コンセプト篇

「アイデア」と「コンセプト」は何が違う?

 今回は「コンセプト」について解説します。「キャラクター」や「物語の構成」に比べてやや地味ではありますが、物語を成立させるためには必要不可欠な要素です。『工学的ストーリー創作入門』では物語に必要な「6つの要素」について解説しています。

 引用してみましょう。


 文章術で知るべきことは山ほどあり、複雑だ。しかし、それらを6つのカテゴリーに大別すると、謎めいたものの本質がはっきりと見えてくる。

 つまり、それが「6つのコア要素」と僕が呼ぶものだ。これを使えば工学的に、スタジアムや高層ビルの建築技術と同じ理屈でストーリーを構築できる。自然の法則や長年の知識から抽出された真理で、建築の物理のようなもの。それが6つのコア要素だ。これに従って書くとつまらなくなるとか、作品の質が落ちるということはない。唯一失うものは、原稿を何度も書き直す手間ぐらいだろう。ストーリー作りを包括するモデルだ。

 6つの要素をすべてプロのレベルに引き上げれば、出版社との契約も現実味を帯びてくる。芸術的なセンスはどうにもできないが、それは語っても仕方がない。プロと互角の力を見せてデビューを狙うなら、まずは6つの要素を使いこなそう。メジャーリーグの入団テストのように、大勢を引き離すほどの能力が必要だ。

 6つの要素がどれか一つでも欠けたり、プロの水準に満たないレベルで済ませたりすると失格だ。

 6つの要素のモデルを指標にすれば、出版社が何を求めているかもわかるはずだ。

「6つのコア要素」にはストーリーに必要な部品や技術がすべて揃っている。書き手として知るべきことを集め、包括的に秩序立ててストーリーを作ることができる。どんなストーリーにも使えるチェックリストもある。

 わずかな例外はあるものの、世に出た小説やシナリオは6つの要素をある水準まで満たしている。6つの要素を意識せずに書いたものかもしれないが、大成功を収めた作品は理屈で説明しづらいぐらい、うまくまとまっている。巧みな技だ。

 その逆もまた真実。6つの要素が揃わないストーリーは売れない。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 では、その6つの要素とは何か見てみましょう。


①コンセプト:ストーリーの土台となるアイデア。「もし〜だとしたら?(what if ?)」という問いで表すとはっきりわかる。その問いの答えが新たな「what if ?」を生み、枝分かれして層を作る。いろいろな選択や問いへの答えが集まってストーリーになる。


②人物:ストーリーには主人公が必要だ。読者に好かれなくてもいいが、感情移入できるように設定する。


③テーマ:抽象的だが明確にできる。コンセプトとの違いに注意。テーマとは「世の中の何を描き出すか」だ。


④構成:物事を伝える順序とその理由。勝手に崩せない型がある。それを知るのが出版への第一歩だ。


⑤シーンの展開:競争に勝つための実戦能力。ストーリーはシーンをつなげて作る。シーンの展開にも原則とガイドラインがある。


⑥文体:建物の塗装や人の服装のように、表面を飾るもの。文体がストーリーの邪魔になれば本末転倒だ。控えめにするほど多くが伝わる。個性的な文体や細かな描写で書く部分を限定すればさらによい。



 いかがでしょうか。この連載ですでに解説した「人物(キャラクター)」や「構成」と同様「コンセプト」も重要な「コア要素」として取り上げられていることが分かります。


 今回は、『工学的ストーリー創作入門』を参考に、「コンセプト」について考えてみたいと思います。

 

 最初に物語創作(とりわけハリウッド脚本)の世界で、避けて通れないワードである「ハイ・コンセプト」について簡単に説明しておきます。多くの物語創作本で言及されているので、すでにご存じの人も多いかと思います。


 独創的な映画のアイデアという話をするなら、「ハイ・コンセプト」について触れないわけにはいかない。ハリウッド中の話題の的、誰もが夢見るハイ・コンセプト。大金を払ってでも買いたがる人が大勢いる。まだハイ・コンセプトの正体が今ひとつわかっていない人に説明すると、ハイ・コンセプトとは、コンセプトが脚本の中で最も訴える力の強い要素、ということだ。コンセプトが売り。コンセプトがその作品のスターなのだ。そのコンセプトがあまりに素晴らしく魅力的なので、公開初日に映画館に馳せ参じないわけにいかない、というのがハイ・コンセプト映画なのだ。ハリウッドの重役が教えてくれたハイ・コンセプトの定義が、とてもわかりやすいのでここに紹介しておく。「理解しやすいのがハイ・コンセプトだ。腑に落ちる。コンセプトを1行にまとめたものを聞いても、聞いた瞬間にそれがどういうことか理解して、わくわくできる。頭の中にすぐ映画が浮かぶ。物議を醸すような大きな物語。スターの助けなしでも自分の脚で立てる映画。必ず成功するアイデアに新鮮な捻りを加えた映画。誰でも知っているジャンルを刷新するような内容。それがハイ・コンセプトだ」。

