推敲篇

書き直すためには、何が書き直されるべきか知らなければならない

 今回から3回にわたって、書き上げた作品の推敲の方法について解説したいと思います。


 まず、ここでいう「推敲」という用語ですが、一般的にイメージされる推敲とは少し意味合いが違うことを先にお断りしておきます。小説の推敲と聞くと、多くの人は下記のような作業をイメージするのではないでしょうか。


・誤字脱字のチェック

・「てにをは」の正しい使い方

・句読点の打ち方のチェック

・漢字にする/しない(漢字の開き方)の統一

・重複する単語がないかどうかの確認

などなど


 しかし、ここでは上記ような作業については言及しません。ここで問題にしたいのはについてです。いくら文章や文体が整っていたとしても、ストーリー自体に魅力がなければ、読者を惹きつけ感情を揺さぶることはできません。


 今回は、ラリー・ブルックス著『物語を書く人のための推敲入門』を参考に、ストーリーの推敲について解説します。

 まず本書では「推敲前にストーリー修正について知っておきたいこと」として下記のように述べています。

 過去3年間で600以上のストーリーを診断してきた人間として、よそではちょっと触れられていないあることに気がついた。たいていの場合、ストーリーをつぶしているのは必ずしもその文体や技巧ではない。むしろ物語の焦点だ。そもそものドラマの緊張感、テーマの重み、いい感じに王道でぐっとくる魅力、そのレベルが低いから出版できないものになってしまう。

 これはわかりきっていることなので、今見たところで自分の文章世界は揺るがないと思っているかもしれないが、実はその逆だ。なぜなら結果論として、600人いた書き手のうちその意味をわかっていた者がほとんどいないからだ。みんなごくシンプルに間違ったストーリーを、不適切なストーリーを選んで書いてしまったのだ。その直感にしても本人たちには、越えるべき高いハードルを示してくれなかったわけで、提出されたストーリーがその事実の証拠となった。

 それ、ストーリーが薄くないか、とはたぶん誰も言ってくれなかったのだろう。見事に書いてお手本通りにやってみたのに、選んだストーリーがただただそれほど迫力あるものではなかった。このことを指摘してくれる人は創作教室にはいないだろうし、思いついた自分のストーリーに十分な強度があるのか判断する尺度やガイドラインを教えてくれる人だっていないだろう。そうなると、自分のストーリーが競争相手と比べてどれくらい迫るものがあるか決めるのは、自分だけになる。

 これこそ問題だ。ストーリーを教える先生として僕の読んだストーリーの少なくとも半分が―そして賭けてもいいが、出版社に没にされた原稿のその半分は、書き手や完成度がどうこうよりも、

――『物語を書く人のための推敲入門』


 単なる文章表現上の推敲であれば、ワープロソフトの「校閲」機能を使えば済むものもあるでしょう。しかし、ストーリーそれ自体の推敲となると、そうはいきません。これから紹介するチェックリストに基づき、ストーリーの出来・不出来を確認したうえで「ストーリーの核」となる部分に問題があると発覚した際には、単なる部分的な書き直しではなく、全面改稿になってしまう可能性もあります。


 いつだって程度問題だが、時には「推敲」という言葉が、最初から全部やり直しを意味することもある。

 ストーリーの穴が、ストーリー上の迫力と技巧上の完成度の両方にある場合は、推敲も

――『物語を書く人のための推敲入門』


 また別の本には次のように書かれています。

 何回書き直したかは問題ではない。何をどう直して、脚本がうまくいくようにしたかということが重要なのだ。つまり、狙い通りに読者の感情のツボを突けるようにできたかということだ。脚本家の卵とプロの違いは何か。心を揺さぶらない部分を見抜いて、揺さぶるようになるまで何度でも書き直すことを厭わない。それがプロだ。

 書き直すという重要なステップの気楽なところは、たとえあなたが書き直しに何年かけようが、何十回書き直そうが、誰もそのことを知らないということだ。ページ上にあるものだけがすべて。映画の制作が始まっている場合は、改稿の度に日付けが記録されるが、あなたが最終稿にたどり着くまでに流した血と汗と涙は、あなただけの秘密だ。

