台詞篇
薄っぺらな台詞の見分け方
今回から「台詞篇」がスタートします。
台詞、会話、ダイアローグなど、いろいろな呼び方がありますが、今回はひとまず「台詞」で統一することにします(次回以降の「台詞篇」では「ダイアローグ」という用語をあえて使うケースが出てくる予定です)。
「台詞が苦手だ」という人は意外と多いのではないでしょうか。いわゆる「小説の書き方」を指南する本やウェブサイトでレクチャーされているのは、ほとんどの場合、物語の構成(起承転結や三幕構成)やキャラクター造形についてです。構成やキャラクターがメソッド化しやすい(=テンプレート化しやすい)のに対して、台詞というのはある意味「その人のセンス次第」なところもあり、なかなかメソッドとして教えにくいというのが実情です。
しかし、ハリウッド式の脚本メソッドでは「台詞の機能的側面」に注目することで「よい台詞とは何なのか」を明確に定義することに成功しています。
台詞が苦手だという人は、まずは「物語の中で台詞がどういう役割を担うのか」ということを考えてみましょう。
テンポのよい会話、小粋な会話、ウイットに富んだ会話、そのような会話を考えるのも大事ですが、作者であるみなさんは、なぜそれが会話という形式で語られなければならないのか(なぜ地の文ではいけないのか)についても考えてみましょう。すでに執筆途中の作品があるという方は、その会話が物語上でどんな役割を果たしているのかについて改めて考えてみましょう。物語が進むわけでもなく、キャラクターの感情や特徴が描かれるわけでもない「会話のための会話」になっていないでしょうか。
まず「台詞篇」第1回目である今回は、いろいろな本の中から会話のもつ機能について解説していきます。
まずは、本連載の常連シド・フィールドの代表著作『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』から。本書は三幕構成を体系化した一冊として有名ですが、実際に読んでみると構成以外のさまざまなトピックについても言及されています。
書くことは、学ぶことだ。書けば書くほど、書きやすくなっていく。
最初のうちは、台詞もうまく書けないだろう。会話というのは人物に関わる機能を持っている。会話の意義について少し復習してみよう。
会話の意義とは、次のような事柄である。
1 ストーリーを前に転がす。
2 人物についての情報を明らかにしていく。人物たちは、それぞれにこれまでの人生の歴史を持っているのだ。
3 観客と、必要な知識や情報を共有する。
4 人物同士の関係を組み立てる。関係がリアルで自然で、現実味を帯びているようにする。
5 人物に深みと心、そして存在意義を与える。
6 ストーリーと人物の葛藤を明らかにする。
7 人物の心情を明らかにする。
8 人物のアクションを説明する。
会話を書こうと思っても、最初の頃はどうしても不自然で、ありきたりで、ぶつ切りで、わざとらしいものになってしまうだろう。会話を書くということは、最初はじたばたともがくが、回数を重ねれば、次第に上手になっていくものだ。
登場人物たちが語りかけてくるまで、4、50ページはかかるだろう。その頃になれば、登場人物たちが勝手に話しかけてくるようになる。だから、どんなに面白くない会話を書いたとしても、気にすることはない。書き続けなさい。会話部分は、書き直すたびにきれいになっていく。
「書くということは、書き直すということだ」という古くからのことわざもあるくらいだ。
――『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』
いうまでもなく、台詞はキャラクターの口から発せされるものです。したがって、台詞がキャラクターの内面や感情の描写と深い関係がある、というのは容易に理解できるでしょう。しかし、台詞がプロットに関係する(=1 ストーリーを前に転がす)ことや、読者への情報提供の役割を担っている(=3 観客と、必要な知識や情報を共有する)ことに自覚的な人は多くないかもしれません。しかし、本書によれば、これこそが会話の大きな目的なのです。
シド・フィールドは上の引用とは別の個所で次のように述べています。
会話は二つの大きな目的を持っている。会話によってストーリーが前に進むということと、主要登場人物の情報を明らかにしていくということである。この二つのうち、一つでも達成していなければ、その会話部分は不要である。
――『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』
さて次にロバート・マッキーの『ダイアローグ』からの引用です。ロバート・マッキーの代表著作は、この連載でも何度も引用した『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』なのですが、実は会話に特化した『ダイアローグ』という著作もあります(厳密には会話とダイアローグは違うものなのですが、ここでは会話としておきます)。では引用してみましょう。
