番外編 03 ベンケの判断    カトリーヌの未来


 オジョウの言いつけ通り、オラ達はアガスの町に入った。


 オジョウの側近であるマリアという名の侍女が痛めつけられたと聞いたのは、オジョウの目が覚める前だった。どーやら、その侍女がオジョウと離れている間に、痛めつけられたらしい。それはオジョウの逆鱗に触れる出来事だった。


 名前がモーデというだけで、顔も分からない男を探し始めてそれなりに日が経った。結局、モーデはアガスにはいなかった。最終的な情報によるとモーデを含めた男達は数日前に隣町に移動したらしい。隣町といっても馬で一日はかかる距離だ。ステインの報復を恐れて、慌てて拠点を変えたようだった。ずる賢い奴だと思ったが、オジョウを怒らせた奴は、どの道終わりだ。


 オラは海賊の船員仲間を引き連れ、隣町のズイカに入った。

 この町はエルキン・ジン・ズイカによって立てられた町だという。だから町の中央にはエルキン・ジン・ズイカの銅像が立てられていた。     

 オラは像を見て思わず苦笑した。昔この町に立ち寄った時、この銅像がオラに似ていると言われた事があったからだ。

 そういや、そもそもこんな銅像が立ってる事自体が珍しい。町や村にあるのは、だいたいが石碑だ。銅像を見たのは王都とズイカの町くらいしかない。いくら町を作った男だからといって高価な銅像が立ててあるということは、エルキン・ジン・ズイカは随分この町で好かれていたんだろう。

 まぁ、この像に似ていいるらしいオラは人に好かれることなどないだろうが。


 ズイカでモーデを探したが、すぐにいない事が分かった。幸い、少し離れた森でモーデと数人の男の姿を見た者がいたという話を聞くことができた。きっとその森を住みかにしているのだろう。広い森の中を探すのは、ちと面倒だった。


 森を探し始めて二日が過ぎ、奥まった場所に洞窟を発見した。その洞窟の周辺には、少しだけ人の足跡が残っている。


 どうやらモーデ達はこの洞窟をねぐらにしているらしい。

 オラは船員達に指示をし、いつでも戦えるよう準備させ、洞窟の中へと入って行った。


 洞窟は入り口は狭かったが、しばらく歩けば中の空間はわりと広かった。だが、それでもオラにとっては狭い。こんな狭さじゃオラはまともに戦えないだろう。この場で戦闘になるのなら、船員達に任せた方が良さそうだ。オラはそう思いながら、薄暗い洞窟を進んだ。


 静かだった洞窟の中は、進むにつれ、男達の笑い声が聞こえ始める。

 ここまで、随分と探し歩いた船員達の苛立ちはピークを超え、その笑い声を聞いた瞬間、「いたぞーっ!!」と叫びながら駆け出した。


 オラはそれを止めなかった。だがふと、オジョウの顔が頭の中を過ぎった。このままここで、モーデ達を殺して良いのだろうか? オジョウはそれで満足し、喜んでくれるだろうか?


 いいや、オジョウは絶対に喜ばねぇ。モーデはオジョウを怒らせたんだ。そう簡単に殺して、オジョウが喜ぶはずねぇじゃねぇか。


「オジョウ、すまねぇ!」


 オラは急いで、戦おうとする船員達を止めた。だが、混乱している洞窟内で、オラの声は届かなかった。オラは頭を抱え、怒号と悲鳴がするほうへと走る。


 目の前に広がる光景に、間に合わなかったとすぐにそう思った。

 オラの足元には頭をかち割られ、息絶える男の姿。横には腹を切られ、腑を地面にぶちまけている男の姿があった。


 「クソッ!」そう呟きながら、内臓を踏み歩く。

 洞窟の奥に少し窪んだ場所があり、よく見ると蹲って震えている男が見えた。背格好からして、モーデだと察した時、オラは思わずニヤリと笑っていた。


 だが、オラの近くにいた船員も蹲った男に気付き、すぐに男に切りかかった。


「いけねぇ!」


 オラはとっさに蹲った男を庇っていた。振り下ろされた、刃は真っ直ぐオラにふりかかる。


ーーーーーザシュッ!


