コンセプトを決めた瞬間、その作品の成否は決まる


 前回は『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』を参考にし、「アイデア」と「コンセプト」の違いについて解説しました。そしてよいコンセプトとは「新鮮で独自性があるコンセプト」である、という結論にたどり着きました。

 コンセプトを決めた瞬間、その映画の成否は決まってしまう。コンセプトをどのように形にするかというのが、残りの5割。そのコンセプトにオリジナルな何かがついていれば成功するし、なければ失敗する。

――ジョージ・ルーカス(映画監督)



 今回は、「新鮮で独自性があるコンセプト」を作るにはどうすればよいのか、そして、、という点について『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』から学んでいきましょう。


 自分が創った物語のコンセプトを、ちゃんと読む人の心に届くように脚本家が信じられないほど多いのは、一体なぜなんだろう。読ませてくださいと言われるかどうかは、十中八九コンセプトで決まるということが、いつになったらわかるのだろう。私が聞かされたキャラクター中心の小さなインディーズ映画の売り込みは、ほぼ間違いなく退屈だった。そして脚本家自身が「これはハイ・コンセプト映画です」と言う話も、大抵つまらないものだ。驚かれるかもしれないが、初心者は大抵コンセプトでいきなりつまずくのだ。コンセプトといえば、脚本の核。つまり、その他すべての要素がコンセプトにかかっているのだ。素晴らしい主人公を考案し、切れ味鋭い台詞でキメて、心に残るテーマを織り込んだとしても、売りようのないコンセプトで企画を始めてしまっては、売りようのない脚本にしかならない。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


 さて、コンセプトの重要性について改めて確認したうえで、『「感情」から書く脚本術』の「よいコンセプト」作りの方法を見ていきましょう。なお、以下の引用では「アイデア」という単語がたびたび出てきますが、前回確認したように「アイデアを物語用に進化させたのがコンセプト」になりますので、その点ご注意ください。


 アイデアを面白くするために必要な要素は、実は2つしかない。最高のアイデアということならそう簡単ではないが、プロデューサーに真面目に読んでもらう程度に面白いアイデアというのなら、次の2つが不可欠だ。アイデアであること。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


 前回参考にした『工学的ストーリー創作入門』では、「新鮮で独自性がある」ことが、よいコンセプトの条件でしたが、『「感情」から書く脚本術』では、これに加え「見覚えがあること」「対立を予感させること」が必要であると述べています。

 

 ここで一度整理すると、よいコンセプトに必要なのは、


①独創的(新鮮)であること

②見覚えがあること

③対立があること


 ということになります。


 ①独創的(新鮮)であること、に関しては、特に疑問をさしはさむ余地はないと思います。本書では、独創性に富む作品として『ユージュアル・サスペクツ』『シックス・センス』『セブン』などの映画作品を挙げています。あらすじに触れるとネタバレになるので、ここでは詳しく言及しませんが、いずれの作品も観客の度肝を抜く独創的なアイデアが使われています。

 

 本書によれば「アイデアの独創性」以下の3つの要素に分解できます。


つかみ/仕掛け/ひね


 これらが、コンセプトが持つ訴求力の核になります。つかみという概念を説明するために、本書では3本のヒット映画の事例を紹介しています。つかみの目新しいところに傍点を振っています。


■誤って過去に送り込まれた10代の少年は、(『バック・トゥ・ザ・フューチャー』)


■失業した超自然現象の研究者たちが、ニューヨークで(『ゴーストバスターズ』)


■誘拐犯たちが富豪の妻を誘拐し、身代金を払わないと殺すと脅すものの、(『殺したい女』)


 脚本を書くとき、自分でも同じようにつかみを書き出してみると良い。つかみの独創的な部分には線を引いておこう。どこにも線が引けなくても、こうすることで無理やりにでも独創的なコンセプトを捻り出す練習になる。もし自分の作った物語の短い説明の中に独創的な状況が見つけられなかったら、それだけ読者の気を引くのも難しくなるということだ。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


 よいコンセプトの3つの要素のうち②見覚えがあること、について。「新しいけど見覚えがある」「既視感があって斬新」という、一見すると矛盾したこの言葉、この連載の「ジャンル篇」で、同じようなフレーズを紹介したことがあります。


「同じものだけど … ちがった奴をくれ!」

https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816452221378730133


 しかし、実はこの言葉は決して矛盾しているわけではありません。要するに、闇雲に新しいもの、新奇なものであることが大事なのではなく、に納まるものであった方が良いということです。あくまで読者・観客が身近に感じられる出来事や、共感可能な感情によって語られるのがよいということです。


 例えば、超ヒット作の『ファインディング・ニモ』に注目してみよう。主要キャラクターは、魚やその他諸々の海の生物だった。私たちは海底で暮らしているわけではないので、魚の物語は目新しい情報に溢れている。普通の状況では、魚の生活ぶりや魚同士が持つ対立などわかりようもない。しかし、もし1匹の魚が妻を失い、失踪した1人息子を探し、腹を減らした鮫から命からがら逃げれば、つまり私たちにも身に覚えのあるような行動をとって、そしていろいろと人間的な感情を経験すれば、観客の心は魚とでも絆で繋がるのだ。劇中魚の感情的反応を誘発する出来事は、海という世界に独特なものだが、私たちが判断可能な感情なので、理解可能。あなたが書く物語の主人公が人間でなくても、それが私たちに理解し接続できる感情的体験である限り、何の問題もない。スタジオの重役が言う「普遍的な訴求力」とは、そういうことを指しているのだ。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


