プレミスで失敗すれば、何ひとつ上手くいかない


 今回は、ハリウッドで広く読まれている『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』を参考にしながら、プレミスついて解説していきたいと思います。

 前回もプレミスについて解説しましたが、今回はより掘り下げた内容になっています。長文ですがお付き合いください。



 プレミスとは「ストーリーを一文(か二文)で表現したもの」であり、

①魅力的なプレミスで「どんな物語なのか」を端的に表現することで、読者に興味をもってもらうことができる。

②作者自身にとって執筆のスタート地点であり、執筆中に下すあらゆる決断のベースとなる。

という機能や役割を持っています。

 プレミスは、読者に自作をアピールするための単なる宣伝文句(コピー)のようなものとして認識されがちですが、今回の記事を読むことで、小説執筆の過程において必要不可欠なものであるということが分かっていただけると思います。


 マイケル・クライトンの作品には、チェーホフほど深い人間味のあるキャラクターがいるわけでもなければ、ディケンズほど並外れたプロットがあるわけでもない。しかし彼は間違いなくハリウッド随一のプレミスの書き手だ。たとえば『ジュラシック・パーク』を例に挙げてみよう。クライトンが書いたこのストーリーは、「進化における2種類のヘビー級王者――恐竜と人間――を同じリングに入れ、死を賭けて戦わせたらどうなるだろうか?」という設定原則から生まれたものだろう。この一文を聞いただけで観たくなってくるのではないか?

 執筆プロセスをスタートさせる方法は数多くある。中には、ストーリーを構造上の7つの主要段階に仕分けするところから始めることを好む人もいる。それについては次のチャプターで探究することとして、ここではまず多くのライターが用いている方法から始めよう。ストーリー全体を最も短い文章で表現すること、つまりプレミスを書くところから始めるのだ。

(中略)

 キャラクターもプロットもテーマもシンボルも、すべてこのストーリー・アイデア、つまりプレミスから生まれたものだ。プレミスの段階で失敗すれば、何ひとつ上手くいかない。建物の基礎工事に欠陥があれば、どんなに努力してそこに床を作っても、安定した建物ができないのと同じだ。キャラクター作りが得意だろうが、プロット作りの名手だろうが、会話を書くのが天才的にうまかろうが、プレミスが貧弱だったら、そのストーリーを救うことは一切できないのだ。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


『ストーリーの解剖学』の著者、ジョン・トゥルービーは、10人中9人はプレミスで失敗している、と述べています。その理由として、「アイデアを発展させる方法を知らないこと、アイデアの中に埋まっている金塊の掘り出し方を知らないこと」を挙げています。

 これはいけると思えたプレミスが頭に浮かぶとすぐにシーンを書き始めてしまい、20〜30ページ書き進めたあたりで行き詰まり、どこにも行き先を見いだせなくなってしまうのです。プレミスの執筆には時間が必要です。少なくとも数週間は必要だとジョン・トゥルービーは、述べています。


 本書では、プレミスを作るための10のステップを紹介しています。


ステップ① あなた自身の人生を変えてしまうほどのものを書く

ステップ② 潜在性を探る

ステップ③ ストーリーの課題と問題点を見定める

ステップ④ 設定原則を見いだす

ステップ⑤ アイデアの中からベスト・キャラクターを決める

ステップ⑥ 中心となる葛藤・対立をとらえる

ステップ⑦ 原因と結果という1本の道筋をとらえる

ステップ⑧ 主人公のキャラクター・チェンジの候補を考える

ステップ⑨ 主人公の道徳的決断の候補を考える

ステップ⑩ 観客へのアピール度を評価する


 では、それぞれ簡単に解説していきましょう。



ステップ① あなた自身の人生を変えてしまうほどのものを書く


 これはとても難しい要求ではあるが、ライターが受けるアドバイスとして最も価値あるアドバイスではないだろうか。このアドバイスに従って失敗したライターを私は1人も見たことがない。なぜか? 書いているストーリーが自分にとってそれほど重要なものであるなら、それが観客の中にいる大勢の人々にとっても重要なものである可能性が高いからだ。そしてそのストーリーを書き終えたなら、どんなことが起こるにせよ、あなたの人生はすでに以前とは変わっていることだろう。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


