読者が自分のキャラクターを気に懸けてくれるなどと思い込んではいけない

 今回も『物語を書く人のための推敲入門』を参考に、ストーリーの推敲について解説します。


 本書には、自作のどこを推敲するべきかを確認するためのツールとして、以下の12項目の自己評価シートが収録されています。


 今回は、このチェックポイントのうち、特に


①コンセプト(コンセプトになるものがあるかどうか)

②ドラマの前提プレミス起伏アーク(主人公の探求と目的)


について解説したいと思います(残りは次回解説)。



 では、まずは①コンセプトについて。確認すべきポイントは「作品に求引力あるコンセプトがあるかどうか」です。


 ほとんどの場合、ストーリー内に弱点や機能不全があるのは、コンセプトそのものの性質が原因になっている。。退屈なコンセプトを心惹きつけられる前提に変えるのは難しいけれども、これは推敲の黄金環とも言える。この点は厳密に行うのが必須だが、問題解決できる前提を探すよりも、コンセプトの層をもう一枚重ねるのがふつうだ。

 幸い、ストーリーのコンセプトに信頼できる基準リストを照らし合わせていけば、その測定結果から、ストーリーをもっと魅力的な出来映えにするための様々な方法が見えてくる。ただ難しいことに、その基準に照らしてどれか一つでも弱いところがあれば台無しになってしまう。

 これから提示する基準を使えば、少しばかり理解して創造力を働かせるだけで、コンセプトが「ふーん」から「おおっ」というものへと高められる。今持っているものを手放すのは、なかなかできないことだけれども、そうすると物事にとらわれない考え方ができて改善の取り組みも前に進む。弱いところを理解すればその欠点を捨ててもっといいものに置き換えられるからこそ、こうして弱点の認識を修正プロセスの最初の第一歩とするのだ。目標とする特定のゴールがあるなら、自由な考え方も実りあるものになることが多い。

――『物語を書く人のための推敲入門』


 さて、そもそもコンセプトとは何なのでしょうか。本書の定義を紹介します。あわせてこの連載の「コンセプト篇」を再読していただけるとより理解が深まるはずです。


■コンセプト篇:「アイデア」と「コンセプト」は何が違う?

https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816700426693013456

■コンセプト篇:コンセプトを決めた瞬間、その作品の成否は決まる

https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816700426876998694


【コンセプトの定義】

「心に描かれたもの」という意味の「コンセプト」を定義するといっても、もともと多面的なものなので、最善を目指すなら次に掲げる観点を「すべて」融合させたものが、いわゆるひとつのコンセプトと考えられる。

•コンセプトとは、ストーリーの生まれる源となるアイデアのこと

•コンセプトとは、ストーリーが展開していく場・状況・舞台のこと

•コンセプトには、設定・発想・環境・条件が含まれることもある

•コンセプトは、固有の力学・危険・困難を伴う別の宇宙や世界を存在させることもある

•コンセプトには、時間・場所・文化・思考実験が含まれることもある

•アイデアが「コンセプト」になるのは、何かコンセプトらしいものがあってこそ


 本書で取り上げられているコンセプトの例を紹介しましょう。


コンセプト:大都市でひとり暮らしをしている男性の話


 これは確かに確かにコンセプト「では」ありますが、とうてい求引力のあるコンセプトとはいえません。初めから主人公・舞台・状況について、面白そうなところもユニークなところも何もありません。このコンセプトをうまく救い出すためには「広げてやる」必要があります。

 改良例がこちら。


改良版コンセプト:30年の結婚生活のあとふと独り身になったある裕福な未亡人がロサンゼルスに移住して、楽しみながら生き急ぐ映画プロデューサーの弟と暮らす話。積極的でセレブな女性たちから、独り身のさみしさを癒やしてあげるとばかりに猛アタックを受けるその男は、自分の平穏と安らぎに価値を見いだしつつも折り合いをつけなければいけない


 改良版コンセプトは、読者がこれまで出会ったことのないストーリーであること、もし見たことがあるとしても、面白そうな新しい展開が起こりそうであること、という点において求引力あるコンセプトの基準を満たすことに成功しています。


 特に特定のジャンル物を書こうとしている場合、「大都市でひとり暮らしをしている男性の話」的なありきたりのコンセプトでは、読者や編集者の気を引くことはできません。

 例えば「異世界転生モノ」の作品のコンセプトが「異世界に転生した男の話」では全く話になりません。これでは、ジャンル自体の定義をしているだけです。もしコンセプトが弱かったりジャンル内でよくあるものだったりするのなら、その時点でそもそもそのストーリーはかなりのハンデを背負っていることになります。

 ロマンス小説にコンセプトはあるだろうか? ミステリにコンセプトはあるか? 歴史小説にコンセプトは?

