龍焔の機械神22短編 探索の途中

ヤマギシミキヤ

探索の途中

 チリン、チリン

「お?」

 いつものように店奥の大窓から外を見ていると、店内カウンターの壁面の一つにあるベルがなっています。

 あれは地下六階にある宿屋のカウンターに置いてあるものが鳴らされた時連動してなるようになっているものです。

「あの人たち、遂にそこまでたどり着いたんですか」

 わたしは急いで店内のカウンターに入り、鳴り続けるベルの隣にある伝声管の蓋を開きました。

「はーい、今行きまーす」

 わたしはそれだけ伝えると再び蓋をしめて下に降りる用意をします。

「さて……何を着ていきましょうかね」

 どうも、それが一番の難題のようです。

「やっぱりサイコロで決めた方が楽ですかね?」


 ―― ◇ ◇ ◇ ――


 遂に六階まで辿りついた冒険者一行がその「INN」と書かれた看板を掲げた施設を発見したのは四半刻前だった。

「こんなところにまで宿屋があるのか?」

 そう思いながら恐る恐るそのスペースに侵入してみると、入ってすぐに受付を兼ねたカウンターがあり「休憩ならご自由にどうぞ。御用のある方はこのベルを鳴らしてください」と書かれたプレートがあったので、その呼び鈴を鳴らしてみると『はーい、今行きまーす』と言う声がどこからともなく聞こえてきた。

「――お待たせしました」

 しばらくするとカウンター奥の扉が開いてメイド服に身を包んだ者が現れた。かなり長身の女性だ。180センチはあるのでなないだろうか。そしてこの5人の冒険者一行には、そんな長身の女性の知り合いが一人いる。

「バニーさん?」

 リーダーが思わずその名で読んだ。

 自分たちがこの一つの書の迷宮のある浮遊島にたどり着いた時に出迎えてくれ、何故かバニースーツを着込んでその後の給仕をしてくれた女性。

「バニーサン? 誰デスカソレ?」

 今度は普通の給仕服を着込んだその女性は余りにも棒読みにそう答えた。

「バニーさんじゃないのか、上にいた?」

「上にいた? ああ、上の宿屋の人とわたしは同じ人間なのかってことですよね?」

「そうだが、違うのか?」

「秘密です」

 全く同じ顔で全く同じ身長で全く同じ体型をしているというのに、メイド服の彼女は上の宿屋の人間とは違うと言い張る。

「と言うか上の人間と同一人物だったら、こんなに早くここには来れないじゃないですか」

「冒険者(俺たち)には使えない秘密の通路とかあるんだろ?」

「――秘密です」

 バレそうになっても彼女は頑なに違うと言い張る。

 しかし全く同じ容姿の化ける怪物も居れば、人間でも使える呪文もあるので、彼女の言うことが嘘だとも否定できないのがなんとも。

「……まぁアンタが別人だって言うんなら別人ってことにしておいたほうが良いんだろ。だったら今はメイドさんって呼ばせてもらう」

「はい、そうしてください」

 リーダーが妥協するとメイド服の女性はやっと安心した顔になった。

「では、ご用件はなんでしょうか?」

 彼女がここに自分が現れることになった原因を問うた。

「ああそうか、用があるから呼んだんだよな」

「ですので、ご用件はなんでしょう?」

「それに関しては、今この状態で一番知りたいことがあるんだが、答えてもらえるか?」

「わたしが答えられることならなんでも。迷宮支配者の弱点とかなら無理ですが」

「それも知りたいところだが――今一番の疑問は、なんでこんな場所に宿屋があるってことだ」

 リーダーの言葉に後ろに控える三人が強く頷いた。魔術師の少女は相変わらず「……」のままだが。

「ああそれですか」

 メイドの女性はぽんっと手を叩き説明する。

「ラストダンジョンの中であっても途中に宿屋があったりセーブポイントがあったり最強の魔法を売る魔法屋があったりするのは、この手のシチュエーションではお決まりなのです――って、わたしの友達の一人が言ってましたので」

 こんな場所に休憩ポイントがあるのはまたしてもその「わたしの友達の一人」のおかげであるらしい。

「せーぶぽいんとってなんだ?」

「さぁ? わたしの友達の一人もたまに分からない言葉を使うので」

「というかわからんことは除くと、他には究極魔法の一つでも販売してるのかここでは?」

「それはちょっとないですね。残念ながら宿屋のみですここ」

「まぁそれだけでもありがたいが」

「休憩するのと、迷宮内の退避ポイントにするだけなら無料で構いませんよ。この場所へはどんな怪物も入ってこれません」

「便利だな」

「でもここを拠点にして中に引きこもったまま怪物を一掃しようとは考えない方が良いですよ。そういうことをすると全階の怪物がこの場所の前に集まってきてしまって、脱出できなくなくなりますから」

 メイドの女性はこの場所の利用に関して念を押した。そうそう上手く行くことは無いらしい。

「金を払うと何がしてもらえるんだ? 最強の魔法は置いてない様子だが」

「そうですね、食事と、寝具の貸し出し――あとは、お風呂の用意ぐらいですか」

「お風呂!?」

 なんだ普通の宿屋と同じだなと男衆が思っていると、女性陣から声が上がった。感情をほとんど表に出さない魔術師の少女も、そのメイドの女性が発した言葉に興味を惹かれた様子。

