントン拍子で段取りが進んでゆく。


 ――しかし。あの日以来、当のドナテラはふさぎ込んでいた。目論見が完全に裏目に出たからである。


「逆モヒカンでも構わない。その髪型ごと、貴女を愛します」


 こうまで言われてしまっては、もはや一方的に拒否することも出来なくなった。


 むしろ周りは「これこそ真の愛じゃないか!」と言い出す始末である。


 違うのに。

 こんな結果を望んでやったんじゃないのに。


 自室の出窓に腰掛けながら、ドナテラは深い深いため息をついた。


「お嬢様……大丈夫ですか?」


 そのかたわらで、心配そうにシシリーが声をかける。


「ありがとうシシリー。大丈夫だ。私は、けしてあきらめない」


 そう言ってドナテラは、そっとシシリーの手に触れた。


「が、頑張って下さいませお嬢様!」


 シシリーは両手で包み込むようにドナテラの手を握って言った。


「お嬢様が想いを通されなければ、私があんな思いまでしてお手伝いした甲斐がないではありませんか!」


 ぎこちなく、でも健気な思いで励ましてくれるシシリーの姿を見て、ドナテラは顔を上気させて笑った。


 大輪の牡丹ぼたんが花開いたかのような、あでやかで美しい笑顔だった。


 ドナテラにつられてシシリーも笑顔になった。彼女の優しい人柄がよく現れた野路菊のじぎくのような笑顔だった。


 しばらく2人で物言わぬ花のように微笑み合い、それからドナテラはフッと真剣な表情になって言った。


「決めた」


「え?」


「決闘だ」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――同日午後。

 ――サンセット家の中庭。


 そこに互いに腰から真剣をげ、対峙たいじするドナテラとニーノの姿があった。


「……今日は結婚式で貴女が着るドレスを一緒に選ぶため、参ったはずですが?」


 もはや驚きを通り越し呆れたような顔でニーノがたずねる。


 彼は屋敷につくや否や出迎えたドナテラに手袋をスパァアンッ! と、顔面に叩き付けられ、ワケも分からぬまま剣を渡され、ここまで引っ張って来られたのだ。


「ニーノ・ルダ・アストラス殿!」


 ドナテラが、シャッと腰のレイピアを抜き、切っ先をニーノに向けて叫ぶ。


「私と、決闘して欲しい!」


「……は?」


 ニーノはつとめて「バカバカしい」という表情を作りながら聞き返した。


「結婚、ではなくですか?」


「決闘だ!」


「……」


 ニーノはこれ以上ないというくらい大きなため息をつき、うなだれた。


「勝手ばかりで本当にすまない。だがこれも……」


「真実の愛を得るため。ですか?」


「その通りだ」


「……いい加減にしろ」


「なに?」


 ニーノは顔を上げ、鋭い眼差しで吐き捨てるように言う。


「いい加減にしろと言ったんだ! この世間知らずのお嬢様が! 愛だの恋だの、下らない戯言たわごとをいつまで口にするつもりだ! 挙げ句に……」


 それまでの柔和にゅうわな印象とはうって変わった、怒れる男の顔がそこにあった。


「……変な髪型しやがって!」


 言わずにはいられなかった。


「……ようやく貴方の本当の顔を見た気がする」


 言いながらドナテラは左足を引いて半身になり、レイピアを構えた。


「本気なのか?」


「私も末席とはいえ、騎士団に所属する身」


「その騎士団で……忘れたと?」


「無論忘れてなどいない。ニーノ副団長殿」


 シャッ! と鞘走さやばしりの音を響かせ、ニーノは荒々しく剣を抜く。


「いいだろう。夫として。副団長として。貴女には少々、しつけが必要なようだ」


 そう言ってニーノは、ドナテラと同じように半身となり剣を構える。


「私が勝ったら、この結婚は無かったことにしてもらう」


 ドナテラが声を張った。


「では、私が勝ったら?」


 ニーノも引く気はない。


いさぎよく、貴方の花嫁となろう。言うことも聴こう。ただし、ヘアースタイルだけは私の好きにさせて貰う」


「……それじゃぁ結局、今と何も変わらないだろうがっ!」


 言うが早いか、ニーノは大地を蹴り、鋭い刺突しとつを繰り出した。それを受け流し、ドナテラも素早く反撃を打ち込む。


 剣と剣が激しくぶつかり合い、甲高い金属音が幾重にも重なり響き渡る。


