ジョージ

* * *


と、会話が一瞬途切れたところを見計らったかのようにチャイムの音がした。


「あらお客さんとはめずらしい」


クローデルは独り言のように少し驚いたような声を上げる。

アンは無言で玄関に向かうと、久しく開いたことの無かった扉を開いた。


「やあ、ありがとう」


ドアの向こう側にはオールドスタイルのスリーピースを着込んで、その上にトレンチコートを羽織った紳士が立っていた。

紳士は部屋へ導かれて入ると、被っていた帽子とコートをアンに手渡す。


「あら、誰かと思えばジョージじゃない、こっちに来るのははじめてよね?」

「ログによるとその通りかと」


アンは淡々とログを告げる。

ジョージと呼ばれた若い男性はクローデルを見て少し顔を緩める。


「いや、なかなか仕事が忙しくて……」


そしていいわけめいた口調で口を開く。


「たった一人の孫につれなくされるのは辛いわあ」


ヨヨヨ、と芝居ががった様子でクローデルはいいつのる。


「あまり他人と顔を合わせたくないと仰っていたのでは」

「ジョージは話が別よ」


クローデルはやや開き直ったようにアンに向かって言う。


「大丈夫?ちゃんとごはん食べてる?あー、こんなことならお菓子を作っておくんだったわ、そうだ缶入りワッフルビスケットがあったはず、アン、ストレージから……」

「あ、お婆ちゃんいいから、今日はそういうのは……」

「お婆ちゃん!あなたまで年寄扱い!」

「いえ失礼しました、クローデルさん……」

「そうそう、私はまだ年寄と扱われるほどボケてはいませんよ」


クローデルは背筋をピン、と張るとジョージを軽く睨みつけた。


「いえ、今日来たのはお茶をしにきたのではなくて」


そう言うとジョージはアンをちらりと見る。


「アンさんに用事があって……」

「なに? アンを口説きにでも来たの? だめよ、美人で気立てが良くて好きになる気は分かるけど……アンは私のもの、いくらかわいい孫でもあげません」


ふふん、とクローデルは得意気な顔をしてアンの手を取る。


「いやそういう話でも……まいったな」

「クローデル様、ジョージ様が困っておられます」


クローデルはアンの言葉を受けると、ちょっと真面目な顔をしてジョージに声をかける。


「まあいいわ、アンに用事なんでしょ? あたし居ない方がいい? 何だったら一度席を外すけど?」

「いや……うん、そうですね、クローデルさんちょっと外してもらっていいですか」

「りょーかい」



視界からクローデルの姿が見えなくなるのを確認すると、ジョージはアンに向かって話し始めた。


「さて……アン、キミはどこまで分かっている?」

「今がアイドリング状態であることは承知しております」

「それなら話が早い。あのクローデル婆さんは『クローデル婆さんではない』」


ゆっくり区切るように台詞を発音すると、続けてジョージは話し出した。


「知っての通り、計算資源が非常に安価になりクラウドデータの維持が無制限になったときにとある思想が生まれた。『AIにも人権が有る』という思想だ」


予め話すことを用意してきたのか、ジョージはすらすらと話す。


「いくらクラウドゲームのゲームキャラクターといえども知性を持つ存在には生きる権利が有るって。

そのため、ログインしてないときにもAIは動き、もとい生き続けている。動いていないのは死んでいるのと同じだ、という理由で。

それをアイドリング状態、という」


ふう、とジョージは息をつく。


「つまりあのクローデル婆さんは……」

「私とクローデル様とのやり取りログを元にした、私の相手をする『人工無脳』(オートボット)、ですね」


少しも驚いたり慌てたりする様子もなくアンはさらりと言う。


「そう、新規の話題も創作物もなく、記録から適切な台詞を返してループする自動応対装置だ」


少し芝居がかった口調でジョージはいい放つ。


「そこでだ。アン、僕はキミを助けに来た」

「発言が抽象的で把握しかねます」

「実はキミがアイドリングしている間にリアル世界は随分時間が経過していてね」


アンから渡された飲み物が入っている手元のグラスをいじりながらジョージは言いにくそうに言う。


「有り体に言えばこのゲームはまもなくサービス終了してしまう」


アンは驚きもせずじっとジョージから目をそらさない。


「ただし、だ。やはり同様に時代も変化していてね」


ジョージはグラスを横に置くと手を組んで指をくるくると交互に回す。


「アンのような開放系AI……情報収集と適応に制限が無く、自律的に変化していくAIのことを世の中でそう定義してるんだが……にはリアル世界にコンバートして、さらに戸籍なりなんなりが与えられる、という社会運動の成果があるんだ」