(中略)

 書き直すためには、何が書き直されるべきか知らなければならない。このとき、良い脚本と悪い脚本を見分ける目が役に立つ。脚本家の集いやコンサルタントのフィードバックも役に立つ。稿稿

――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』


 さて、推敲が必要な状態=ストーリーが機能していない状態とはいったいどのようなケースなのでしょうか。『物語を書く人のための推敲入門』では、ストーリーが機能しない二大原因として次の2つを挙げています。この2つのポイントこそが「推敲段階でなくストーリー構想段階も含めて、作家が克服しようと努めるべきもの」であると説明しています。


①あなたの「ストーリー」の構想にあまり迫力がない。

②その「完成度」があまり効果的な出来映えでない。


 この両者のうち、どちらかが欠けてはいけません。本書の表現を借りるなら「飛行機には水力と揚力の両方が必要なように、運動選手もタイミングとスピードが重要で、歌だってその目的をかなえるためにはメロディと歌詞の二つが大事になってくるのだから、効果的なストーリーにもそれぞれ二つの力が必須となる」ということです。


 ①と②を、もう少しわかりやすくするとこうなります。


①あなたの「ストーリー」の構想にあまり迫力がない。

=元となるコンセプトやストーリーの「アイデア」がひどい

 作品のコンセプトというものが、あなたの作品の登場人物が活躍するドラマ上の前提プレミスやテーマという土台に大きく影響を与えてくる。最初のアイデアがしっかりしていないと、誰が書いても、ストーリーそのものの核心部分がじゅうぶん「求引力ある」ものになってこない。身近すぎてよくあることになってしまったり、ドラマ上の緊張感に欠けたり、平板で新味に欠ける人物を前面に出したり、そうする説得力もないままに人物に焦点が「当たりすぎたり」、またはいきなり噓くさくなってストーリーが荒唐無稽になってしまったり。この面を修正するのは、最初にやったことを深く掘り下げてから変更する必要があるので、かなり苦しく大変なものとなる。この問題はちょっといじって先へ行く、というわけにはいかない。前提プレミスの弱いところを修正しようとして失敗することがよくある。というのも、そもそもストーリーそのものの秘めたる元々の力(つまりストーリーの本質)が、そこまで深いものでも求引力あるものでもないのに、作家が完成度の方を磨こうとしてしまうからだ。改造自動車レースに出るのに、その準備として車をぴかぴかに磨いてしまうようなものだ。車がぴかぴかかは大事じゃない。すばらしいストーリーのアイデアを持っていると「自分では」思っていても、結果がついてこなければ誰もうなずいてはくれない。

――『物語を書く人のための推敲入門』


②その「完成度」があまり効果的な出来映えでない。

=ストーリーの完成度がよくない

 ストーリー構成の起伏アークとその物語の本体部分に欠陥がある。そのストーリーはコンセプトとしてはじゅうぶん迫力があるのかもしれないが、その運転手たる書き手のストーリーテリング技術に難がある。少なくとも今のところは。たとえ元々のアイデアがストーリーとうまくかみ合っていても、書き手自身がそれに追いつけていないわけだ。話の進み具合が遅すぎたり、裏話が多すぎたり、話が一面的すぎて薄っぺらだったり。その登場人物も、一緒に旅をしたいと思えるような個人ではなく、よくあるキャラになっていたり。薄すぎて感情移入できなかったり、守るべきものが薄っぺらで危機感が浅くなりすぎたり。ストーリーラインが脱線してしまったり。ペース配分がめちゃくちゃだったり。羅列が続いたり。ストーリーの構想そのものがぼろぼろになってしまっている可能性もある。とはいえ、あなたと自分のストーリー感覚がかみ合っていない可能性もある。最適化されたドラマ上の起伏アークで本筋の物語を展開しようにも、自分の能力と比べてみるとストーリーが自分よりも分不相応に大きかったり。「それ」をうまくやり遂げようにも、80くらいの要素をうまく操作しなければいけないとかね。まるでピンポン球と羽毛とボーリング玉を激しい風のなかでジャグリングしようとしているみたいになる。