 互いに息もつかせぬ攻防。

 しかし、決着まで長く時間はかからなかった。


「イヤァアアアアッ!」


 気合いを込めドナテラが渾身の一撃をぶつけようと踏み込む。だがニーノは、それを見切り、たいを落として紙一重でその一撃をかわす。


「しまっ……!」


 ――ガキィンッ。


 ドナテラが身を引こうとした時には、ニーノが下から彼女の剣をカチ上げていた。


 空中でクルクルッと2回転してドナテラのレイピアが地面に落ちる。それとニーノの剣先が、彼女の首元に突き付けられたのはほぼ同時であった。


「……くっ」


「貴女の、負けだ」


「――!」


 ドナテラはその場に崩れ落ちた。


 はからずしてドナテラを頭から見下ろす形になったニーノ。ここからは彼女の頭の矢印が良く見えるのだった。


「さ、さぁこれで約束通り……いや、出来ればその髪型も普通のモノに変えてもらって……」


 ニーノがそう言いかけた時、ドナテラの頭の矢印が指す方から飛び出してくる者がいた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「お嬢様!」


 シシリーであった。


 彼女はニーノを押し退け、かばうようにしてドナテラに抱きついた。


「ご無事ですかお嬢様!」


「シシリー! すまないシシリー」


「いいんです。もういいんです、お嬢様」


 2人はひしと抱き合った。

 ドナテラが泣いた。

 追うようにしてシシリーも泣いた。

 もう止められなかった。

 2人は強く抱き合い、そして年甲斐もなくワンワンと声を上げて泣いた。


 そんな2人の、子どものような姿を見ながらニーノはやれやれと剣を納める。


 一体これは何なのか。


 なぜ、ドナテラはこのシシリーというメイドと抱き合って子どものように泣いているのか。


 間違いなく自分も当事者の1人であるはずなのに、この蚊帳の外に置かれた感。


 ニーノは改めてこの2人の様子をまじまじと見詰めた。そしてハタと気が付いた。


「……まさか、まさか貴女たちは……」


 ニーノの問いに、ドナテラは涙に濡れた顔で答えた。


「……はい。私は彼女を、このシシリーを愛しています」


「ではその頭は……」


「シシリーと共に居るために。あらゆる殿方からの求婚を受け付けないようにと、このヘアースタイルにしたのです」


 ドナテラの言葉に、シシリーはそっと目を伏せ、彼女に身を寄せるのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ニーノはあっさりと身を引く決意をした。


 と、言うか。


 本音のところは、これ以上この茶番劇の役者として舞台に上げられることの滑稽さに耐えられなくなったのだった。


「貴女方が歩もうとしている道はきっといばらの道でしょうが……そのようなアタマにされる覚悟がおありなのですから、大概のことは問題ないのでしょうね。では、どうぞお幸せに」


 ニーノはそう言い残し、きびすを返して去っていった。


 後に残されたドナテラとシシリーは、その場に座り込み、互いの手を強く握り合っていた。


「……シシリー」


「はい。お嬢様」


 ドナテラは真っ直ぐにシシリーの顔を見据えて言った。


「真実の愛を、2人で紡いでゆこう」


「……喜んで」


 ――そうして。


 ドナテラは生涯をシシリーと共に生き、独身であることと、その逆モヒカン矢印ヘアーを貫き通した。


 ドナテラの頭の矢印は、その根本に書かれた


「真実の愛に向かって」


 その言葉通りにシシリーに向き続けたのである。


 その生き様はまさに、清く、正しく、美しく。まさに騎士の模範となるようなものだったと後世に伝えられたという。


 ……髪型を除いては。


 ― fin ―

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百合騎士様の逆モヒカン ~彼女の愛の矢印はいつだって(→)あの娘に向いていた。なので家の事情で男と結婚なんか出来ません~ 第八のコジカ @daihachi-no-kojika

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