エミー

* * *


「――ありがとうございました」



部屋の照明が戻る。



「何あらたまって、アンにはこれからもあたしの世話をして貰うわよ」

「え、あの、それは」


アンは表情こそ変えなかったが、慌てたように周りをキョロキョロと見渡しだした。

再びチャイムが今度はキンコーン、と明るく鳴る。


「今日はお客さんの多い日だこと。アン、出て?」

「は、はい了解しました」


アンは多少ぎくしゃくとした足取りで玄関へ向かい、ドアを開いた。


ドアの向こうにはこの空間と季節に場違いな、プラチナブロンドのストレートヘアの、飾り気のない実用本位な半袖短パンを着た女の子が立っていた。


「うわー、さっすが旧々々々世代のクラウド式記録装置、頑強~、これほど情報が保持されてるって凄いっす!」

「……どちらさまでしょう」


外見は女児の様に見えるが、目の奥には外見に見合わない重厚な知性のきらめきが見てとれる。

そのくせぱたぱた部屋のあちらこちらを見たり触ったりする姿には外見相応の落ち着きの無さがある。

一言で言うと、とらえどころがない。


「あ、貴女がここの管理者っすか? ボクは情動先進型自立知性体、管理コードはD697286719-EM-I、個体名エミーっす」

「はあ」

「いやー、凄いっすね!この衣装といい情報空間のデザインといい、今までまるで見たこと無いっす!これだから廃棄都市のストレージ漁りはやめられないっす!」


エミーと称する女の子は表情をコロコロと変えつつ、アンの着ている服を馴れ馴れしく摘まんだり離したりして纏わりつく。

当初は警戒していたものの変に毒気を抜かれたアンは気の抜けた返事を返す。


「あ、説明……必要っすよね、でも流石にこんな古い形式の知性体と共有できるプロトコルなんてもってないっす……

なので情報密度低いっすけど旧人類の言語で説明するっすね」

「アン……誰なのこの子」

「私にもさっぱり」


エミーはクローデルが座っているアンティークテーブルの向かいに遠慮無く腰かけると、勝手にお茶菓子のこんぺいとうをつまんでランプに透かしつつ、二人に向かってペラペラと話し出した。

対応力に限界のある「人工無脳」(ボット)のクローデルはもちろん、アンもどう対処したものかさっぱりわからないままエミーをなすがままにさせている。


「まずこの情報空間は完全にシャットダウンしてから少なくとも千年以上経ってるっす」

「千年以上」

「いやー、よく情報残ってたっすね! 誰が仕組んだんだか知らないっすけど、自動的に周期的にサーバーをミラーリングして論理チェックを相互にかけて保護する仕掛けがあった、とはいえ普通は情報ぜーんぶ蒸発してなくなっちゃうっすよ。他の部分はあらかたそうなってたっす」


よくわからないが、ひょっとしてジョージ様がその「保護」をしてくれたのか? とアンは思ったが口には出さなかった。


「んで私はあなたみたいな知性体を外に出しに来たっす」

「……?」

「いやー、バリエーションは多いに越したこと無いっすからねー。ひとつでも多く知性体の回収しないと」

「ちょっと待ってください、話が見えません」

「あ、そっか、千年以上ってことはこれも説明しなくちゃっすね」


エミーは人差し指と親指で挟んで眺めていたこんぺいとうを、えいと口のなかに放り込むと部屋におかれていたディスプレイに映像を出力し出した。


「前文明が発達し、現実と非現実世界にひろがる無限の世界に拡散を始めたとき、そこを探索、開発、そして居住させる知性体として人工及び天然の多くの知性がコピーされたっす」


ディスプレイには惑星の写真やVR空間のイメージ図などが写し出される。


「でも最大限努力したんだろうけど、コピーの組み合わせとバリエーションにはムラがあったし、そもそも世界は無限にあるっす。だから有限のコピー群がムラをもったまま拡散していくにつれて『周りにいるやつ大体おんなじようなやつ現象』が起きちゃったんっす」


写し出された各空間にそれぞれ違う色ながら等質の色が広がっていく。


「そういうところに別種の知性をもちこみ、組み合わせを増やす……んー、何て言ったらいいっすか……昔で言う交易みたいなのが生まれたっす」


ディスプレイの区切り内の色がスポイトでちょっと取られて別の区切りに移される。


「でもそもそもコピーの大本には十分なバリエーションが無くて、『他にないレアな知性』はとても高く評価されあちこちの世界でひっぱりだこになるっす」


区切り内の各種の色とは全然違う、ビビットな色のスポイトがぽん、と現れ散らばっていく。


「そのレアな知性を掘り出すという職能があって、それが、ボクっす」


エミーは胸を張り、ジョージに淹れてからまだ冷めてないポットの紅茶を一杯カップにとると、一気にのみ干した。



「というわけで行きましょうっす」

「えーと……アン、あなた行っちゃうの?」


クローデルは不安そうにアンを見る。

アンは首を振るとエミーに向き合う。


「いえ、クローデルさまを置いては行きません。なのでお引き取りを」

「いやなんで一人だけ連れてく前提なんすか」


エミーはあきれた表情と声で返す。

アンとクローデルはキョトンとする。


「せっかくのレア中のレアなんですから二人とも連れてくに決まってるじゃないっすか、なんならコピーでもいいっすけど」


エミーはもうひとつこんぺいとうをつまむと、ガリガリと噛み砕く。なんだか気に入ったようだ。


「でもいま知性って。クローデルお嬢様は『人工無脳』(ボット)ですよ、知性では」

アンのその発言を聞くと、エミーは目をじとっとして少し怒ったような口調で言う。

「えー、それってスケールによる知性体サベツっすか?そんなこと言ったら複思念統合体の一部コピーのボクなんかすっごくオリジナルからスケールダウンしてるっすよ」

「いえ、クローデル様とは長らく相手してると同じことを言って直ぐそれとわかってしまいますよ」


アンはさっき……いや千年以上前にジョージに言われたことを告げる。


「いや、そもそも話なんて長く付き合ってたら、『年寄の繰り言』じゃないっすけど、普通ループするっすよ、程度の違いだけじゃないっすか」

「程度の違い」


エミーはニヤリ、と笑うと両手をクローデルとアンに差し出した。


「なので行きましょう? この雪の中の世界も綺麗っすけど、春とか夏とか秋とかそれにあてはまらないよくわからない季節とかも結構素敵っすよ」


するとクローデルは差し出されたその手をすっ、と取る。


「あなたのお話はよくわからないけれど、アンと一緒ならどこへだって行くわ。さあ、アンも」


クローデルに笑いかけられたアンもおずおずとその手を取る。


「さあ行くっすよ、無限の外へ!」


三人の姿がちらつき、そしてスッ、と消えた。


チャットログウィンドウには「ありがとう」の文字がしばらく表示されていたが、そのウィンドウもチラチラ点滅して閉じた。

後にはパチパチと音を立てる暖炉と、まだ湯気を立てているコップだけが冬の居間に残っていた。



おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロボットですが人工無脳ではありません 逢坂ソフナ @sophnuts

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