 いかがでしょうか。ステップ①からいきなりドキっとしますね。「自分自身の人生を変えてしまうほどのもの」とは何なのでしょうか。「書いてもいないうちから、それが自分の人生を変えられるかどうかなんて分からないのでは?」と疑問を持つ人もいるでしょう。その答えを探るために有効なのがです。


 自己分析するためには、そして自分の人生を変えるかもしれないものを書くチャンスを得るためには、自分が何者かということについてある程度のデータがなければいけない。そしてそれを自分の内側から取り出して文字通り目の前に置き、一定の距離を保った状態で研究しなければならない。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


 自己分析に役立つエクササイズが2つあります。ごく簡単なものなので、ぜひ一度チャレンジしてみてください。


①「書きたいことリスト」を書き出す


 自分が見たい・読みたいと思っていることを、必要なだけの紙を使ってすべて書き出します。例えば、それは自分の想像するキャラクターや、すごいプロットのひねり、頭に思い浮かんだ一言のセリフ、日ごろから深い関心を寄せているテーマ、そして何故かいつでも惹かれる特定のジャンルかもしれません。これは自分の私的な「書きたいことリスト」です。したがって、何ひとつ不採用にしてはいけません。最終的にそのリストには、自分が熱心に興味を持っていること、楽しませてくれるものが並んでいるはずです。


②プレミスのリストを書く


 これまで考えたことのあるすべてのプレミスを一覧にしてみましょう。このエクササイズで守るべき重要点は、どのプレミスも一文で記述すること。そうすることで、そのアイデアが明確になります。また、数あるプレミスをすべて1ヵ所にまとめることで見やすくなります。


 こうして①と②のリストができあがったら、その紙を目の前に並べてみましょう。そして両方のリストから、何度も繰り返し出てくる要素を探し出してみましょう。それが自分自身の物語の核となる要素です。


 特定のキャラクターや、特定のタイプのキャラクターが繰り返し出ているかもしれないし、ダイアローグの中に出てくる言葉にいつもある種の同じ主張がにじみ出ているかもしれないし、1〜2の特定タイプ(ジャンル)のストーリーが繰り返されているかもしれないし、同じテーマや主題や時代に自分が何度も立ち返ろうとしていることが分かるかもしれない。

 そのような主要パターンをいくつか導き出していると、自分が大好きなことが何なのか見え始めてくるはずだ。それはこの上なく生の状態にあるあなたの考えだ。紙上に書かれて目の前に提出されたあなた自身の人となりだ。執筆中も頻繁にここに立ち返るようにしよう。

 もうお気づきのことと思うが、このふたつのエクササイズは、あなたの心を開かせることや、すでにあなたの奥深くにあったものをまとめるためのものだ。これがあるからといって人生を変えるストーリーが書けると確約することはできない。それを約束できるものなんて何ひとつない。しかし、こういう自己分析における本質的な作業を一度やっておくことで、あなたが今後考えつくプレミスはどれも、今までよりずっと私的で独創的なものになることは間違いない。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


ステップ② 潜在性を探る


 次に自分のアイデアのポテンシャルを探ります。見つかった潜在性がいかに素晴らしそうだと思えたとしても、たったひとつの候補にすぐに飛びついてはいけません。そのアイデアで進むことのできるさまざまな道のりの選択肢の数々をブレインストーミングした上で、その中からベストな道のりを選ぶことが重要です。

 アイデアの潜在性を探る方法として何よりも優れている方法は、「もし……なら?」と自問することです。

 前回紹介した『アウトラインから書く小説再入門 なぜ、自由に書いたら行き詰まるのか?』と『〈穴埋め式〉アウトラインから書く小説執筆ワークブック』でも、同様の方法がオススメされています。