 その瞬間、船員達の動きが皆止まった。そして、オラを斬り付けた船員は青ざめ、呆然と立ち尽くしている。


 胸下からお腹にかけて斬られたオラはタラリと血が流れていたが、痛みはないし、傷も浅い。どうやらオラの硬い筋肉が剣を通さなかったのだろう。

 皮膚だけが切れている、こんなのはかすり傷だ。どうでもいい。


 それよりも、蹲る男にオラは声をかける。


「おい、大丈夫か? お前モーデだろ?」


「あ、ああっ……た、助かった。あんたは?」


 モーデはへつらうようにオラに向かって笑っている。

 この男がモーデだと認めてくれたことに、オラは心から安堵した。


「あーーーー良かった!! おめぇが生きてて本当に良かった。このまま死なせる訳にはいかねぇ。オジョウが悲しんじまう」


「オジョウ? それは一体だれだ?」


「それは後で話す。まずはこの洞窟から出るのが先だ」


「そうだな。お前がいれば、こいつ等何とかなりそうだもんな」


「こいつ等?」


「そうさ、俺の仲間を皆んなこいつ等が殺っちまったんだ。お前なら余裕だろ? 早くやっつけてくれよ」


「ガハハハハ!! そりゃぁすまねぇ。モーデ、お前を助けたせいで、勘違いさせちまったな。こいつ等、皆オラの仲間だぞ」


「え……」


 モーデの笑顔はすぐに引きつったような表情に変わり、周囲を見渡す。そしてオラを切りつけた船員をゆっくりと指差した。


「だって…こいつ……お前を切ったじゃねぇか」


 オラを切った船員の男は、青ざめ、震える手を抑えながら剣を鞘にしまった。


「べ……ベンケの旦那、本当にすまねぇ」


「あ? ガハハハ! こんなかすり傷くれぇいいってことよ! こりゃ完全にオラの判断ミスだ。お前らはなんも悪くねぇ」


 不安そうな船員の男の背中を軽くバシバシと叩いてやると、咳き込んだが、顔色は血の気が戻ったように見える。

 未だ理解できてないような顔のモーデにオラは小さく頷いた。


「とりあえずモーデ。おめぇは、まだ死んじゃいけねぇよ。これはオジョウの為だ」


「だから……オジョウって、だれだよ? 」


「オジョウはこの世で一番美しい。でもとっても怖い怖い、そりゃぁ恐ろしいお方だ。ガハハハハ」


 オラが笑うと、一人の船員が、モーデに小さく囁いた。


「残念だが、お前はエリザベート・メイ・ステイン様を怒らせたんだ。諦めろ」


 モーデは顔面蒼白になり、上手く呼吸が出来ないかのように、唇をパクパクと震わせながら小さく「ステイン……」と呟いた。



 洞窟で殺した男たちはそのままにし、モーデを捕らえたオラ達は数日歩いて、アガスの町へと戻った。アガスの町に戻るまで、森の中でモーデは何度かションベンを漏らしていた。オジョウの侍女を相当痛めつけた癖に根性のない男だ。何度かその場で殺してやりたいとも思ったが、オラは我慢した。


