ダイアローグは会話ではない
今回はロバート・マッキー著『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』を参考に、台詞について考えてみたいと思います。
ロバート・マッキーは本書の中で「台詞」ではなく「ダイアローグ」という用語を用いています。「ダイアローグ」とは、本書の冒頭に掲げられている定義によると、
ダイアローグ:あらゆる登場人物が、あらゆる人物に対して発する、あらゆることば。
となります。
なぜ「ダイアローグ」という用語を使うのでしょうか。
通常、ダイアローグは登場人物同士が交わす会話と定義されている。だが、ダイアローグを包括的かつ綿密に研究するために、そこから一歩もどって、できるかぎり広い視野でストーリーテリングを考察することからはじめよう。その見地に立ってまず気づくのは、登場人物の語りは、他者に話す、自身に話す、読者や観客に話すという、明確に異なる三つの流れに分かれることだ。
この三つの語りの形式を「ダイアローグ」という用語でまとめて呼ぶのには、ふたつの理由がある。第一に、ある登場人物が、いつ、どこで、だれに対して語るにせよ、作家はその役柄に個性を与えるために、その人物ならではの声を言語化して示さなくてはいけないからだ。第二に、心中のつぶやきであれ音をともなう声であれ、脳裏の思考であれ世間に向けた発言であれ、語るという行為はすべて、内なる活力が外へ発せられたものだからだ。語りはどれも、必要を満たし、目的を持ち、行動を引き起こす。どんなに曖昧で空疎に見えても、他者に対して、いや、自身に対してさえ、目的も理由もなく語りかける登場人物はいない。だから作家は、登場人物の発言ひとつひとつの裏に、欲望と意図と活力を組みこまなくてはならない。そしてその活力が、ことばの駆け引き、すなわちダイアローグになる。
――『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』
ここで重要なのは、ダイアローグもまた
何かを言うことも一種の行動であるから、わたしはダイアローグの定義をさらにひろげて、「ある登場人物が自分自身、他者、読者や観客に対し、なんらかの必要や欲求を満たすために発するあらゆることば」と再定義してきた。三つの場合のすべてにおいて、登場人物が話すときは、肉体ではなくことばで行動するのであり、「発話による」アクションのひとつひとつがその場面を少しずつ動かすとともに、登場人物は願望の実現へ近づいたり(肯定)、そこから遠ざかったり(否定)する。アクションとしてのダイアローグは本書の基礎を成す原則である。
――『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』
アクションとしてのダイアローグ。これを忘れないようにしてください。これと同じことが、他の本にも書かれています。
能動的な台詞の応酬というのは、劇的な行動の一形態だと見る方が良い。アクションする言葉。場面内でキャラクターが欲しいものを手に入れるための手段としての言葉。
――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』
また『「書き出し」で釣りあげろ 1ページ目から読者の心を掴み、決して逃さない小説の書き方』では、「小説では会話はアクションと見なします」と明言しています。
言い換えると、ダイアローグは単なる会話ではない、ということです。
ダイアローグは会話ではない。
カフェで交わされる話を盗み聞きすればすぐ、あんなでたらめな会話は映画で使えないと気づくはずだ。現実の会話には、ぎこちない間、お粗末なことばや言いまわし、脈略のない発言や意味のない繰り返しがいっぱいで、要点や結論に達したりすることはめったにない。
――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』
ダイアローグは下記のふたつの形式のどちらかでアクションを引き起こす、と本書にはあります。すなわち、
・ドラマ型のダイアローグ
・ナレーション型のダイアローグ
の2パターンです。
・ドラマ型のダイアローグ
ドラマ型とは、場面内で演じるという意味です。ドラマ型のダイアローグは相対する登場人物のあいだで台詞のやりとりをおこないます。それぞれの台詞には具体的な意図を持ったアクションが含まれ、場面内のある時点で反応を引き起こします。登場人物が話すときは、つねにだれかに向かって話すことになります。その相手がもうひとりの自分の場合もあります。