 すべてのストーリーはプレミスで始まります(例:「宇宙でバトルが起きる」「二人が恋に落ちる」「犬が迷子になる」)。そして、ほとんどのプレミスは「もし〜したら(What if )」という疑問で始まります。


•もし少年の知能が身体より早く発育したら? (オースン・スコット・カードの『エンダーズ・シャドウ』)

•もし孤児が見知らぬ富豪から巨額の遺産を贈られたら? (チャールズ・ディケンズの『大いなる遺産』)

•もし私たちの夢が実際に起きていることだとしたら? (私の小説Dreamlander』)


「もし〜したら?」という問いには創作を生むパワーがあります。「もしも」と明言されていなくても、つきつめればどんな小説や物語や記事にも「もし〜したら?」が根底にあるはずです。しかし、意識的に答えを探さなければ、「もしも」のパワーを生かしきれません。

――『アウトラインから書く小説再入門 なぜ、自由に書いたら行き詰まるのか?』


 では、映画作品『トッツィー』を例に、「もし……なら?」を使ってアイデアのポテンシャルを探る方法を見てみましょう。


『トッツィー』あらすじ:俳優マイケルは向こう気の強さからニューヨーク中のプロデューサーを敵に回し、さっぱり仕事が回ってこない。窮地に立ったマイケルは、女装し“ドロシー"と名乗ってオーディションに出場、見事大役を勝ち取る。すべてがトントン拍子に進んでいたが、共演者のジュリーを好きになったことから歯車が狂い始め…。


アイデアの種:男性が女装する


 比較的平凡なこのアイデアによって、①女装する男性を見ることの楽しさを観客に約束できる。②主人公が、これでもかというほど多くの困難なシチュエーションに遭遇するシーンを描くことができます。


 では、このアイデアの種を「もし……なら?」で発展させるとどうなるでしょうか。


・もし、主人公に色々な作戦を考えさせることで、男性の内面からの恋の駆け引きを見せたらどうだろう?

・もし、この主人公を男性偏重主義者という設定にして、彼が一番やりたくないことだが、成長するためには何よりも必要なこととして、女性の振りをしなければならない状況に追い込んでみたらどうだろう?

・もし、ストーリーを滑稽芝居のように演出し、たくさんの男たちからも女たちからも主人公が同時に迫られる姿を見せるという形で、ペースやプロットを作ってみたらどうだろう?


『トッツィー』は、「男性が女装する」というアイデアに上記のようないくつもの「もし……なら?」のひねりを加えることで、唯一無二の独創的な物語になっています。

 ここで大切なのは、頭に浮かんだどのアイデアについても「馬鹿げている」などと否定しないことです。「馬鹿げた」アイデアがクリエイティブな打開策となることも少なくありません。



ステップ③ ストーリーの課題と問題点を見定める


 あなたのアイデアにも、間違いなく、深く根差していて逃れることのできない特定の問題点があるはずだ。または、あなたはそこから逃れるつもりさえないかもしれない。そういった問題点は、本当のストーリーを探し出すための道しるべとなる。ストーリーをしっかりと書き上げるためには、それらの問題点に正面から立ち向かって解決しなければならない。ほとんどのライターは、問題点の存在にまるで気づかない、もしくは、気づいたとしてもストーリーを書き上げた後でようやく気づいているようだ。しかしそれでは遅すぎるのだ。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


 例として、映画『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』のアイデアの課題と問題点を挙げてみます。


