やってはいけない台詞の失敗
今回は『「感情」から書く脚本術』を参考に、「最高の台詞の特徴」「やってはいけない台詞の失敗」ついて学んでいきたいと思います。
脚本セミナーや指南書は、台詞を書くということの表面しか齧らない。大抵が規範の押しつけにすぎず、新しいことは教えてくれないのだ。台詞がどうあるべきか書いてはあるのだが、どうやるとそう書けるのかは教えてくれない。おそらく、台詞の書き方は教えようがないと信じられているからだろう。いい台詞を聞き分ける「耳」があれば書けるし、なければ書けないというのも、あながち嘘ではない。「素晴らしい」台詞の書き方は教えられない。でも「良い」台詞くらいなら教えられないということはない。ベテラン脚本家がどのように上手な台詞を組み立てているかをしっかり分析すれば、初心者でも巧い台詞を見分けられるようになり、改稿のときに自分の原稿にその技を適用できるようになるはずだ。
――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』
前回の「薄っぺらな台詞の見分け方」回の終盤で、本書が掲げる「最高の台詞の特徴」を箇条書きでまとめました。改めて下記に列挙します。
・現実感を出す
・台詞でキャラクターを定義し、立てる(話者も相手も)
・情報を間接的に伝え、キャラクターを動かす
・キャラクターの感情と対立を映す
・キャラクターの動機を暴く、または隠す
・話者と他のキャラクターの関係性を映す
・連鎖反応を起こす
・今後の展開を予感させる
・ジャンルから外れていない
・場面の内容から外れていない
・能動的で目的に向かっていく
・感情的なインパクトを持っている
このうちのいくつかについて詳しく見ていきたいと思います。
・現実感を出す
素晴らしい台詞の第一の条件は何だと思いますか? それはそのキャラクターが、実在して本当に話しているかのようにもっともらしく聞こえるということです。つまり本当らしく聞こえなければならないのです。しかし、ここで注意が必要です。忘れてはいけないのは、台詞は実際の話し言葉とは違うということです。「蒸留され、純度を高められたリアルさによって話し言葉を伝えるのが台詞なのだ。つまり、日常会話から重複を抜き、支離滅裂な部分を取り、無用な間やてにをはの誤り、言葉の欠落をなくしたもの」こそがよい台詞ということになります。
・情報を間接的に伝え、キャラクターを動かす
前回、「伝統的な台詞の役割」として①プロットを進める ②キャラクターを立たせる ③説明的情報を与える、という3つの役割について触れました。
初心者にありがちなのは、台詞が③説明的情報を与える機能しかもっていないというケースです。こうなると、あからさまに説明臭い台詞が「鼻につく」と思われてしまいます。キャラクターを動かし、プロットを前に進め、さらに情報をさり気なく伝えるというのがよい台詞の条件です。
・話者と他のキャラクターの関係性を映す
人は、人間関係に応じて話し方を変えるものだ。話者の人間関係を映し出しているのも、素晴らしい台詞の条件になる。ある男が10代の自分の娘に話しかけるとする。同じ男が妻、または同僚と話すとき、喋り方は同じではない。囚人が母親と話すとき、恋人と会話するとき、そして囚人仲間と話すときでは、それぞれ違った話し方になる。人は、いくつかの語彙をセットで持っており、相手または内容に応じて使い分けるものだ。
――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』
・能動的で目的に向かっていく
劇的な場面の本質は「簡単には手に入らない何かを求めるキャラクターがいる」ことです。効果的な台詞を書くためには、このことを忘れてはいけません。何かを手に入れようという目的を持ったキャラクターが取れる手段は、行動か台詞の2つしかありません。物語において、
「能動的な台詞の応酬というのは、劇的な行動の一形態だと見る方が良い。アクションする言葉。場面内でキャラクターが欲しいものを手に入れるための手段としての言葉」が必要です。
受動的な台詞、目的のない台詞、キャラクター自身の目的達成に何の訳にも立たない台詞、説明的、あるいはただのお喋り、またはお行儀が良すぎな台詞、そういう台詞ばかりでは、読者を物語に引き込むことはできません。
では、次に「やってはいけない台詞の失敗」について。本書で挙げられているのは以下の13つです。「最高の台詞の特徴」の裏返しになっているものもありますが、ぜひ覚えておいてください。ついついやってしまいがちなものばかりです。
・硬い台詞
・不自然な台詞
・説明的すぎる台詞
・鼻につく台詞
・驚きがない台詞
・喋り過ぎるキャラクター
・どの人も同じに聞こえる
・名前を繰り返す
・つなぎの言葉
・雑談
・なくても良い念押し