ダイアローグ:あらゆる登場人物が、あらゆる人物に対して発する、あらゆることば。
通常、ダイアローグは登場人物同士が交わす会話と定義されている。だが、ダイアローグを包括的かつ綿密に研究するために、そこから一歩もどって、できるかぎり広い視野でストーリーテリングを考察することからはじめよう。その見地に立ってまず気づくのは、登場人物の語りは、他者に話す、自身に話す、読者や観客に話すという、明確に異なる三つの流れに分かれることだ。
――『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』
ここで、ロバート・マッキーは会話(=ダイアローグ)には3つのパターンがあることを明らかにしています。つまり、
①他者に話す
②自分自身に話す
③読者や観客に話す
の3パターンです。
通常、会話は「①他者に話す」だけだと考えられていますが、②や③までを会話(=ダイアローグ)であると定義したところにロバート・マッキーの独自性があります。
では、ダイアローグの三つの流れをくわしく見てみよう。
①他者に話す。二方向間の会話は対話劇(デュアローグ)と呼ばれる。三人が会話をすると、三人劇(トライアローグ)が生まれる。感謝祭の食事に大家族が集えば、多数劇(マルチローグ)となるのかもしれない。
②自身に話す。シナリオライターは登場人物にひとり語りをあまりさせないが、劇作家はよくそうする。小説家にとっては、心のなかでの語りは散文技巧の大切な要素である。散文には、登場人物の心にはいりこんで、内面の葛藤を思考の風景へ投影する力がある。小説家が一人称か二人称で物語を書くとき、その語り手はかならず登場人物のひとりだ。したがって小説には、あたかも読者に立ち聞きさせるかのような、内省的で自分に語りかける形のダイアローグが満ちていることが多い。
③読者や観客に話す。劇場では、独白や傍白という手法によって、登場人物が観客の目の前でひそかにひとり語りをすることができる。テレビや映画では、画面外で登場人物に語らせるのがふつうだが、カメラに向かって直接語らせる場合もある。小説では、これこそがまさしく一人称形式で、登場人物が自分の話を読者へ語り聞かせる。
――『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』
ロバート・マッキーによると一人称形式の小説の地の文は「③読者や観客に話す」という機能をもつ会話(=ダイアローグ)ということになります。今回は、あくまで「台詞」についての解説回なので、これ以上は深く入り込まないようにしますが、一人称形式の小説を書く場合、なぜ語り手(=多くの場合主人公)の感情を描くのに、地の文でもなく、独白でもなく、台詞でなければならないのか、を考えてみましょう。
シド・フィールドの著作からの引用で「台詞はプロットに関係する」と説明しましたが、そのことに意識し過ぎてしまうと、ついこんなミスを犯してしまいます。それは「台詞でプロットを語ってしまう」ことです。この連載でもすでに何度か言及した「語るな、見せろ」の法則を忘れないようにしましょう。
参考回:テーマは「語るな、見せろ」
https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816700427196111267
『SAVE THE CATの法則』には次のように書かれています。
出来の悪い脚本にありがちなもう一つの問題点は、〈セリフでプロットを語ってしまう〉ことだ。これをやると、ド素人の脚本家ってことがバレバレになる。例を挙げてみよう。「僕の姉貴なんだから、もちろんわかるだろ!」とか、「もうあの頃とは違うんだ。俺がニューヨーク・ジャイアンツでフルバックのスターだった頃。あの事故が起きるまでは……」なんていう登場人物のセリフ。こんなセリフは……(はい、みんな一緒に)アウトだ! でもついやってしまう理由はわかるけどね。
それは、登場人物の背景やプロットについての説明が必要なのに、どう処理していいかわからず、とりあえず登場人物に言わせて解決しているからだ。それはマズい! これをやったら〈読んだ人間は必ずその脚本をゴミ箱に捨てる〉からね。
――『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』
特にSFやファンタジーなどの非現実世界を舞台にした作品では、プロットや設定、世界観を読者に知ってもらうために、ある程度の説明が必要です。そこで困った作者は、苦肉の策として会話の中でなんとか説明しようとするのですが、失敗してしまうと、読者はまるでゲームのチュートリアルを見ているような気分になってしまいます。
日本が誇る偉大なSF・純文学作家である筒井康隆さんは著書『創作の極意と掟』(講談社文庫)で次のように述べています。