・壮大なスペース・オペラでは、実に幅広いタイプのさまざまなキャラクターを素早く紹介し、その上で、広大な時空の中で彼らを相互作用させ続けなければならない。

・この未来的なストーリーに説得力を持たせ、現代と共通するものを認識させなければならない。

・出だしから善良な道徳心を持つ主人公をいかに変化させて成長させるか、その方法を見いださなければならない。



ステップ④ 設定原則を見いだす


 この「設定原則」という概念を理解するのは、やや難易度が高いかもしれません。本書にはこのように書かれています。


 このように、あなたのアイデアには約束もあれば問題もある。そこでまず、そのアイデアからストーリーを語る方法について、包括的な戦略を考えなければならない。包括的なストーリー戦略を一文で書き表してみよう。これがストーリーを設計するための基準になる(設定原則)。この設定原則は、あなたがプレミスをより深い構造へと押し広げようとするとき、大いに役立つことになる。

 端的に言うなら、設定原則はストーリーの種だ。または、ストーリーを独創的で効果的なものにするための最重要にして唯一の要素だ。ごくたまにだが、シンボルやメタファーを設定原則として用いる場合もある(セントラル・シンボル、グランド・メタファー、ルート・メタファーと呼ばれているもの)。しかし、たいていの場合は、それよりも大きいのが普通で、むしろ、〈ストーリー全体の流れを作る根本的プロセスを追ったもの〉といったところだ。

 設定原則を見いだすのは難しい。しかも、実を言うと、多くのストーリーはこれを持ち合わせてすらいない。そういったストーリーはどれも、ごく一般的に展開する平凡なストーリーだ。そこがプレミスと設定原則の大きな違いとも言えるだろう。。プレミスは実際に起こる出来事を表す、明確で具体的なものだ。一方の設定原則は抽象的だ。独創的に語られるストーリーの深いところで起こっているプロセスを一文で示したものだからだ。

 設定原則=ストーリー・プロセス+独創的な手法

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


 具体例を挙げてみます。「独創的な手法」というのがキーワードです。


 再び映画『トッツィー』を題材に、プレミスと設定原則が実際のストーリーでそれぞれどのように機能しているか、その違いを探ってみましょう。


・プレミス…ある俳優が役をもらえなくなったことから、女性に扮装してテレビ・シリーズの役を得るが、ある共演者の女優に恋をしてしまう。


・設定原則…ある男性偏重主義者を、女性として生きなければならない状況に陥らせる。


『トッツィー』の場合、主人公のマイケルが「男性偏重主義者」であるというところが重要です。自身が女性になることで(周囲から女性として扱われることで)、女性が日々どのような困難や面倒に遭遇しているのかを、マイケルは初めて認識することになります。そのために、マイケルを「女性として生きなければならない状況」に放り込むことが、必要になってきます(本作の場合は「女装して受けたオーディションで合格してしまい、女性として生活するはめになる」)。



ステップ⑤ アイデアの中からベスト・キャラクターを決める


「常にベスト・キャラクターについてのストーリーを語る」ことを意識してください。


 ここで言う「ベスト」とは「最も適した」という意味だ。それはつまり、たとえそのキャラクターが特に好感を持てないような性格の人物であったとしても、「最も魅力があり、最も困難で、最も複雑な」キャラクターであるということを意味する。ベスト・キャラクターについてのストーリーを語るべき理由は、あなたの興味も観客の興味も、必然的に、そこに行くようになっているものだからだ。このキャラクターが常にストーリーで描かれる出来事の原動力となるようにしておきたいところだ。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


 アイデアの中に眠っているベスト・キャラクターを見極める方法は、「私は誰のことが好きだろうか?」という重要な質問を自分自身に投げかけることです。さらに「私は彼(彼女)が行動する姿を見たいと思っているか?」「彼(彼女)の考え方を私は大好きか?」「彼(彼女)が乗り越えなければならない困難について、私は心から関心を持っているだろうか?」と自分自身に問うことで、ベスト・キャラクターが定まります。



ステップ⑥ 中心となる葛藤・対立をとらえる


 ストーリーの原動力となるキャラクターが決まったら、次はそのストーリーがを見つけます。つまり、ストーリーの中心となる葛藤・対立を決めるということです。中心となる葛藤・対立を見いだすため、「誰が何をめぐって誰と戦うのか?」を自問し、その答えを簡潔な文章でまとめましょう。