 こうしたジャンル内では、それぞれのジャンルの傾向がコンセプトの一部に「なる」。ジャンル傾向はコンセプトに不可欠で、ストーリーの背景をかなり説明してくれる。そうなると、そこへ具体的なものや高度なものを付け加えて、その共通コンセプトを高めてやるのがあなたのやるべきことになる。

 ジャンル傾向は読者の「期待」にほかならない。二人の人間が出会って恋に落ち、困難があって解決して最後には一緒になる……そう、それがコンセプト、それが「ロマンス小説」だ。誰かが殺人を犯して捜査官が介入し、手がかりと謎が浮かび上がって最後には犯人が特定される、それがコンセプトで、それが「ミステリ」だ。歴史上の身近なある時代と場所に物語が展開する、それがコンセプトで、それが「歴史小説」だ。にもかかわらず、そのジャンルの傑作は、こうしたジャンルの期待(傾向)を超えるコンセプト性の高いものを、コンセプトの定義・基準という枠のなかでもその期待に添ったストーリーを形作りつつなおユニークなものをもたらしてくれる。

 こうしたコンセプトやそこから生まれたストーリーは、次のレベルにたどり着けなかった没原稿の山から頭一つ抜きんでた存在なのだ。

――『物語を書く人のための推敲入門』


 特にジャンル物を書く場合、そのコンセプトにオリジナリティーがあって新鮮かどうか、少なくとも新たな視点やひねりがあるか、ストーリーを展開する舞台設定ができるか、説得力や魅力はあるか、などの点について確認するようにしてください。そもそも自作にオリジナリティがあるかどうかを知るためには、ある程度そのジャンルに精通しておく必要もあります。

 自作のコンセプトに求引力があるかどうかを判断するためにオススメのテスト方法があります。「コンセプト篇」でも紹介しましたが「what if ?」のエクササイズです。豊かで魅力的なコンセプトは必ず「what if ?」という問いで表すことができます。よい質問は答えを強く求めます。そして、その答えがストーリーになります。

 もし、その問いが答えが知りたくなるようなものであれば、求引力のあるコンセプトといえます。


 どんなストーリーもコンセプト(宇宙での戦争、恋に落ちるふたり、迷子になる犬など)から始まります。その根源は「もしも(what if)」という問いです。はっきりと言葉にしていなくても、小説やストーリーや記事はみな、ある問いをめぐって書かれています。

 あなたのストーリーについて、「もしも」の質問を思いつく限り挙げて下さい。ばかばかしいアイデアでも大丈夫。実際に作品には書き込まないものが大半です。だから、ここでは自分に規制をかけないことがポイントです。どんなにクレイジーなことでも全部書き出してみれば、意外なお宝が見つかるかもしれません。

 2、3のアイデアを選び、「もしも、何々が起きたとして、さらにこうしたことも起きたとしたら? または、その代わりにこうなったら?」と想像してみましょう。可能性は無限にあります。後で新しいアイデアが浮かんだら、この頁に戻って追加するのを忘れずに。

――『〈穴埋め式〉アウトラインから書く小説執筆ワークブック』



 このエクサイサイズの1行目に


もしも、平凡な少年が異世界に転生し、チート能力を駆使して敵と戦うことになったら?


と書くのは構いません。ただし、これが求引力のあるコンセプトとはいえないことはお分かりいただけると思います。2行目からはそれをさらに発展させて、今までに見たことのないようなコンセプトに磨き上げていくことが必要です。



 次に②ドラマの前提プレミス起伏アーク(主人公の探求と目的)について解説します。


 プレミスとは何か?についてはこの連載の「プレミス篇」で解説していますので、そちらでご確認ください。


■プレミス篇:一文で説明できない物語なんて、誰も読まない?

https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816452221011185250

■プレミス篇:プレミスで失敗すれば、何ひとつ上手くいかない

https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816452221255810450


 あらためて本書のプレミスの定義を紹介します。

 コンセプトがストーリーの土台となる構想、つまり「舞台」であるなら、前提とはその舞台上に置かれたドラマだ。前提とはそもそも筋書き(プロット)そのもので、人物や主人公の決断・行動が軸となり、一文か二文で要約される。新たに課された/現れた問題・出来事に端を発する、守るべきものや未来のために行う主人公の探求や使命について記されたものだ。最後には、悪役(つまり敵役だが必ずしも人間や生物でなくてもよく、たとえば災害や病気でもよい)が現れて主人公の行く手を阻み、対立と衝突を引き起こすので、主人公は解決するために行動を起こさなければいけない。

