番外編 04 カトリーヌの悲劇
マーティンの手を取り、 馬車から降りてすぐに私は疑問を口にした。
「ねぇ、マーティン。何で私の屋敷にいるの? しかも、何その格好」
「あれ? もしかして何も聞いてない? えっと、そうか。うん、その…これは、あれだよ。何ていうか、その」
何故か困った様子でしどろもどろになるマーティンの姿に、私は思わず眉を潜める。
マーティンのすぐ後ろにいた執事、確か名前はジェフだったか……彼がそっと前に出ると控えめな声でマーティンに向かって「殿下……」と言った。
ん? 多分、恐らく私の聞き間違いだろうけど、今、殿下と聞いた気がする。いや、そんなまさか。一介の底辺貴族であるマーティンが殿下になんて、王族になるなんてありえない。しかもマーティン、あの、マーティンよ? 服装だけ整えたところで、冗談でもありえないわ。
私は質問の返答が当てになりそうにないマーティンを無視して、後ろを振り返った。
「叔母様、何か聞いていますか?」
馬車から出てきたジョゼ叔母様は首を傾げる。
「何のことですか? それにしても、ここに来るのは何年ぶりかしら。表はあまり変ってないのね」
叔母様は目を細め、屋敷や周辺を見渡す。その様子は思い出に浸っているようだった。ゆっくりと屋敷の方へと歩く叔母様について行くように、杖をつくと、マーティンは心配そうに私の隣に立った。
「マーティン近いわ、離れて」
「き、君が心配なんだ。その足、痛めてるんだろう? 不自由なら肩を貸すよ? 僕はずっと、君を心配していたんだ」
そう言って更に距離を詰めてくるマーティンを反射的に避ける。格好も似合わないし、なんだか気持ち悪い。
「いいから、一人で歩ける。それよりマーティン、あんまり私に近寄らないで」
「いや、それは譲れない。君に万が一のことがあったら大変だ。君はこの国の宝石、いいや、もうこの国の母なんだから」
「は? 何それ、気持ち悪い。それに、そんなセリフ、マーティンには似合わないわ」
「にっ、似合わないのは分かってるよ。でも、僕はもう覚悟を決めたんだ。カトリーヌ嬢、あ、違った。ごめん、えっと、カトリーヌ、僕に掴まって」
マーティンが私の腕を少し強引に掴む。嘘でしょ? コイツが、私に触れた。しかも呼び捨てにした!!
「っ!? ちょっと、マーティン! ほんといい加減にして」
使用人達は何故かマーティンの行いを止める事なく視線だけを逸らす。何か知ってそうだったエルフレットは、いつまで経っても馬車から降りてこない。
「叔母様っ、ジョゼ叔母様、こいつ何とかして下さい!」
助けを求めた叔母様は、私の声が届かなかったようで、一人庭を指差しながら、なにやらブツブツと独り言を呟いている。
「さっ、カトリーヌ。何だったら僕が抱き上げる? そそそれとも、あの、やっぱりおんぶの方がいい?」
「両方とも嫌よ。一人で大丈夫だってば。それよりもっと離れて」
「ふふっ、カトリーヌは、恥ずかしがり屋さんだね。なら腕ならどう? それくらいなら、ただのエスコートだろう?」
しつこいマーティンに、私はため息を吐き、渋々、その腕をそっと掴むと、マーティンは顔を真っ赤にしながら、私を見つめた。
何それ、掴めとか言っておいて何この反応。私の背中がゾワリとして思わず、「気持ち悪」と呟いてしまった。
首を傾げるマーティンには、全く聞こえていなかったようだけど……。
執事のジェフに促されながら、私達は屋敷へと足を踏み入れた。そこでふと気づく。何故、マーティンの執事であるジェフが、私の、いやステインの屋敷を案内しているのかと。それを聞こうとも思ったが、やめた。とりあえずパパに会って話を聞いた方が早いだろう。私は歩く事に専念することにした。
屋敷に入ると、煌びやかだった内装が以前よりもだいぶ殺風景で驚いた。よく見れば所々破損もしている。いったいこの屋敷で何があったのか……。
私と叔母様は屋敷の異様な状況に眉を潜めながら、パパの書斎に入った。書斎の部屋は殆ども抜けのからだった。びっしりと棚の中にあった書類は全くない。
真ん中にポツンとある机と、その椅子にパパが背を向け座っていた。
心なしか痩せて小さくなってしまったパパの背中を見た瞬間、堪えきれずに涙が溢れた。
「パパッ!!」
私が名前を呼ぶと、パパはすぐに振り返り、私を見るや目を真っ赤にした。マーティンの腕を放すと、杖をなるべく早く動かし、急いでパパのほうへと駆け寄る。
殆ど同時にパパも立ち上がり、私の元へと来てくれた。今まで心細かった分をぶつけるかのように思い切りパパに抱きつき、パパもそれに応えてくれる。
「おぉっ、カリー! カリー、無事で良かった。生きてて良かった」
「パパも無事で良かった! あと、ごめんパパ、バストーン邸が燃えちゃったの」
「聞いているよ。だが、良い良い。カリーちゃんが無事で何よりじゃ」
「うん、ありがとうパパ」
パパと感動の再開を果たしていると、何故か横から、マーティンが「パパ」と言いながら、駆け寄り、私とパパを覆うように抱きついてきた。
ーーーーーーは!?