ステップ⑦ 原因と結果という1本の道筋をとらえる

 

 優れた自然なストーリーはどれも、一本道で原因と結果が示されている。AによってBが起こり、そのBによってCが起こる、というように最後のZまで続くのだ。これはストーリーの背骨にあたるものだが、その背骨がなかったり、逆にたくさんあると、ストーリーはバラバラになってしまう。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


 本書ではよくない例(ふたつの道筋の原因と結果が書かれている分裂したプレミス)として以下のプレミスを紹介しています。


よくない例:恋に落ちた男が、ワイン醸造場の支配権を兄と争う。


 これに手を加えることで、一本筋の通ったプレミスになります。


よい例:ある男が、善意ある女性の愛を通して、ワイン醸造場を支配している兄を倒す。


 一本道の原因と結果を見いだすためのコツは、「主人公の基本的行動は何だろう?」と自問することです。主人公というものは、ストーリー全体の流れを通して、数多くの行動をとります。しかし、その中にひとつだけ、主人公のすべての行動を統合するような、特に大切な行動があるはずです。その行動が原因と結果の道筋ということになります。



ステップ⑧ 主人公のキャラクター・チェンジの候補を考える


 書き上げたプレミスの一文から見いだすべきものの中で、設定原則の次に大切なものは、主人公の根本的なキャラクター・チェンジ(キャラクターの変化)だ。これは、どのような形式のストーリーであっても、また、キャラクターの変化自体が(『ゴッドファーザー』のように)ネガティブな変化であってさえも、観客に最も深い満足感をもたらせるものだ。

 キャラクター・チェンジは、主人公が葛藤・対立を経て体験する。ごく単純なレベルで見るなら、この変化は三つの要素から成り立つ次のような方程式に置き換えることができる。


 W×A=C


 Wは精神的および道徳的なウィークネスの頭文字、つまり弱点を示す。Aはアクションの頭文字、つまりストーリーの中心ある基本行動とそれにともなう葛藤・対立を示す。そしてCはチェンジ、つまり変化したその人物を示すものだ。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


映画『ゴッドファーザー』の事例で解説しましょう。


・プレミス…マフィア・ファミリーの末っ子の息子が、彼の父親を撃った男たちに復讐して新たなゴッドファーザーとなる。

 

W(出だしでの弱点)…無関心、恐れ、正統派、まっとうな生き方、家族との乖離。

A(基本行動)…復讐する。

C(変化した人物像)…ファミリーの圧政的で絶対的な支配者。


『ゴッドファーザー』の主人公(マフィア・ファミリーの末っ子の息子)がストーリーの出だしから復讐心に燃える執念深い男だったとしたら、父を撃った男に復讐しても、彼は彼のままでありつづけるだけです。そこにキャラクター・チェンジは存在しません。

 しかし、彼が執念深さとは正反対な男として始まっていたらどうでしょう? マフィアである自身の家族と乖離している、無関心で、恐れていて、正統派で、まっとうな男が、復讐を行なうことで、このファミリーの圧政的で絶対的な支配者になる。このキャラクターの変化が読者を惹きつけるのです。



ステップ⑨ 主人公の道徳的決断の候補を考える


 物語の中心テーマは、主人公が二者択一を迫られる道徳的決断によって具体化されることが多く、たいていの場合は、その決断はストーリーの終盤で下されるものだ。本書で言う「テーマ」とは、社会の中でどのように行動するのが適切かということについての書き手(あなた)の意見のことだ。これはあなたの道徳観であり、そもそもあなたがストーリーを書く理由のひとつでもあるはずだ。

(中略)