「風呂? そんなもんまで用意できるのか?」

「はいそうですよ。でも浴槽は簡易の物が一つしかないので一人ずつしか入れませんが」

「それでもいい! 私使いたい!」

 女戦士が「はい! はい!」と勢い良く手を挙げている。魔術師の少女もモジモジと体を動かしていて使いたい様子。

「俺はいいや」

 盗賊が興味なさげに言うと「私も遠慮します」と僧侶も辞退した。

「俺も風呂は止めておく。その代わり飲める水が大量に欲しい。上では樽で買えたが、下ここでもそれで買えるか?」

「ええ、ご用意できますよ。でも、高いですよ?」

「覚悟の上だ」


「ふんふんふ~ん♪」

 カウンター前の少し広くなっているスペースに移動式の簡易浴槽が今は置いてある。風呂そのものは常設の設備ではないので、置き場所が決まっている訳ではないのだが、今回は色々と安全を考えてメイドの女性が常駐するカウンターの前に置いた。排水などもそのまま通路に流してしまえばいいので、意外に便利な場所だ。

「ねぇねぇ、本当にこのまま垂れ流しで良いの?」

 鎧もインナーも全部脱いで裸身を晒している女戦士が一応訊いた。

「まぁ迷宮の床の上のものは最終的にはスライムの皆さんが消化吸収してくれますし」

「ああ、そういうことか」

 改めて納得した女戦士は湯椅子に腰掛けると、浴槽に注がれたお湯をすくい髪の毛を洗い始めた。やはり冒険者だけあっていきなり浴槽に飛び込んだりはしない。水の貴重さが分かっている者の洗い方だ。

「席を外しましょうか?」

 一応安全のためにメイドの女性はここに居るのだが、入浴中を観察されるのもあまり良い気分もしないだろう。

「ん? いや平気、そこにいて」

「そうですか」

「それにちょっと話し相手になってよ。うちのパーティーってせっかく女子が二人いるのに、相方が殆どしゃべらなくってさ」

「ああ」

 この女戦士もガサツそうに見えて、その実いいお姉さん役なんだろうなとメイドの女性は思った。

「この六階とさ五階って中心部分に大きくスペースが取ってあってさ、そこには普通の通路からは入れないようになってるよね」

「そうですね」

「やっぱりその部分が――一つの書が置いてある場所なわけ?」

 女戦士が髪を泡立てながら訊くと、メイドの女性は難しい顔になった。

「ああごめん。秘密なんだったら秘密でいいよ、私の独り言で構わないし」

「いえ、この六階の宿屋にたどり着けたのだったら、この六階と五階の構造は不思議に思うのは当然だと思いますからお答えしてもいいと思います」

「じゃあ、やっぱり」

「ええ、この宿屋の壁の奥が一つの書を所蔵する図書館になってます」

「じゃあこの壁を壊しちゃえば簡単に一つの書にたどり着けるってわけ?」

「そうですね――壁が壊せれば」

 地下迷宮の壁と言うものは「魔法吸収」や「魔法無効化」の永久魔法が何重にも張り巡らされているのが基本であり、その結果迷宮内で最強の破壊力を誇る魔法を使用しても迷宮が壊れることは殆どないが、その代わり迷宮の壁がその最強魔法で壊れることもないのである。

 物理攻撃を加えていけばいつかは壊れるとは思うが、それでも強化の永久魔法も幾重にもかけられているので、相当な頑健さとなっている。早い話が人の力で地下迷宮そのものを破壊しようと言うのは無謀な考えである。

「でもさ、この迷宮って空を飛んでるじゃない?」

「そうですね」

「そこに戦艦の砲撃とか食らったらどうなるの?」

「この迷宮は何本もの通路によって構成されていますよね。そしてそこには通路ごとに壁があります」

「うん?」

「それがそのまま積層装甲の役割をするんですよ」

「そうなんだ、すごいね」

「図書館が五階と六階と言う中途半端な位置にあるのもそのためです。外壁部分から最も離れた場所――中心部に作られているから、この場所なんです」

「へー、ちゃんと考えられてるんだねぇ」

「中にいる司書の人のことを考えたらその圧迫感は凄まじいでしょうけど」

「司書の人、いるの? 今も?」

「それは……秘密です。それに――」

 ――この一つの書の迷宮は今は黒き龍焔が守っているのですから、外から破壊して取り出すことなんて不可能ですよ。

 そう続けようと思ったが、止めた。

 それは一つの書を得ようとしてこの迷宮に突入してきた彼女らには、知らせられる情報ではない。

 この黒き龍焔は様々なものを内包しているが、それは殆どが独立していなければ意味がなく、「一つの書の迷宮は今は輸送する機械そのものが強力なガードになって守っている」と言う情報は、余りにも複数の要素が混じった情報なので、それは伝えられない。

「それに?」

「それにしても女戦士さんはいい体してますね」

「あははは、メイドさんには負けるよ、あのエロバニー姿。あーでも別人なんだっけ上の人とは?」

「そういうことにしておいてください」

 女戦士が風呂から上がり、次は魔術師の少女ために湯を入れ替える。

「あの女の子とは、何を話しましょうか」

 多分殆ど無言のまま終わるのだろうなと思いながら、空になった浴槽へと新しい湯を注いだ。

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