・ナレーション型のダイアローグ
ナレーション型とは、場面外で語るという意味です。この場合、現実と虚構を隔てるいわゆる第四の壁が消え去り、登場人物がドラマの枠から外へ踏み出すことになります。登場人物は読者や観客や自分自身に対し、声を出して直接語りかけます。
ドラマ型、ナレーション型という分類はあまり馴染みがないと思いますし、この定義にあまりとらわれるのもよくないので、説明はこの程度にとどめておき、それよりも重要なこと、つまりダイアローグの機能について見ていきたいと思います。
ダイアローグは、ドラマ型でもナレーション型でも、3つの重要な役割を果たしています。それは
・明瞭化
・性格描写
・アクション
です。それぞれについて掘り下げていきましょう。
まずは明瞭化から。
明瞭化は、フィクション作品の設定、背景、性質など、読者や観客がある時点で理解しておくべき事柄を整理する技巧のひとつであり、話の筋を追いやすくすることで、読者や観客はストーリーの展開に興味を持つことができる。作家が語りのなかに組みこめる明瞭化の手立ては、描写とダイアローグの二通りしかない。
――『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』
イメージとして表現されたものや、ナレーションで説明されたものは、ほぼすべてダイアローグによって暗示することができる、と本書は説きます。
明瞭化の際に重要なのは「ペースとタイミング」です。
ペースとは、語りのなかで明瞭化がおこなわれる速度や頻度、タイミングとは、的確な場面と的確な台詞を選んで、ふさわしい事実を明かすことを指します。
明瞭化が少なすぎる場合 → 読者は混乱して関心が薄れてしまう
明瞭化が多すぎる場合 → 手とり足とりのつまらない解説がつづき興醒めになる
こうならないためにも、明瞭化を配するペースとタイミングには細心の注意と技術が必要となります。なお、どの明瞭化も同じ価値があるわけではないので、等しく強調する必要はありません。ストーリーに関するすべての事実を書き出して、読者とって重要なことから順位づけしてみましょう。
次に大事なことは、この連載でも何度も触れた「語るな見せろ」の原則です。明瞭化するといっても、キャラクターにすべてを語らせてしまってはいけません。「語ること」と「見せること」には次のような違いがあります。
見せること:感情移入を促してペースを速める
→読者や観客を大人として扱って、ストーリーへ誘いこみ、作者の築いた世界で感情を解放させたり、さまざまな物事の核心を見せたりしたあと、先々の事柄へと進ませる。
語ること:好奇心を削いでペースを落とす
→読者や観客を子供として扱い、親が膝を突いてわかりきったことを説明してやるのと同じ。
例文を使って台詞で「語ること」と「見せること」の違いを見てみましょう。
共同経営するドライクリーニング店のドアの鍵をハリーとチャーリーがあけるとき、チャーリーが言った台詞という設定です。
■語るバージョン
チャーリー:なあ、ハリー、おれたち、知り合ってもう何年だ? なんと、20年か。学生のころからだから、それ以上だな。長い付き合いだな、古きよき友よ。さて、こんなすがすがしい朝の気分はどうかな。
■見せるバージョン
チャーリー:おい、ハリー、いつになったら大人になるんだ。そのふざけた絞り染めのシャツを着た姿を見てみろよ。20年前、学生だったころの洟垂れ野郎のままじゃないか。目を覚ませよ、ハリー。そのザマがわからないのか。
前者の台詞は、チャーリーとハリーが20年来の友人で、同じ学校へかよっていたこと、1日がはじまったばかりだということを読者や観客に伝えるだけなのに対し、後者の台詞では、読者の想像や観客の目は、侮辱されたハリーの反応をとらえようとハリーへ向かい、また自然に「20年」や「学生」という事柄を知ることになります。
では、次にダイアローグの機能の2つ目「性格描写」について。
人間の性質は、大きくふたつの側面に分けることができる――外見(その人がどのように見えるか)と実体(その人のほんとうの性質)だ。したがって作家は、実像と性格描写というふたつの側面に応じて登場人物を造形していく。