 アガスの町にある広場で、丁度いい木を見つけ、オラはモーデを木にくくりつけ立たせる。


「お、おい、何をするんだ。俺がいったい何をしたっていうんだ」


「さぁ? 何したんだ? おめぇが一番知ってるんじゃねぇか?」


「俺、俺は何もしてねーだろ」


「話に聞くと、相当酷い女遊びが好きらしいな」


「っ……でも、それだけだ。そんなん誰だってやってるだろ!! なのにこんな…こんなの不当だぜ!」


「あぁ、まぁ、確かにそうかもしれねぇな。だが、相手が何処の女かは知っていたんだろ?」


「いいや! 知らない! 俺は女の素性なんか知らない!!」


「じゃぁ何であの洞窟で隠れてた?」


「お、俺は洞窟が好きなだけだ」


「ここの住人から聞いたぞ。ステインの女を痛めつけ、犯してやったぞって自慢してたらしいじゃねぇか」


「し、知らねぇ、知らねーよ」


「美人だったか? 実はオラもまだ会ったことねぇんだ」


「だからっ! 俺は知らねぇって!!」


「そうか」


 オラは言いながらモーデの右手を掴み、少し捻りながら思いっきり引っ張った。


ブチブチブチ


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 モーデの叫び声と一緒に、血が飛び散り、そのまま右腕を引きちぎってやった。ほとんど同時に広場にいた女達もその光景に悲鳴を上げる。


「おい、オラの質問に答えろよ。美人だったのか?」


「いでぇぇ…っ…いでぇよぉっ」


 オラは引きちぎったモーデの腕で、ペシペシとモーデの頬を軽く叩いた。モーデの頬もオラの手も生ぬるい血でぬるぬると滑る。

 オラはもう一度聞いた。


「美人だったか?」


 モーデは痛みに苦しみながらコクコクと頷いた。


 肩から血を流すモーデの意識が朦朧とし始め、オラは、船員に頼んだ松明を受け取ると、ちぎった肩に松明を押し当てた。


「ぎゃぁぁぁぁあぁぁ」


「あまり暴れてくれるな。早く死んじまうぞ? とりあえず血を止めねぇと。それで? ステインの女は良かったか?」


「ぅっ…いてぇ、いでぇっ……」


「良かったか?」


 オラの質問にモーデは唸りながら痛がるだけで何も応えない。ならば仕方なしとばかりにオラは反対の腕も引っ張りちぎった。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁっっっ」


「どうした? オラは質問してる。良かったのか聞いてるんだ。良かったのか?」


 モーデは激痛のあまり、嗚咽をはきながら頭をを振って頷いた。


「そうか、良かったか」


 オラはすぐにちぎった反対の肩にも松明を押し当てた。モーデはもがいていたが、もはや力もない。


「モーデ、よく聞け。オジョウはお前を絶対に許さないそうだ。ステインの名を陥れる行為もそうだが、何よりお前が手を出した女は、オジョウの大変お気に入りの侍女でな。名はマリアと言う。そのマリアをボロボロに傷つけたお前を絶対に許さないと言っていた。大事なマリアを玩具のように扱い、酷く傷つけた。そんなお前を心底許せねぇそうだ。別にオラはお前に恨みはねぇ。これは全てオジョウの怒りだ。オラはオジョウの剣、オジョウの怒りをオラを通じてお前さんに味わってもらわにゃいけねぇのよ。分かるな」


「許してくれ……許してくれ」


「許す、許さないじゃねぇ。怒りをその身体で感じろと言っているんだ。そして、これがオジョウの怒りだ」


 オラはモーデの両足を持つと、思いっきり捻りながら引きちぎった。両足を胴体から離し、ドバドバと出血する胴体にオラは、すぐにまた松明で炙り、止血をした。


 モーデの意識はもうなかった。だが、かろうじて死んではいない。じきに死ぬだろうが。オラは気にせず、モーデにくくりつけていたロープを外すと、その胴体を今度は槍の先端にくくりつけ、モーデを高らかにつるし上げた。それをアガスの住人に見せつけながら叫ぶ。


「おまえ達、よく聞け!! こいつはステインのを汚した不届きものだ!! 許すわけにはいかねぇ。そして、このアガスの町にはバストーン邸を襲撃した何人かの兵の家族がいるはずだ。もし、その家族を匿うようならおまえ達全員をこのモーデと同じようにしてやる。いやなら、その家族を我らに差し出せ!」


