6 猫の日奇譚
子猫病の始まりは今から五年ほど前、ニュージーランドのクライストチャーチ、トラム(街中を走る路面電車)の中で客の悲鳴が響いた。ある客の一人が、定期券を出そうとした瞬間に猫へと変貌したという。一瞬で、客は人から猫へ変わる〝間〟を見る事は出来なかったと証言している。
この奇病はそこから範囲を急速に広げていった。それが二月十七日、日本で言うところの「猫の日」である。なお、日本でこの奇病が見つかったのは二月二十二日であった。
これには様々な学者が衝撃を覚えたのは言うまでもない。今までに見たことない奇病、しかし診察して経過を観察し、ワクチンなどを作ろうにも、ある日患者は突然猫から人へと戻ってしまう。つまりろくなデータが取れないのである。いくら人を集めても、薬を作ろうにも軽い風邪より治り易く、風邪と違って予兆は無い。
精神的な鬱状態や抑うつ状態など、様々な精神的負担を覚えた人々が発症していた事から精神的苦痛から猫へと変貌してしまう説もあったが、未だに有力な論文は出ておらず、一時期は「子猫病にかからないために!」という怪しいサプリも出回ったほどだ。
ちなみに、SNSなどの発展によってこれらの奇病の際、写真をアップロードする者も居て大体は人気を得ているせいか「あえてかかってみたい!」なんて話が若者を中心に起こった。
*
『撮ったら絶対バズったのに! 絶対椿ちゃん可愛いでしょ!』
画面の前でそう言ったのは私の友達……病的というか「猫の爪とぎ音が生活に無いと眠れない」とまで豪語した大の猫好き、
出会ったのはたまたま登山クラブの時に一緒だったからだけど、そこから連絡先を交換して今に至る。相談はするけど、距離は離れてる、ちょっと不思議な友達だ。
飼ってる猫は全部で三匹。さっきからおやつでも強請ってるのか、鳴き声が聞こえる。
「絶対そう言うと思ったから連絡しなかったの」
『えぇ~……ねぇ、椿ちゃん! 写真は!? 写真!』
「撮ってるけど……時東さんには見せたくないかな」
『そんなぁ……』
ビデオ通話だから音声も顔も見えるけど、本当に声通りがっかりしたような顔してる。こっちが悪いような事をしたみたいになってるけど、時東さんに見せると……たぶんずっと猫の私を褒めてくるだろうから、くすぐったいというか恥ずかしくなってきそうだし。
『あーぁ、なんで私はかからないんだろ……』
「かかったとしても一人じゃない。ペロちゃん達はどうするの?」
『でもお話できそうじゃない?』
「無理だと思うよ。私、猫の動画とか番組とか見てみたんだけど、言葉分からなかったもの」
『なんだぁ……』
今度こそ時東さんは打ちひしがれたかのようにがっかりして見せた。しかし次にはその表情を引っ込めて何やら考えている様子だ。
『そういえば椿ちゃんさ、今日って猫の日じゃん?』
「うん? そうだね」
『日本はさ、猫の日から子猫病が始まったんだって』
「あー……そういえば、三春がそんな話してたね」
『だからさぁ……もしかしたら、今日どっちかが――』
そこで時東さんの言葉は途切れて、画面越しにこっちを見てビックリした顔が映っていた。私もビックリした――足が、浮いてるというか、私立ってる。立ってるのに視線があんまり変わってないのだ。
「にゃ……」
嫌な予感は当たってしまった。
『えっ、椿ちゃ……えっ、嘘っ! 可愛い!! あっ、違うそうじゃない、どうしよ!? 三春君に電話……あっ、電話番号……登録してたっけ!?』
画面越しで笑顔になっては慌てふためいて、時東さんは画面からフェードアウトしていった。バタバタという足音らしき音と、何かぶつかった音と同時に『イッタァッ!?』という彼女の悲鳴が聞こえる。
向こうの猫ちゃん達、急に慌てふためくご主人を見てどう思ったのかな。
そう思ったら、今度は時東さんの代わりに猫が映った。可愛い茶トラの猫だ。名前は確か、ロッタ君。彼女の大好きなお菓子メーカーの名前。
『なぁーん』
体格が良いにも関わらずそこそこ可愛い声が聞こえて来た。けど……やっぱり私には分からない。不思議そうに、目をまん丸にしてロッタ君はこちらを見ていた。見知らぬ猫に驚いているんだろう。
「みにゃぁん」
通じるかは分からないが、私は「騒がせてごめんね」という気持ちを籠めて一鳴きして見た。ロッタ君は耳を動かして、私の言う事を聞いて分かったのか分からないのか、ふいと視線を逸らしてからどこかへ行ってしまった。
恋人が黒猫になりまして 納人拓也 @Note_Takuya
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