 決断の二つの選択肢は、可能な限り同等に近いながらも、どちらか片方をほんの少しだけ良いものにしよう。どちらもポジティブな二つの選択肢の典型例としては、愛と名誉のどちらをとるかというものがある。「武器よさらば」の主人公は愛を選んだ。「マルタの鷹」(を初めとするほとんどの探偵もの)の主人公は名誉を選んだ。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


 ここでは、主人公がストーリーの終盤近くで下す道徳的決断の候補をリストアップしましょう。主人公にとって決断するのが難しく、しかも説得力のある二者択一を迫ることが大事です。


ステップ⑩ 観客へのアピール度を評価する


 ステップ⑩の段階で、ようやく他者(読者や編集者)が登場します。

 プレミスの取り組みをすべて終えた段階で、最後の質問を自分に投げかけよう。この一文にまとめられたストーリーラインは、私以外の多くの人々にとっても十分に興味を持てるものだろうか?

 これは人気や商業的アピールについての質問だ。この質問には、毅然とした態度で答えなければならない。あなたが自分のプレミスを見て、このストーリーを見たいと思ってくれそうな人が自分と家族だけだと感じたなら、そのプレミスをベースにストーリーを書くのはやめるべきだと私は強く言いたい。

―『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』

 そのプレミスが幅広い読者にアピールできるだろうかと自問しましょう。そうではないと感じたら、もう一度白紙の製図版に戻る必要があります。



 さて、最後に映画『トッツィー』を10のステップに当てはめるとどうなるのか、本書の解説を見てみましょう。なお、ステップ①⑦⑩は既存のヒット作品に当てはめるには不適当な項目なので除外します。



・プレミス

ある俳優が役をもらえなくなったことから、女性に扮装してテレビ・シリーズの役を得るが、共演者の女優に恋をしてしまう。


ステップ② 潜在性を探る

現代の男女交際を面白おかしく描くこともできるが、それだけでなく、人生における最も親密な部分で、世の男女が相手をどう扱っているかということに深く根差した非道徳性を深く掘り下げることもできる。


ステップ③ ストーリーの課題と問題点を見定める

男性の非道徳的な行動が女性にあたえる影響を描きながらも、女性は誰もが潔白で、男性は誰もが悪者だという攻撃的な形ではない描き方をするにはどうすべきか?

女性のふりをする男という存在に説得力を持たせ、男女関係にまつわる複数のプロッ

トをひとつに織り上げながら、その複数のプロットラインを上手に完結させ、心情的に満足のいくラブ・ストーリーに仕立てるにはどうすべきか?

その一方で、笑いの手法を使って観客を上位ポジションにおくにはどうすべきか?


ステップ④ 設定原則を見いだす

ある男性偏重主義者を、女性として生きなければならない状況に陥らせる。ストーリーの舞台をエンターテイメント業界に置くことで、変装するという行為に説得力を持たせる。


ステップ⑤ アイデアの中からベスト・キャラクターを決める

マイケルが男装と女装の両方を使い分けるという行為は、彼自身の中にある究極的な矛盾を、物理的に、そしてコミカルに表現することができそうだ。


ステップ⑥ 中心となる葛藤・対立をとらえる

マイケルは愛と誠実さについて、ジュリー、ロン、レス、サンディを相手に対立・葛藤する。基本行動 男性である主人公が女性のふりをする。


ステップ⑧ 主人公のキャラクター・チェンジの候補を考える

W…マイケルは傲慢で噓つきで女たらしだ。

C… 女性のふりをすることで、マイケルは男としての人間性が向上し、真の愛と向き合えるようになる。


ステップ⑨ 主人公の道徳的決断の候補を考える

マイケルは噓をついていたことをジュリーに謝るため、収入源であるドラマの仕事を犠牲にする。


 長文になってしまいましたが、プレミスの奥深さが分かっていただけたのではないかと思います。そして、プレミスは単なる宣伝文句やキャッチコピーではなく、「そもそもどういう物語を書くのか」という創作の根本であることが理解していただけたのではないかと思います。


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