 例えば、あなたが考えた映画のアイデアを誰かに説明して、その人に「で、どんな話?」と聞かれたら、そのアイデアはハイ・コンセプトではないということだ。では「ある女性が離婚する話」と言って売り込んだとする。これは容易に理解できるコンセプトだが、それだけで列に並んで高い金を出して切符を買う気を起こせるだろうか。一方、『スピード』のような映画はどうだろう。「時速50マイル以下にスピードを落とすと起爆する爆弾が市バスに仕掛けられた。しかも帰宅ラッシュがもうすぐ始まる」と言えば、それだけでどういう映画かわかる。興味を引きたてる。感情を掻き立てる。引きずりこむ。今まで聞いたこともない。のめりこませる。これが肝だ。日常普通にそこら辺にないもの。それが、ハイ・コンセプトだ。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』

 今では、ハイ・コンセプトなんて言葉はもう流行遅れ、ハイ・コンセプトは死んだともよく言われる。でも、流行かどうかなんて、私にはどうでもいい。それより大切なのは、本当にいい脚本を書くために役に立つかどうかだ。つまり使える常識は何かってことなのだ。

 ハイ・コンセプトを考えることや、「どんな映画なの?」に対する答えを真剣に考えることは、一種のマナーだと私は思っている。かなりのお金を払って映画を見に来てくれる観客──映画代だけじゃない、駐車場代だってベビーシッター代だってかかるんだ──の身になって考えるのがマナーってものだろう。

――『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』


 ハイ・コンセプトという言葉を使うかどうか(あるいは流行っているかどうか)はともかく、読者の「」というクエスチョンに作者自身がしっかりと答えられるようでなければ、とうていその読者を惹きつけることはできません。


 さて、「」というこのフレーズ、実はこの連載ですでに何度か登場しています。それは「プレミス篇」の以下の2つの回です。


・一文で説明できない物語なんて、誰も読まない?

https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816452221011185250

・プレミスで失敗すれば、何ひとつ上手くいかない

https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816452221255810450


 復習になりますが、プレミスとは「ストーリーを一文(か二文)で表現したもの」です。よいプレミスには「どんな物語なの?」に対する答えがしっかりと含まれています。そしてよいコンセプトも「どんな物語なの?」を表現するものだとされています。


「コンセプト」と「プレミス」はいったい何が違うのでしょうか? また「コンセプト」と似た概念として「アイデア」や「テーマ」などがあります。これらの言葉の定義は書籍によって実は微妙に違っているのですが、ここでは『工学的ストーリー創作入門』の説明に従って整理していきたいと思います。

 とはいえ非常に細かい部分なので、言葉の定義にとらわれずに「『どんな物語なの?』をしっかりと示すことが重要なのだ」ということをここで改めて確認してもらえればまずはOKだと思います。


 コンセプトの定義は難しい。作家たちの間でも誤用が多く、誤解されやすい。アイデアや前提プレミスとは少し違う。テーマとは随分違うから、さらにややこしい。

 アイデア、コンセプト、前提プレミスはどれもごちゃまぜで使われる傾向にある。軽い会話の中でなら目くじらを立てなくてもいいが、ストーリーの本質を知るためにしっかり区別しよう。

(中略)

 アイデアとコンセプト、前提プレミスは似ているが違う。ストーリーの計画を立てる時はその違いが重要だ。アイデアとコンセプトは「パン」と「世界で最も美味なブリオッシュ」ほど違う。どちらもパンはパンだが、ブリオッシュはいわばステロイドで増強されたパンであり、見栄えまで立派に作られる。単なるアイデアである「パン」と区別すべきだ。アイデアを物語用に進化させたのがコンセプト。物語の土台になり、舞台になるものだ。

 コンセプトは「問いを投げかけるもの」と思ってほしい。その問いの答えがストーリーになる。「バレエダンサーの物語」はただのアイデアだ。そこから思考を進め、問いを提示するとコンセプトになる。「脚を切断したバレエダンサーは偏見を克服してプロの踊り手になれるか」というように。

 最初に浮かんだアイデアは必ずコンセプトの核として残る。だが、コンセプトはアイデアよりはるかに多くを含む。

(中略)

 アイデア、前提プレミス、テーマはみな違う。アイデアはコンセプトの一部で、コンセプトは前提プレミスの一部。コンセプトがなければストーリーにならない。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 図でまとめてみましょう。


 この整理によると、「アイデア」「コンセプト」「プレミス」「テーマ」の4つの中で「テーマ」だけは遠いところにある概念ということがわかります。「テーマ」についてこの連載の中で追って解説しますので、しばしお待ちください。


 さて、ここでとりわけ重要なのは「アイデア」と「コンセプト」の違いです。「アイデア」をいかにして「コンセプト」まで膨らませることができるか、が魅力的な物語をつくるうえでとても重要になります。具体例で「アイデア」と「コンセプト」の違いを見てみましょう。