こいつ何してんの? 何、今の状況。
混乱して、硬直している私とは、反対に、パパは何も言わずに微笑んでいる。
「ちょっ、パパ……これはどういうこと?」
「ん? なんだ? カリーちゃん」
「なんで? 何でこいつが一緒に抱きついてくるの?」
「あぁ、それはな、愛じゃよ、愛」
ニッコリと笑うパパに思わず顔が引きつる。
「いや、そういう気持ち悪いのいらないわ。離れて欲しいんだけど」
「そうか?」
パパは首を傾げつつ私から体を離すと、つられるようにマーティンも一緒に離れた。
「ねぇパパ、こいつなんなの? なんでいるの?」
「なんでって、ルイ君はカリーの未来の旦那様じゃからな。愛じゃよ、愛」
「はぁ? 何言ってるの? ルイって誰よ?」
私の質問にマーティンが自分に向けて指をさした。そして、ジョゼ叔母様以外、その場にいた全員の手のひらがマーティンに向けられた。
え? マーティンがルイ? 私の未来の旦那様? どういうこと!?
「なんで!? 私知らないわよ? マーティンはただの貴族じゃ……」
「まぁ、驚くのも分かるがな。ルイ君は色々あって、名をマーティンと変えて身を隠しておった。しかし、紛れもなくこの国の第三王子、ルイ・クレイン殿下じゃぞ。よって、陛下との盟約により、ルイ君とカリーは婚約する。これでステイン家も安泰じゃな」
う…嘘でしょ? こいつが第三王子……? あの隣国にいて、音信不通のはずのルイ殿下……? いや、嘘でしょ。婚約だなんて…私とこいつが?
受け止めきれない事実に目の前が真っ暗になる。
「危ない!」
ふっと倒れそうになった私を、すぐにマーティンが支えた。
「カトリーヌ、大丈夫かい? 長旅で疲れているんだね。さっ、部屋へ行こう? とりあえず休んだ方がいい」
優しく微笑むマーティンに寒気が走る。
こんなのいやっ! 嫌よ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
私は心の中で絶叫し、そのまま気を失った。
目を覚ますと、私はベッドの上だった。このベッドも随分とボロボロな気がする。でも、燃えたバストーン邸にいた頃よりはマシだ。
私が体を起こすと、ジョゼ叔母様が気付いてこちらに来てくれた。
「カリー、気付いたのね。大丈夫? 疲れが出てしまったかしら。足は痛くない?」
「叔母様…えぇ、足は大丈夫です。それより……」
「もしかして、ルイ殿下のことかしら?」
「はい。なんでアイツ、マーティンがルイ殿下なのか……私、あんな気持ち悪い奴と結婚なんかできない」
「急に驚くわよね。思いもよらない人と一生を共にするんですもの、戸惑うのも分かるわ。そうね、心が落ち着くまでは何も考えないことも良いと思うわ」
「叔母様……でも、考えないようにしたいけど、あいつ屋敷にいるんだもの」
「そうなのよね。何故屋敷にいるのかしらね」
ふと、ニヤリと笑うエリザベートが私の頭の中に浮かんだ。あぁ、なるほど、この予想は恐らく正しい気がする。
「叔母様、分かったわ。全て、アイツが仕組んだのよ。私、あとでエリッサに文句言ってやらなきゃ気が済まないわ。絶対にアイツのせいよ」
「エリッサ……? 確かに仕組んだと言うなら納得だけど。でも、文句を言うにも、あの子いったい今何処にいるのかしら、あんな体だったのに…大丈夫なのかしら」
「どーせケロっとしてるわよ。もう、知らないわ。だってエリッサからの知らせは何もないんだから。そう言えば、叔母様はパパと話したの? パパならもしかしたら、何か知っているんじゃないかしら」
「そうねぇ。でも残念だけど、そんなに会話はしていないわね」
「そう、なの……叔母様は、やっぱりまだパパのこと怒ってる?」
「いいえ、もう怒りの感情はないわ。というか、正直どう接したらいいのか分からないのよ」
「だったら私と一緒にパパに聞きに行きましょ? エリッサのこととか、何故マーティンがルイ殿下なのか。私、今度は気を失ったりなんか、しないわ」
「まぁカリーったら、ふふっ。でも、そうね。一緒に聞きに行きましょうか。デーズも私達に話したい事もあるでしょう」
「ええ」
私とジョゼ叔母様は、それから一杯だけお茶を飲んだあと、パパの書斎に戻った。
部屋のノックを済ませて、許可されてから入ると、何やら真剣な顔でジェフとパパが話し合っていたようだった。
「パパ、話がしたいのだけど、いいかしら」
「ああ、カリーか。大丈夫じゃ。では、ジェフ殿すまぬが、それでいいかね」
「はい。では、殿下には、そう伝えておきます」