実像とは、そのことばどおり、人物の深層心理や倫理観を示すもので、人生が窮地に陥って、選択と行動を迫られるときにはじめて明るみに出る真実の姿だ。「選択の原則」は、フィクションであれノンフィクションであれ、すべてのストーリーテリングの基本である。真の人物像は、欲望を追い求めて危険だらけの行動を選んだときにのみ表現することができる。
性格描写とは、人物の総合的な外見、つまり表面上の特徴と行動の総体を表す。これは、好奇心を刺激する、説得力を与える、個性を持たせるという三つの役割を果たす。
――『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』
性格描写の役割は以下の3つです。こちらも順にみてみましょう。
①好奇心を刺激する
読者は、登場人物の表向きの顔がほんとうのものではないことを知っています。独特なキャラクターに出くわすと、読者はその人物のことばに耳を傾けこう考えます。「この人はこう見えるけど、ほんとうはどうなんだろう。正直者か、嘘つきか。やさしいのか、残酷なのか。賢いのか、愚かなのか。冷静なのか、せっかちなのか。強いのか、弱いのか。善なのか、悪なのか。興味深い人物像の奥にどんな個性がひそんでいるんだろう。いったい、ほんとうの姿は?」
②説得力を与える
読者はストーリーやキャラクターが実在しないと知っているものです。しかし、巧みに設計されたキャラクターは、読者が架空の人物の存在を信じたくなるほどの精神や肉体、感情や言語を具え、現実にいるかのように感じさせてくれます。台詞によってキャラクターに実在感を与えるようにしましょう。
③個性を持たせる
外見や思想、そして価値観や文化的な背景などさまざまな要素がキャラクターの個性を際立たせることになりますが、何よりも重要な特徴は、そのキャラクターが発することばです。これまでだれも出会ったことがないような話し方をさせることで、その語りが登場人物のなかで際立つばかりか、秀逸な技巧を凝らせば、どんな架空の人物とも異なることになります。
最後にダイアローグの機能の3つ目「アクション」について見てみましょう。
ダイアローグの重要な機能の三番目は、アクションを起こす手段を登場人物に授けることだ。アクションには三種類ある――精神のアクション、身体のアクション、ことばのアクションだ。
精神のアクション
ことばやイメージは思考を組み立てるが、思考が精神のアクションとなるためには、登場人物のなかで何かの変化――態度、信念、期待、理解などの変化――が起こる必要がある。精神のアクションは表立った行動へ変わることも変わらないこともありうるが、仮にそれが表面化しなかったとしても、精神のアクションを体験した人物は以前と同じではなくなっている。精神のアクションによる人物の変化は、現代のストーリーの多くを突き動かしている。
身体のアクション
身体のアクションは基本の二種類に分かれる――ジェスチャーとタスクだ。
ジェスチャーとは、あらゆる種類の身体言語だ。表情、手ぶり、姿勢、物との接触、人との距離のとり方、声の抑揚、細かいしぐさ、などなど。これらのふるまいは会話言語の変形か代用のどちらかであり、ことばでは表現できない感情を伝えるものだ。
タスクとは、何かを成しとげる活動だ。仕事、遊び、旅行、睡眠、性愛行為、喧嘩、白昼夢、読書、日没を愛でる、などなど。つまり、話すことを必要としないアクション全般を指す。
ことばのアクション
小説家のエリザベス・ボウエンによると、「ダイアローグは、登場人物同
士が互いに対しておこなうこと」である。(略)
だが、登場人物の発言に読者や観客が心を動かされるのは、台詞の裏にあるアクションが、その瞬間にその人物にとって真実味があるときだけだ。だから、台詞を書く前につぎのように自問するとよい――登場人物はこの状況で何を望んでいるのか? 望みをかなえようとするまさにそのとき、どんなアクションを起こすのか? それを実行するために、正確にはどのようなことばを用いるのか?
――『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』
さて、今回は『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』を参考に、アクションとしてのダイアローグの機能について解説してきました。
次回からは「推敲篇」をお届けする予定です。
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