創作において、手抜きの一手段に会話が使われるのは悲しむべきことだ。主にエンタメ系の作家に多いのだが、描写や展開が面倒なのですべて会話で片付けようとするなどのことである。多いのは、面倒なので省略してしまった部分を「実はこんなことがあって」などとと会話でもって補填しようというものだ。[……]たしかに会話は日常用語ばかりで進展するから読みやすいだろう。しかしそれ以上に作家は小説的な文章を考えなくていいから楽なのだ」
――筒井康隆著『創作の極意と掟』(講談社文庫)
またモダン・ホラーの巨匠、スティーブン・キングも『書くことについて』(小学館)で、「語るな、見せろ」の法則について触れています。
会話は登場人物に声を与え、そのキャラクターを決定する重大な役割を担っている。彼らが何をしたとかいう叙述だけでも、ある程度のことはわかる。けれども、会話はもっと巧妙だ。台詞は本人がまったく気がつかないところでそのキャラクターを浮かびあがらせる。
たとえば、ある小説の主人公のミスター・バッツが劣等生で、ろくすっぽ学校へ行ってなかったことは、もちろん叙述によっても表現できる。だが、会話だと、同じことをもっと生き生きと読者に伝えることができる。いい小説を書く基本原則のひとつは、見せることができるなら語るな、である。
――スティーブン・キング著『書くことについて』(小学館)
台詞の役割について、次は『「感情」から書く脚本術』からの引用です。
本書では「伝統的な台詞の役割」として次の3つを挙げています。
①プロットを進める
②キャラクターを立たせる
③説明的情報を与える
そのうえで、著者は「書籍、セミナー、雑誌、インターネット記事を参照し、さらに下読み、プロデューサー、エージェント、俳優、もちろんプロの脚本家たちにも話を聞いて」最高の台詞の条件を下記のとおりまとめました。
・現実感を出す
・台詞でキャラクターを定義し、立てる(話者も相手も)
・情報を間接的に伝え、キャラクターを動かす
・キャラクターの感情と対立を映す
・キャラクターの動機を暴く、または隠す
・話者と他のキャラクターの関係性を映す
・連鎖反応を起こす
・今後の展開を予感させる
・ジャンルから外れていない
・場面の内容から外れていない
・能動的で目的に向かっていく
・感情的なインパクトを持っている
これらについては追って、詳しく解説していきますので、今回は箇条書きで列挙するだけにとどめておきます。
最後に『SAVE THE CATの法則』に収録されていた「薄っぺらな台詞の見分け方」のテストを紹介しましょう。ぜひチャレンジしてみてください。
自分の書くセリフはそんなに退屈でも薄っぺらでもないよって思っている諸君、試しに私がマイク・チーダから教わった簡単なテストをしてごらん。まだ私が駆け出しの頃、マイクは脚本を読んでいきなりこう言った。「君の書いた登場人物は、話し方がみんな同じだな」。当然私は侮辱された気がして、正直ムカッときた。まだ勉強不足で未熟だったから、マイクの言うことが信じられなかったのだ。あんたに何が分かる!?ってね。
この時マイクは、セリフが下手かどうかを診断するテストを教えてくれた。やり方はこうだ。脚本のどこか1ページを選んで、登場人物の名前を隠し、セリフを読んでみる。名前を隠しても、誰がしゃべっているかわかるだろうか? バリー&エンライトのマイクのオフィスで初めてこのテストをやったとき、私はびっくりした。くそっ! たしかにマイクの言うとおりだ。名前を隠すと登場人物が区別できなかった。しかももう一つわかったことがある。どの登場人物もみな、私のしゃべり方になってる! 良く出来た脚本だったらこんなことはない。登場人物は各自ちがった、独特の話し方をするものだ。たとえそれが「やあ、元気?」「うん、元気だよ」のような、ごくごくありふれた日常の会話だったとしても。
――『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』
『新宿鮫』シリーズなどで知られる大御所ベストセラー作家、大沢在昌さんの『小説講座 売れる作家の全技術』(KADOKAWA)にも、似たようなことが書かれています。
新人賞の作品を読んでいると、カギ括弧が続くシーンで誰のセリフか区別がつかなくなることがよくあるんですね。キャラクターと会話は不可分なものなのです。そのキャラクターがどんな言葉を遣い、どういう話し方をするのかは相手によっても変わるだろうし、状況や感情によっても変化します。
――『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』
以上、今回は「台詞篇」の導入として、いろいろな本からの引用を紹介することで、台詞のもつ機能や役割について解説してきました。
次回以降は、より詳しく実践的な解説になる予定です。
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