――『物語を書く人のための推敲入門』


 コンセプトと前提プレミスの違いが少しわかりづらいかもしれませんが、ここでは、プレミスが「ドラマ」や「筋書き(プロット)」であるということを把握できれば大丈夫です。一文か二文で主人公の探求や使命を記したもの、それがプレミスです。


 まず、自分の書いた作品のプレミスを書き出してみてください。もし、一文か二文に収まりきらないようであれば、ストーリーが複雑すぎてかえって不利になってしまっている可能性があります。

『〈穴埋め式〉アウトラインから書く小説執筆ワークブック』からプレミスの例を紹介します。


 プレミスを書き出すことができたら、次のポイントをチェックしてみましょう。


・その前提プレミスでは、主人公が紹介され、その人物や場が面白いと感じられる内容や理由が一目でわかるようになっているか(つまり「コンセプト」性が高いか)。

・その前提プレミスで、ストーリー内で行われる主人公の旅の一場面がわかるようになっているか。

・主人公の旅にそもそも高い「ドラマ」性があるか。

・その前提プレミスでは、ストーリー内で主人公の「するべき」ことが提示されているか。

・その前提プレミスは、そのジャンルの傾向と期待に添ったものになっているか。

・その前提プレミスは、何か斬新で新味のあるものを提示しているか。

 前提を作る際、そこで起こる出来事について書いた以上のことを察してくれるなんて思わないように。小さな町におけるある二人のラブストーリー、これには可能性があるが、ただ恋をしている二人が小さな町をうろついているだけなら、貧弱な前提と言える。1965年の南部の小さな町における人種の異なる二人のラブストーリー、なら前提として改善されている。ただしさらにいい前提を作るなら、さまざまなことが同時進行しているラブストーリーでもいい。恋人たちは市長の隠れた汚職を利用して、結婚式をぶちこわそうとしていたリンチ集団を食い止めさせたが、市長の要請を受けたFBIがでっち上げの告発によって介入し、知事も同じ人種的偏見を持っていたので市長の再選支援をする。こんなふうにすれば、複数のテーマをうまく掘り下げた上で、危機や守るべきものも色々でてきて、ストーリーも多層化することになる。

 こうした例では、ストーリーの力学を踏まえて次の二点を組み込むことで、前提が最初の「可」の状態から「良」へ、さらには「優」へと変化したことに注目してほしい。

• さらに高度な対立

• キャラクターへのさらに深い感情移入

――『物語を書く人のための推敲入門』


 さて、プレミス作りの際に陥りやすいミスとして本書では「架空の人物の生涯のストーリーを語ること」を挙げています。実在の有名人の一生(あるいは半生)を最初から最後まで追いかけるストーリーというのは、あらかじめその人物が興味を持たれているからこそ成立するのです。それと同じ関心を架空の主人公に対して向けるのは無理があります。架空の人物であるあなたの物語の主人公に興味をもってもらうには、解決すべき「具体的な」問題なり何かを目指すきっかけなりが必要になります。

 小さな事件や裏話的なエピソードをだらだら続けるのではなく、一つのプロットとしての起伏アークに沿わせたストーリーであるべきです。

 いま解説しているのが、単に「②ドラマの前提プレミス」ではなく、「②ドラマの前提プレミス起伏アーク(主人公の探求と目的)」であることを改めて確認してください。主人公の起伏アーク(探求と目的)が描かれているかどうか、それが大事なのです。本書の言葉を借りるなら「もしあなたの売り込み文に「〜の冒険譚」という言葉を含みながら、どれも個別の小話にすぎないのなら、採用やヒットの確率もぐっと低くなるだろう。」ということです。


 さて、今回は書き上げた作品の推敲ポイントとして「コンセプトと前提プレミス」の見直しについて解説してきました。コンセプトと前提プレミスは物語そのものの土台となるだけでなく、「入口の看板のようなもので、中に入ればちゃんとした味と魅力を楽しめますよ、とそれなりに示すもの」なので、しっかりと設定するようにしましょう。

 最後にオリジナリティあふれる前提プレミスを作りたいがためにやってしまいがちなミスについて触れておきましょう。

 

 ジャンルに基づくストーリーの場合は、自分のキャラクターに過度に振り回されたり頼りすぎたりしないように。気になるだけの理由を届けてもいないのに、読者が自分のキャラクターを気に懸けてくれるなどと思い込んではいけない。オリジナリティを重視するとかいって理不尽でバカげたことを前提に押し込んでもいけない。うまく前提を機能させようとして、理性のルールや偶然の確率をねじ曲げてもいけない。あえてこうした要素を選ぶのならそれはもはや博打だ。

――『物語を書く人のための推敲入門』


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