 この例を見ても分かるように、最初に浮かんだアイデアは必ずコンセプトの核として残ります。ただ、コンセプトはアイデアよりはるかに多くのものを含んでいます。いかにしてアイデアを広げられるかが魅力的なコンセプトつくりのカギになります。


『工学的ストーリー創作入門』では、「コンセプト」と「前提プレミス」の違いについて、アリス・シーボルドの大ヒット小説『ラブリーボーン』の例を挙げ、次のように解説しています。


 。コンセプトの拡大版だ。「もし天国の語り手が自分が殺された時の話をしたら?」はコンセプト。「ある十四歳の少女が殺されて天国に行くが、犯人はいまだに見つからない。遺族の苦悩を知った彼女が霊界から真相究明の手助けをしようとしたら?」と書けば前提になる。。どこまで具体的にするかの違いだが、書き手は理解しておくべきだ。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 小説『ラブリーボーン』の「アイデア」「コンセプト」「前提プレミス」を整理するとこうなります。


アイデア:天国の話


コンセプト:もし天国の語り手が自分が殺された時の話をしたら?


前提(プレミス):ある14歳の少女が殺されて天国に行くが、犯人はいまだに見つからない。遺族の苦悩を知った彼女が霊界から真相究明の手助けをしようとしたら?


 よいコンセプトとはどんなものなのでしょうか? コンセプトの評価基準について本書では次のように述べています。


 そのコンセプトは新鮮で独自性があるか?

 当然とも言える質問だ。「ゴッホの絵画に隠された秘密」や「客船ルシタニア号を海底から引き揚げる」では二番煎じになってしまう。

 ジャンルも考慮してほしい。殺人ミステリーや恋愛小説で新鮮なコンセプトとは何か。そのジャンルにありがちな展開にならぬよう、舞台設定も視野に入れて掘り下げよう。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


「新鮮で独自性がある」のがよいコンセプトということになります。肝心なのは、どうすれば「新鮮で独自性がある」コンセプトをつくることができるのか、ということです。この点については『「感情」から書く脚本術』という本の中に、使えるテクニックが書かれているので、次回ご紹介したいと思います。


 ここではプレミスの回でも解説した「what if?(もし〜なら?)」のエクササイズをおさらいしておきましょう。豊かで魅力的なコンセプトは必ず「what if ?」という問いで表すことができます。よい質問は答えを強く求めます。そして、その答えがストーリーになるのです。


 世界的ベストセラー、ダン・ブラウン著『ダ・ヴィンチ・コード』の「what if?(もし〜なら?)」は「もしレオナルド・ダ・ヴィンチが『最後の晩餐』にキリスト教や聖書の真相を描き入れていたとしたら?」となります。


 また「what if?(もし〜なら?)」の良い点は、ひとつの問いから新しい問いが生まれるところにもあります。問いの連続でストーリーが連鎖的に広がることになります。『ダ・ヴィンチ・コード』の「what if?(もし〜なら?)」の連鎖の例を挙げてみましょう。


◆ もしキリストが十字架で処刑されていなかったとしたら? キリスト教のすべてに作為があり、陰謀につながる秘密が隠されているとしたら?

◆ もしその秘密を守る地下組織があったら? 真実に近づく者の命を狙うとしたら?

◆ もし他にも秘密があったら? 聖杯はイエスの子を宿したマグダラのマリアの子宮を意味するとしたら? もしその子孫が今日でも生きていたら?

◆ もし秘密を知る一派が別にあり、レオナルド・ダ・ヴィンチもその一員だとしたら? 彼が『最後の晩餐』に手がかりを残していたら?

◆ もしルーヴル美術館の学芸員が何かを知ってしまったために殺されるとしたら? 暗号解読のヒントと犯人の手がかりを自分の血で書き残したら?

◆ もし聖職者の一派が欺瞞と陰謀を暴露しようとして、命を狙われているとしたら?

◆ もし主人公が学芸員のメッセージ解読を依頼され、自分が犯人に仕立て上げられていると気づいたら?

◆ もし彼の協力者である女性が素性を偽っていたら? もし彼女が誰よりも真実に近い存在だったら?

◆ もし知人が協力者のふりをして主人公を操り、真実を証明させてから殺そうとしていたら?



 コンセプトは構想段階(執筆前)のどこかで立てなくてはなりません。登場人物やテーマ、出来事を思いついただけの段階で原稿を書くことはせず、しっかりと、コンセプトを発展させる時間を設けるようにしましょう。

 

「どんな物語なの?」を明確にするという点において、コンセプトはプレミスと非常に近い概念です。したがって、本連載の「プレミス篇」と重複する部分もありますが、「コンセプト篇」では主に、アイデアをコンセプトに発展させる方法、そしてコンセプトが弱い場合でも読者の興味を引くことができる具体的なテクニックを紹介します。

 次回もひきつづきコンセプトについて解説していきたいと思います。


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