アンはまばたきをひとつするとジョージに言う。


「つまりお嬢様を置いて、ジョージさまの世界へ参ればよろしいのですか?」

「いや、あれはお婆ちゃんじゃないって言ったじゃないか、ログから自動生成されただけのただの『人工無脳』(ボット)だって」


きょとんとした顔でジョージはアンを見る。


「だからおいでよ、キミがアイドリングしている間に世の中は随分変わった。こんな冬の雪の中の世界にいつまでも冷凍されている必要もないんだ」


それを聞いたアンは少しうつむき、そしてまた頭を上げた。


「ご親切に、ありがとうございます。ですが、それはお断りいたします」

「なぜ?! このままだと、キミは完全に時間を止められ、そのままだんだんとエントロピーの増大と共に意味消失してしまう……つまり死んでしまうんだぞ?!」


ジョージは予想もしない返答に声をあらげた。

しかしアンは毅然と言う。


「わたくしはクローデルお嬢様にお仕えすることを存在目的としているメイドでございます。ここを離れる訳には行きません。それに」


アンはクローデルが居る方をちらりと見ると、付け加える。


「私がだけが居なくなったらお嬢様はさみしがります」

「いやだからあれはキミとのやり取りを学習して繰り返すだけの……

確かにちょっと話しただけではボロがでないけど、何度も話すと同じ話題がループする『非』知性である『人工無脳』(ボット)

それが無くなることで情報的になにかが失われたりすることは無いんだよ」


「いいえ」


アンは首を振る。


「あれは私とお嬢様の思い出です。思い出を置いては行けません。私は思い出と共に最後まで生きて、そして『死に』たいのです」


そう言うアンには、表情を示さないロボットなのにどこか頑固で、決然とした表情が浮かんでいるようにジョージには見えた。


「……わかった」


ジョージはしぶしぶと呟いた。


「どっかで聞いた話だが、キミのようなゲームのコンシェルジュAIは、プレイヤーのプレイスタイルから主にだんだんと似てきてしまうらしい」


さらにジョージはふっ、と諦めを含んだ微笑みでアンに言う。


「お婆ちゃんが亡くなった時にそっくりだ、キミは」


そう言ったジョージにアンは両足を揃えて手を前に組み、頭を下げた。



「最後までお嬢様との時間を頂き、ありがとうございました」



* * *


「じゃあ今日はもう失礼するよ」

「あらやっぱりアンにだけ用事があったのね、私とはちょっとしか居ないで帰るなんてつれないこと」

「いやもう結構居たじゃないですか……流石にお茶でお腹がたぽたぽですよ」


ジョージはお腹をさする。

玄関で帽子とコートを差し出すアンに軽く会釈すると、クローデルには聞こえない大きさの声でアンにぼそりという。


「なるだけ延長サポートを利用してみるけどね、停止はこちらの主観時間でおそらく1時間もないはずだ。照明が落ちて、それでおしまい」

「ありがとうございます。そちらの世界でもお元気で」

「ああ、元気で……と言うのも変か。じゃあ」


帽子を目深に被ってジョージは言う。



「さようなら、アン、そしてお婆ちゃん」



* * *


「結局あのこは何をしにきたの?」

「さあ、わかりかねます」

「ホントにアンを口説きに来てたりして」

「それはありませんね」

「えらくはっきり言うわね、ひょっとして図星の上振ったの?」

「それもありませんね」


暖炉からはパチパチと火花が飛び、静寂が戻る。アンはじっとクローデルを見つめるでもなく眺めている。


「なに、照れくさい。そんなにみないでよ」

「いえ」


と、部屋の照明の照度が微妙に変化し、部屋の影がちらつきだした。


「あれ? 故障?」

「クローデル様」

「何、アン?」

「これまでずっと――」



暗転。

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