・訛りと方言
・外国語
では、このうちのいくつかについて詳しく見てみましょう。
・喋り過ぎるキャラクター
本書には「長台詞を巧くこなせる人は少ない。台詞を書く脚本家でも、演じる役者でも、演出する監督でも同じことだ。結果は惨憺たるものになりかねない」とあります。本書は基本的には映画の脚本を執筆する人を対象にしているので、小説とは少し事情が違うのではないかと思われるかもしれません。しかし『ゲド戦記』や『闇の左手』で世界的に著名なSF・ファンタジー作家、アーシュラ・K・ル=グウィンも著書『文体の舵をとれ』の中で次のように述べています。
むごい仕打ちでもやらねばならぬ
(略)
あちこちをちょっとずつ切り刻むとか、ある箇所だけを切り残すとかごっそり切り取るとか、そういうことではない(確かに部分的には残るけれども)。字数を数えてその半分にまとめた上で、具体的な描写を概略に置き換えたりせず、〈とにかく〉なんて語も使わずに、語りを明快なまま、印象的なところもあざやかなままに保て、ということだ。
作品内にセリフがあるなら、長い発言や長い会話は同様に容赦なく半分に切り詰めよう。
――『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』
最高の台詞はぴりりと短く、切れ味鋭いものが多いものです。
・どの人も同じに聞こえる
この失敗については、前回「薄っぺらな台詞の見分け方」というテストの方法を紹介しました。
参考URL
https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816700428912299912
キャラクターの台詞がすべて同じになってしまうのはなぜなのでしょうか。知らず知らずのうちに、キャラクター全員が作者自身と同じしゃべり方になっているのです。キャラクターに固有の特徴を与えるために、訛りや土地の喋り方で誤魔化す方法もありますが、これではうまくいかないと本書は説いています。
・つなぎの言葉
具体的には「しかしながら」、「それで」、「ええっと」、「だから」、「でもさ」、「そういや」、「だって」、「まあ」、「いや、でも」、「あ、そうなんだ」といったものを指します。台詞のバランスにつなぎが必要なら消す必要はありませんが、つなぎを取り去ってみると台詞の応酬の切れ味が劇的に増します。
ここまで、「最高の台詞の特徴」「やってはいけない台詞の失敗」を紹介してきました。最後に、どうやって「最高の台詞」を書けばよいのか、について解説したいと思います。
『「感情」から書く脚本術』では、
①感情的なインパクト
②個性的な台詞
③さり気ない説明
④サブテクスト
の4つのテクニックを挙げています。
ここでは、最も難易度が高いといわれている「③さり気ない説明」をするためのテクニックをいくつか解説します。これらを使えば、台詞の説明くささがなくなるはずです。ぜひ参考にしてみてください。
説明は目に見える形でされるのが望ましいが、手っ取り早いのは台詞による説明だ。しかし、台詞を使って「目に見えないように」、さりげなく、面白く説明することはできる。それは初心者にとって、最も難易度の高い技の1つだ。しかし巧く書かないと、ぎこちなくなる。見え見えで、棒読みのような台詞になってしまう。どれだけの情報を明かすかという匙加減の失敗も、つまらない説明台詞の一因だ。脚本家の卵は、台詞にいろいろ詰めこみすぎる。脚本の技はどれもそうだが、この場合も説明を感情の発露として与えるのが巧くやる鍵だ。だから、説明は対立の中に織り込めというのが一般的な助言なのだ。脚本を読む人は対立に心を奪われているので、同時に与えられる説明は無意識の内に吸収されるというわけだ。読者の関心を感情的に逸らして、情報を与える。これが目に見えない説明、つまりさりげない説明だ。ハンフリー・ボガートは、説明台詞を言わされるなら、後ろの方でラクダに交尾でもさせて、観客の気を逸らせてくれと言ったそうだ。ラクダに頼らなくても、台詞に情報を忍び込ませる方法は他にもある。
――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』
テクニックその①:一言ずつ小分けにして出す
情報を早い段階で、多めに、しかも一度に全部与えてしまうというのは、初心が犯してしまいがちなミスです。情報も一度に与えすぎると、ぎこちなく、つまらなくなります。自分のキャラクターの台詞が説明的だなと思ってしまった場合には、この情報を小出しにするテクニックを使ってみてください。
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例:『アルマゲドン』(ジョナサン・ヘンズリー、J・J・エイブラムス)