――『物語を書く人のための推敲入門』


 乱暴にまとめてしまえば、コンセプト(とその元になるアイデア)とストーリーテリングの技術の欠如ということになります。

 

 推敲作業に入る前に、まずは自分の作品が①と②に該当していないかどうかを確認することが必要です。本書収録の自己評価のための12のチェック項目を紹介します。

 以下のチェック項目に、それぞれA~Eの5段階で評価をしてみてください。


• 「A」(4点):当該ストーリーの要素や力点がハンデにならず斬新で求引力ある長所になっている場合。その要素や力点は、ベストセラーに出てくるようなものでなければならないし、見事な書評で言及する価値のあるものでなければならない。


• 「B」(3点):当該ストーリーの要素や力点は上出来だがとりたてて目を惹くものがない場合。その現状を確認して原因を探ってみるものの、批評的観点でもストーリー上で最強力な面とはならず、どうにも既視感が残ったりする。


• 「C」(2点):どうやればこの尺度を満たすものになるか頑張って考えなければならない状態で、おそらく誰の目にも留まらず心にも残らないものだと自分でもはっきりわかってしまうような場合。凡庸で味気なくありきたり、アル中の刑事キャラみたいにありふれている。とりあえず「ある」というレベルで、破綻はしていないが目を惹くものもない。


• 「D」(1点):それなりに要素や力点があると「思える」場合に当てはまるが、指定通りに測っても基準を満たしていないのはほぼ確実。とにかくストーリーに必要と思われることをしていない。


• 「E」(0点):当該の要素や力点がまったく欠落している場合。



 チェック項目の用語の意味が完全にわかっていなくても結構です。ひとまず「今」の理解や確信に基づきながら、12項目それぞれのストーリー要素と力点について自己評価してみましょう。ただし、そうした知識不足が問題の原因になっていることもあります。例えば「対立や葛藤って何?」「プレミスって何のことだっけ?」という方は、この連載の過去回を改めて確認してください。


 さて、上のチェックリストを使って自己評価した結果、あなたの作品の評点はいくつになったでしょうか。ここで大事なことは、評点そのものではありません。ストーリーが抱える問題点にが大事なのです。

 思わずひるんで、自分の能力・結果の数値化をためらうようではいけない。あなた以外にその数値を見る人なんていないのだから。それよりも、もっと深くわかった現状をもとに改善したストーリーの要素と力点を用いて、推敲のそのものの水準を上げていこう。そうして今ここから推敲プロセスを始めて一つずつ評点を上げていくのだ。

――『物語を書く人のための推敲入門』


 推敲作業をするということはすなわち自分自身の作品の欠点を認識し、それを改善するということを意味します。まずは認識すること。

 三幕構成理論を体系化した人物として本連載でもたびたび登場しているシド・フィールドも著書『最高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと』の中で「問題解決の技術は認識の芸術だ」と述べています。

 ほとんどの脚本家にとって恐ろしいのは、脚本に問題があるかないかではなく、問題点の本質が何であるかを知らないことだと思う。彼らはそれを明確にすることも説明することもできない。それは、曖昧な違和感、不明確な不満、わだかまり、のどの棘としてのみ存在する。

 受講生は、そこに問題があることを感じた。ただ、それが何であるか分からなかった。問題解決の技術は、そういうはっきりしない感情を認識して、問題の原因解明に導くガイドにすることを意味する。問題解決の技術は認識の芸術だ。

(中略)

 問題があると感じるのに、それを説明したり明確にしたりできない場合、それを修正するすべはない。それは自然の法則だ。何が問題なのかわからないままでは、修正はできない。

――『最高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと』


 さて次回は問題点に気づいた後の具体的な対処方法について解説していきたいと思います。


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