 襲撃した兵の家族を探すのは簡単だった。町の奴らが率先して引き渡してくれたからだ。だが、オラはアガスの町全体が気に食わなかった。オジョウは今の報復でも良しとするかも知れない。だけど、この町はマリアが痛めつけられているのを知っていても誰もモーデを止めなかった。間違った恐怖で支配される町は、また、間違いを犯すに違ぇねぇ。それはいけねぇ、そう思ったオラは、アガスにいた荒くれ者の男達を無作為に殺しまくった。


 ここはステイン領。ここでステインの女が痛めつけられているのを黙って見ていられるような町など要らない。

 オジョウは寛容な方だ。だが、オラはその剣だ。寛容なんていらねぇ。


 ステインを貶す奴は生かしちゃいけねぇ。オラはステインの剣だ。鞘なんかに収まらない狂った剣でいい。それがベンケの名を貰ったオラの生き方だ。






         ※



      カトリーヌの未来


 足が痛い、でもまだ動く。

 杖を使わないと歩けなくなってしまったけど。

 それでも死んでないだけ私はマシだわ。


 あのとき、馬車が転倒した時は本当に死を覚悟したけど、でも私は生きてた。

 私の意識がない間、ジョゼ叔母様や子供達には随分と心配をかけてしまったようで、目覚めた時には皆、くしゃくしゃの泣き顔だった。

 酷い顔だと、思ったけれども、悪くはなかった。

 そして今、私はジョゼ叔母様と馬車に乗り、王都へ向っている。


 あれから、エリッサには会えていない。エルフレットにエリッサのことを聞いても、何処かはぐらされるような感じで、答えてはくれなかった。今はエリッサよりも、私の体の事を優先し、すぐに王都へ行くようにとエルフレットに言われ、半ば強引に馬車に乗せられてしまった。


 正直、今の王都についても、しっかりとした状況は掴めていない。話に聞く分には王子殺しの無実は証明され、パパも元気らしい。


 ただ、唯一全てを知ってそうな、エルフレットの行動を推測すれば、今のステインの指揮権はパパやジョゼ叔母様ではないだろう。それはエリッサ、いいえエリザベートが握っているように思えた。


 本当、あの娘、何をやらかしたのよ。まぁでも、もともと、何でもありの娘だった。その"何か"を考えれば考えるほど、恐ろしい事をしてそうな気がしてならない。

 うん、知らない方が幸せな事もきっとある。

 そうだ。エリザベートの事を考えるのはやめよう。私はすぐに考えるのをやめた。


 ゆっくりと走らせた馬車は数日かけて王都へと入り、貴族街を通った。馬車から見る貴族街は思ったより静かで、何故だかとても不気味に感じた。

 ステインの屋敷へ到着した途端、思わず私は眉を潜める。


 屋敷の扉の前で、目を真っ赤にしたマーティンが立っていた。


 私は、思わず斜め向かいに座るエルフレットを睨みつける。


「ねぇ、何でここにマーティンがいるの?」


 私が質問しているのに、エルフレットは俯いたまま何も答えない。


 おかしい。


 私は首を傾げながら、もう一度マーティンを見る。何処か違和感を感じると思い、よく見てみるとマーティンは以前より質の良い物を着ていた。

 違和感はそれだけではない。何故かマーティンの後には王家の家臣が立っている。


 これは、いったいどういうことだ?

 どうなっている?

 ちょっと!! エリッサ教えてちょうだい!


 心の中で叫んでいると、馬車の扉が開いた。


「お帰り、カトリーヌ嬢」


 目の前には、左手を差し伸べるマーティンが、涙を浮かべて微笑んでいる。

 

 嫌な予感が全力で駆け巡る中、私はそっと左手で杖を持ち、淑女らしくマーティンの手を取った。




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