ゴールデン:「いいか、聞いてくれ。NASA史上最悪の日が、もっと最悪になった。1000万分の1の確率だ。今朝降ってきた物体は、衝突の衝撃で飛んで来た欠片だ。これから落ちてくるヤツに較べたら小石みたいなもんだ。ウォルター!」
ウォルター:「巨大な小惑星1つ。ETA[落下推定時刻]は18日後。恐竜を絶滅させた直径5マイルのヤツの何倍もデカい」
ゴールデン:「テキサス州がすっぽり入る」
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例:『ボーン・スプレマシー』(トニー・ギルロイ)
例の写真が、部屋中のモニターに映っている。ぼやけた像……はっきり鮮明になる。全員、凍りつく。
パメラ:「(ニッキーに)彼だと思う?」
ニッキー、近づき凝視。頷く。
クローニン:「潜伏してない。それだけは確かだ」
ゾーン:「ナポリ? どうして?」
カート:「偶然かも」
クローニン:「逃亡中か?」
アボット:「自分のパスポートで入国して?」
キム:「ナポリで何を?」
クローニン:「何って、初めての失敗を犯したのさ」
背後から声。
ニッキー:「失敗じゃない。(全員振り返る) 彼らは失敗しない。偶然はあり得ない。必ず目的がある。必ず標的がいる。自分のパスポートを持ってナポリに来たなら、必ずそうする理由がある」
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テクニックその②:情報を示唆する
説明するのではなく「仄めかす」だけにとどめておくというテクニックです。読者は、すべてを説明してほしいわけではありません。常に物語に能動的に参加して情報を集め、何が起きているか理解しようとしています。
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例:『ブレードランナー』
ブライアント:「やつらを探し出して、排除してくれ」
デッカード:「俺はやらないよ、ブライアント。もうあんたの下で働くのはご免だ。ホールデンを雇え。腕も立つ」
ブライアント:「雇ったよ」
デッカード:「それで?」
ブライアント:「とりあえず息はしてる。誰かが電源を抜かなければな」
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例:『イブの総て』
マックス:「教えてくれ。人はどうしてプロデューサーになろうなんて、馬鹿げたことを考えるんだろう?」
アディソン:「人はどうして椅子1脚だけ持ってライオンの檻に入ろうなんて馬鹿げたことをすると思う?」
マックス:「良い答えだ。100%わかった」
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例:『エリン・ブロコビッチ』
エド:「証拠はこれだけ?」
エリン:「今のところはね。でもあのガラクタ部屋、探せばもっと見つかると思う」
エド:「ああ、書類の整理もしないんだろうな。ひどいもんだ。どうして何か見つかると思う? 何で入れてもらえると思うんだ?」
エリン:「何でって、オッパイよ」
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・テクニックその③:読者が欲しがるときに与える
説明にまつわる最も一般的な失敗は、タイミングが早すぎるということ。つまり説明が欲しいと思う前に与えてしまうことだ。原則的に、情報というものは欲しいときに与えればより興味深くなるものなのだ。まず「知りたい」という気持ちを読者に植えつけ、好奇心を持たせる。読者は答えを持ち望む。そこで答えを出してやれば、その答えは説明のようには感じられない。だから、なかなか教えてもらえない情報は、一気に説明される情報よりも興味深いものになるのだ。『チャイナタウン』のエヴリンの秘密がまさにそれだ。『明日に向って撃て!』の「俺、泳げないんだ」の場面も、この技を使ったいい例だ。なかなか崖から川に飛び込まないサンダンスを見ながら「どうして飛びこまない?」と思った瞬間。これ以上にその台詞が効果的に響く時はない。『レイダース』で蛇と対面したときに「蛇が嫌い」と告白するインディ。『カサブランカ』では、どうしてリックはイルザに対してあんなに苦い思いを抱いているんだろうと思ったところで、パリの回想だ。
――『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』
『「感情」から書く脚本術』には、今回紹介した以外にも多数のテクニックが紹介されています。もっと知りたいという方はぜひ本書をご一読ください。次回も台詞について解説する予定です。
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