 次に③対立があること、について。この連載で何度も繰り返しているように、


 対立の内容が理解しやすいほど良い。誰が誰と何を巡って争うのか。読者の気を引く理由は何か。負けると何を失うのか。見送られる脚本のほとんどは、この対立が面白くない。女性の革命家が、途上国の腐敗した政府に対して民衆を率いて蜂起する話と、女性の革命家と死にそうなペットの猫のふれあいの話があったとする。お金を払って観に行くのはどちらだろう。最初の蜂起の話だ。そこには対立とストーリーの種が、自動的に詰まっている。2番目の話には、それがない。最初の話には、対立が約束されている。だから読者は、その対立がどのような結果に終わるのか知りたくて読み進める。だからこちらの方が魅力的なアイデアということなのだ。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


 ここまで、よいコンセプトの3つの要素について簡単に解説してきました。ここからは「アイデアが訴える力を強くする12の方法」について見てみましょう。いろいろとアイデアをひねり出してみたがどうしてもコンセプトが弱い場合、あるいはコンセプトというよりもキャラクター主導の物語を書きたいという場合、いったいどうすればよいのでしょうか。

「あなたの書いた物語が素晴らしいにもかかわらず、コンセプトで売るには弱いという場合、これから紹介するテクニックを応用してみて欲しい。もしかしたら興味を引くようにできるかもしれない。」と紹介されている12の方法を見てみましょう。なお12の方法を使、このうちのどれかひとつがあれば十分に読者の気を引くことができます。



【アイデアが訴える力を強くする12の方法】

①物語のつかみを探す

②登場人物が経験する最悪の出来事

③対照的な登場人物(でこぼこコンビ)

④対照的な登場人物と環境(陸に上がった河童)

⑤アイデアをもう1つ足す

⑥常套的な要素を変えてみる

⑦ありきたりなプロットを逆転させる

⑧きっかけとなる事件を面白くする

⑨極端にしてみる ― 最悪または最低の××

⑩時間的制約を強調する

⑪舞台を強調する(舞台裏を見せる)

⑫コンセプトそのものをジレンマにしてしまう


 12の方法についてそれぞれを解説すると長文になってしまいますので、ここでは特に実用的だと思われる3つの方法(②⑥⑩)について見てみましょう。すべて知りたいという方はぜひ本書『「感情」から書く脚本術』を読んでみて下さい。



②登場人物が経験する最悪の出来事

 主人公が物語中で経験する最悪の出来事とは何でしょうか。もしあなたが書いた登場人物が地獄のような目にあって生還するのなら、それはコンセプトに使えます。

 小説家のスタンリー・エルキンも言っている。「私の場合、ロープの端にぎりぎりしがみついている人の話しか書きません」。まだアイデアを練っている途中なら、登場人物の仕事や行動の中で、起こり得る最悪のことが何か考えてみよう。弁護士にとっては、嘘をつけないことが最悪かもしれない(『ライアー ライアー』)。消防士なら、火災現場でバックドラフトに遭遇することかもしれない(『バックドラフト』)。不倫している男なら、不倫相手が無視されて復讐に燃えるサイコパスだったら最悪だ(『危険な情事』)。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


⑥常套的な要素を変えてみる

 例えば既存の物語の「ジャンル」を変えてみるという方法があります。あるいは主人公の性別を変えてみる(男性を女性に/女性を男性に)。変えられるものは、環境、時代、主人公の年齢など、いろいろとあります。つまり、物語のある要素を変えてしまえば、コンセプトそのものが変わってしまうということです。

 すでに公開済みの映画を選び出して、例えばジャンルを変えてしまう。『ウエスト・サイド物語』は基本的にミュージカル版『ロミオとジュリエット』だし、『アウトランド』はSF版『真昼の決闘』、そしてヒッチコックの『見知らぬ乗客』がコメディになれば『鬼ママを殺せ』というわけだ。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


⑩時間的制約を強調する

 ハリウッドで「時を刻む時計」や「時間の鍵」と呼ばれ、時間的制約や締切りを設定するという方法です。時限爆弾の時計の針がゼロを指すまでに解除しなければならない、という使い古された映像表現からきています。だからといって、

 次の2つの文を比べてみると、どちらがより強いコンセプトなのかは一目瞭然です。


・男は無実を証明しないと処刑されてしまう

・男は10無実を証明しないと処刑されてしまう

 例えば、燃料切れが迫る旅客機(『ダイ・ハード2』)、バスが時速50マイル以下で走行すると起爆する爆弾(『スピード』)、次の犠牲者を出す前に連続殺人鬼を止めなければならない刑事(『セブン』)、無実を証明しなければ逮捕されてしまう男(『逃亡者』)。コンセプトに時間的制約が加われば、それが新たな対立の要素となる。

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


 そろそろまとめに入りましょう。よいコンセプトとは

①独創的(新鮮)であること

②見覚えがあること

③対立があること

であり、もしコンセプトが弱い場合は、上に紹介した12の方法のうちどれかを使ってみてください。



 最後に、ジェフリー・カッツェンバーグ(映画プロデューサー)がディズニーの重役たちに残した社内メモを紹介します。



「映画製作という目まぐるしい世界においては、原則的なコンセプトをひとつ創り出したら、それから外れてはならない。アイデアこそが王様なのだ。もし企画の起点に他には見られないような斬新なアイデアがあれば、たとえ中庸の出来でもおそらくその映画は成功するだろう。しかし、欠陥のあるアイデアから出発してしまうと、たとえ一流のキャストを集めても、湯水のように宣伝費を使っても、その映画は間違いなく失敗する」



 2回にわたって「コンセプト」について解説してきました。次回は「テーマ」について解説したいと思います。


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