男子高校生の語りが、ぽつりぽつりと同級生の女子を描き出す。夜の公園に姿を見つけてから二人が交わるまでは長く、その交わりだってごく淡いものと言っていい。
けれどこれは紛れもなく青春の話だと感じるし、彼は大人になって、一種の痛痒さと共にこの夜のことや交わした会話を思い出すのではないだろうか。
悩みは誰にもあるものだけど、誰もが自由に悩みを語れるわけではない。もっと辛い人がいるのだから。こんな小さなことで。そういう考えは内に外に吐露を妨げる。
やっとこぼれた言葉は、寒いのに白くならない密やかな息のようだった。地の文の体言止めや読点のリズムがその印象を強くしている。
思春期の不自由さや、ささやかだからこそ消えない痛みが胸に残る、素敵な作品だった。
深夜という時間帯は、どこか不思議だ。
日付は変わっているのに、まだ朝にはなっていない。
この作品は、そんな深夜の物語。
町が寝静まる深夜。
主人公は飲み物を買いに、自販機へ向かう。
通りかかった公園で見かけたのはクラスメイトの姿だった。
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どこか不思議な雰囲気の物語だ。
短く区切られた文が並ぶ。
独特なリズムは詩のよう。
すらすら読めて、するりと心に入り込む。
深夜に外出するという不思議な特別感が、夏のじわりとした暑さとともに描かれている。
ところどころに光る個性的な表現が面白い。
「冷蔵庫の中、普段ならあるはずの麦茶はなくて、流しに空っぽの容器が転がっていた。」
この表現がとても好きだ。
この一文の中に、生活感、家の中に飲み物がないこと、そして外に出る理由までもが含まれている。
もしこれが「飲み物がないから買いに出た」では、あまりにも味気ない。
他にも、切られたスカートの布地や、空になったココアの缶の冷たさなど、描写のポイントが個性的で興味深い。
こういった些細な描写が世界を創るのだと感じる。
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「早く、早く大人になって一人になりたい」
という言葉に共感した。
私も、大人になればもっと自由になれると思っていた。
仕事なら学校のような仲良しごっこはしなくて済むと思っていた。
でも、大人は大人で窮屈だ。学生の頃よりは、ずいぶんマシだけど。
そして、恵まれているはずなのに、生きにくい、息がしにくいという悩みを抱えるクラスメイト。
それでも朝は容赦なくやってくる。
朝を迎えたくないクラスメイトと、早く朝を迎えたい主人公。
そんな正反対の二人が出会うことで、深夜というあいまいな時間帯が特別なもののように感じる。
いつの日か、二人がこの夜と朝の狭間を懐かしく思い出すときがくるのだろうか。
なぜか深夜の公園に居る同級生。
気になって、気になって、でも声を掛けることは無くて。
でもある日、声を掛けるきっかけが出来て二人は言葉を交わす。
気になるあの子の名前は並木さん。
彼女の言葉一つ一つが、学生の等身大の哲学を内包していて、グッと引き寄せられました。
しかしこの頃に抱く悩みって言うのは、学生特有と言うわけではなくて、ちょうどこのときから悩み始めがこのときってだけの話だったりして、そのうえ多分一生解決しないタイプの悩みだったりするんですよね。
誰かと比べてどうか。上でも下でもみんな口をとがらせる。
結局、人間ってのは、学校でも会社でも田舎でも都会でもネット上でも、同じ悩みをずっと抱えてそれでも毎日夜を見送って朝を迎えるんだろうな。
でも、この物語には一つの救いが提示されています。
読んだらちょっと、気が楽になるかも知れない。
冬のココアみたいな小説でした。