アイドルのいない世界

 この世界には本当にうんざりしていた。

 私の家系は数少ない魔力を持っている一族だ。

 それ故、危険な森での狩りと仲間たちの守護は、私たちの大きな仕事だった。

 森が危険だと言っても、私たちも生物であり、何かを殺して食べなければ生きていくことはできない。だから私たちエルパソの民が生き残るには、誰かがその宿命を背負い、危険を犯す必要があった。

 私の両親は私が小さいときに森で死んでしまった。

 狩りに出ていたときに、あっさりと目の前で魔物に殺された。

 あっさりといっては失礼かもしれない。でもあっさりとしか表現できないくらいに、人が殺されるときは一瞬であり無情なものだ。

 首と胴体が切り離されて食い尽くされる。

 今でもそのときの魔物の黒い邪悪な目は、私の脳裏に焼き付いて離れない。

 私はそれを見て、抵抗することなく逃げ回った。

 私よりも強く逞しい人間が殺されたのだ。

 勝てるはずがない。

 生物としての格を見せつけられた私は、両親の仇を果たすことはなかった。

 それから何年か経って、私は両親と立場を入れ替わりながらも、変わらない生活を送っている。

 魔力、魔法、剣術は年齢と共に上達していたけれど、森の邪神を倒すほどの力にはなっていないだろう。

 エルパソの民にも変化はなかった。

 あれだけ強く、私たちの希望でもあった両親が殺されたにも関わらず、だ。

 神が降臨することを願い、毎日神殿に向かって祈りを捧げている。

 こんなことを街では口にはできないけれど、神様がいるなんて本当は嘘だと思う。

 その祈りを捧げる行為は、私たちが劣等民族で、そう信じたくないための惨めな現実逃避だとさえ感じていた。

 本当は、もっと生き残りたいのであれば、魔法とは、魔物とは何か、それを研究して自分のものとし、他力本願ではなく、自分たちで希望を勝ち取ることを追求するべきだ。

 生きるとは与えられるものではなく、本当はそういうものではないか?

 けれど、そんな風に私が彼らを断罪することはできないだろう。

 何故なら私も彼らとは何も変わらないのだから。

 本当はあのとき、私は背を向けず、邪神に立ち向かうべきだったのだ。

 両親は私よりも強いから勝てないと、現実を都合よく塗り替えたのだ。

 彼らが変わらず祈りを捧げることと、無下に何もすることなく今を生きる私は、結局は似た者同士なのだろう。

 魔法を使える人間がどんどん殺されていっても、私も私たちも変わらず年月が経った。

 私もいずれは両親と同じように殺され、そしてエルパソの民も滅びていくことだろう。

 たとえ奇跡が起きたとしても、そんな人間たちの夢には届かないはずだ。

 そんな考えの人間だから、神殿に得体のしれない何かが現れたときには本当に驚いた。

 しかも、現れたのは5人のだった。

 長老をはじめ、エルパソの民はそれを神と信じ切っている。

 確かに見慣れない肌の色をしていて、服装も何か変だ。

 魔力もこの国の人間ではあり得ないぐらいあり、知らない言葉を話している。

 特別な何か、とは認めざるを得ないが、私よりも大分幼く映る人間であり、いくら魔力があるといっても簡単に斬り殺せそうなくらいだ。

 そんな人たちを『女神』と称して、邪神と戦わせようと長老たちは嘆願した。

 私は心の中で嘆いた。

 確かに神の伝承は魅力的であるし、無力な人間が力を借りようとするのはまだ理解できる。

 だが、彼らはいつになっても人任せなのだ。

 自ら剣を取ろうとは決してしない。

 彼女たちはその願いを聞いて戸惑っていた。

 私たちは『アイドル』だと称していたが、それは言い得て妙である。

 本来なら我々にとっての『偶像』であり、とんだ皮肉めいた総称だ。

 そんな彼女たちの必死な振る舞いを見ても、長老たちは自分の信じたいことを信じてしまう。

 私が哀れな気持ちでその様子を伺っていると、彼女たちの一人がいきなり魔法を使い、壁を破壊した。

 その光景を見て、私は何かをしなければいけない気にさせられた。

 それは彼女たちが私より幼い故の庇護欲かもしれないし、奇跡を起こす魔法の力かもしれない。

 違う。私が無力だったから、そこに夢を見たのだ。

 このままいけば、人の良さそうな彼女たちは願いを聞き入れてくれるだろうし、哀れにも無関係な私たちのために死んでいくことだろう。

 そんなことをさせてはエルパソの民は本当に生きる価値がないし、私は曲がりなりともこの国の守護者だ。

 死ぬのは私や、エルパソの民だけで十分だ。

 だから、少しだけ力を借りて彼女たちには生き残ってもらい、哀れな私の死に様を見届けてもらわないといけない。

 こういう人間がいたという証を残したい。

 それはワガママで、それこそ彼女たちに無関係なのだけれど、それくらいの融通は神様が聞いてくれてもいいだろう。

 これまで私だって無理矢理、神の試練に付き合わせられてきたのだから。

 でも、何故だろう。

 彼女たちは、疑うことを知らない目で私を信じてくれる。

 私が苦労して身につけた技術も、あっと言う間に習得していった。

 年齢を確認すると、私と変わらないくらいだった。

 それを聞いて驚いたけれど、彼女たちも驚いてくれた。

 優しい言葉を掛けてくれたし、抱きしめてもくれた。

 何より笑顔が太陽みたいに眩しかった。

 いつからだろう、私が夢を見なくなったのは。

 悪夢なら何度も見た。

 私が繰り返し魔物に喰い殺される、そんな夢だ。

 ひょっとして、本当の夢の中というのはこういうところなのだろうか。

 そうなのであれば、夢が覚めたときに、こんな優しい夢を少しだけでも思い出せたら素敵だと思う。

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アイセカイドル。 伊藤える @lsize

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