ジェフはパパと私達に一礼すると素早くパパの書斎を後にした。
「ねぇパパ。私達にもちゃんと分かるように説明して欲しいの。何でルイ殿下がマーティンなの? それに何故マーティンが当たり前のようにこの屋敷に住んでるの? さっきパパと話してたジェフ、彼はマーティンの執事だけど、話してた雰囲気からそれだけじゃないわね? いったい何者よ。 っていうか、そもそも今、私達ってどうなっているの?」
「なんじゃ、もしや、おまえ達は何も知らずに王都に戻ってきたのか? じゃが、エリッサには会ったのじゃろ」
「会ったけど少しだけよ。あの娘、何も言ってくれなかったし、その時は随分とふらふらだったわ」
「そうか、わしもおまえ達に聞きたかったのじゃ。エリッサちゃんは今何処におるんじゃ? 実は陛下からも催促があってな」
「え? パパも知らないの? てっきり、パパが知っているのだと思ってたわ。エリッサが今何処にいるかは私達も知らないの。バストーンに戻って来た時も、侍女に会うって、すぐにふらふらしながら出て行ってしまったの。それから全く連絡は来てないわ。心配だったから使用人や他の者に聞いても誰も知らないって答えるのよ。今も何人かの使用人と一緒に消息不明よ」
「そうか……なるほど。今、エリッサちゃんは雲隠れしているのじゃな。はははっ、確かに、あそこまでしでかしたのじゃからなぁ。今は身を隠すのが一番じゃ。エリッサちゃんが自ら姿を現すまでそっとしておくかの」
「やらかしたって、エリッサは一体何をしでかしたの?」
「この屋敷に来るまでに見たじゃろ? 貴族街を……」
「貴族街……」
確かに貴族街は異様だった。でも、まさか……。
「エリッサちゃんはな、マーティン君がルイ殿下である事を早々に見抜いておったようじゃな。ルイ殿下にそれを認めさせると、ステイン派の貴族を集め、貴族街の反ステイン派を粛清させた。恐らく一人残らず。それもルイ殿下を上に立たせてじゃ。それから宮殿へと乗り込み、見たこともない兵器で宮殿の近衛兵達をやっつけ、イデア王妃を捕らえたらしい。それを、たった1日でやり遂げたそうじゃ。話を聞いた時は自分の耳を疑ったよ。尋常じゃない」
「あの子、そんなことしたの……? 見たこともない兵器って……」
「それについては、わしもあまり詳しくは分からん。陛下からその兵器を見せて貰った時は、一見ただの鞘にしか見えなかった。名はタネガシマと言うらしい。じゃが、その鞘から煙がでると、凄まじい音と共に一瞬で人を殺めるそうじゃ。鎧も何も関係なく、魂を抜かれるように一瞬でじゃ。今陛下が持っているソレはすでに壊れてしまっているようじゃがな」
「なにそれ……怖いわ。エリッサはいったい何を作ったのよ」
「さぁ、正直、全てはエリッサちゃんに会って話を聞かんと分からんな。じゃがなぁ、これは当分姿を現さないじゃろ。あの子は恐ろしく頭がキレる。今の状況、己の立場を理解し、未来をも見てる。要はわしらは時間稼ぎをしろと、そういうことじゃろな」
「時間稼ぎ? どういうこと?」
「陛下はな、イデア王妃に毒をもられておった。二人の王子が亡くなった毒と同じ物、マリーの毒じゃ。陛下の体は今、とても弱っている。イデアが何年もかけてじわじわと王宮を支配下に置いていた為、今の王宮に陛下の信頼できる者は殆どいない。だから、ジョゼも呼んだのじゃ」
パパの言葉に、ずっと黙っていたジョゼ叔母様が驚いた表情で口を開いた。
「デーズ、聞いていませんよ」
「すまない。勝手なのは分かっている。わしはエリッサちゃんにも、怒られたのじゃ。昔、わしがジョゼに向けた言葉を、ジョゼと同く囚われた牢で言われた。わしがステインの家に泥を塗ったと、情けないとな」
「エリッサ、パパにそんな事言ったの!?」
「あぁ、正直、弱っていたわしには、堪えるものじゃったが……じゃが、ジョゼ、それはお前もだった。わしはジョゼを追い詰めるだけじゃったがな……。今更、許せとは言わない。じゃがエリッサはステイン家を、いや、この国を救おうと一人で頑張ったのじゃ。まだまだ窮地に立たされているこの現状にはジョゼの力も必須。どうか、エリッサの為にも今一度ステイン家の者として陛下の側にいてくれぬか。頼む」
パパはそう言って、ジョゼ叔母様に深く頭を下げた。
私が知る限り、陛下以外に頭を下げたパパを見るのは初めてだった。
転生した悪役令嬢の悪癖が止まりません 鹿目琴子 @yamato333
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