第19話 牢屋と餌

「それでは、よろしくお願いします!!」


 夕焼け通りを駆け抜け、町の一角に小さな病院を見つけた白露は、矢継ぎ早に病院に乗り込み、事情を説明してお願いした。

 急な話だったが、魑魅境であるという事情と、急患となれば、医者も血相を変えて少女を受け入れてくれた。

 医者に一礼をした白露は、再び表へと駆け出し、元の裏通りまで向かって行く。

 遅くなりすぎた。それが気が気で無かった。

 あの3人なら、自分が離れている間に事件の中心に突入できるだろうと、連携の良さを見た白露は思っている。だが、それ以上に。自分が妹の居るその場所に、顔を合わせられないんじゃないかと思うと、焦る気持ちで一杯になってしまった。


「ずっとこの日を待ってたんだ。待っててくれよ、時雨。遅くなっちゃったが、やっと会えるからな……!!」


 沈まない夕焼けがあるであろう、まばゆい方向の空に顔を向け、自分自身に言い聞かせるように呟く。

 その直後、怪訝に何か事件でもあったのかと井戸端会議をする住人にぶつかりそうになり、自分が取り乱しているだろうことにも気が付いた。

 それでも。それでもこの時を探し続けたんだ。

 白露は謝りを入れつつも足を止めず。隠れ家となっている裏路地を見つけると、跳び込んだ。




 結界から再び中へと跳び込み、白露は結界内の廊下を風のように駆け抜ける。

 背中にもう誰も背負っていないから、行きよりは遥かに速い。これなら、すぐに3人に追いつけそうだった。


「どこまで進んだかな。日加達……」


 広間を抜け、大きな扉の先の廊下を進み、その先で、開いたままの扉にたどり着いた。

 白露は一旦そこで立ち止まる。

 この先は、白露にとって未開の場所だ。開いているという事は、既に3人が通った後なのだろうが、それでも気が張ってしまう。

 白露は唾を呑むと、その先に入り込んだ。


「……っ」


 白露は自分が人狼であるという事を、暗いのによく見えるこの部屋から、あらためて思い知らされることとなった。

 扉の先は、横幅の広めの廊下となっており、その左右壁面には牢屋がいくつも立てられているのが見える。

 だが、それ以上に。その牢屋の中が問題だった。


「……なんだよ、これ……」


 廊下の中には、うずくまって悲鳴さえも上げないような妖怪たちが、何人も居た。

 夕焼け通りでここまで見かけたような着物姿の者も居れば、恐らく、結界のそこに住まいを持っているだろう、ラフな格好をした妖怪も居る。

 どれもが、悲鳴も苦しみもあげていなかった。ただ、海辺に放置されくたびれた縄のような、部屋と同化したとさえ錯覚するような、無力さを浮かべている。

 白露は思わず、牢屋に近くの牢屋に駆け寄った。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 白露は声を静めながらも、格子に掴みかかり姿勢を低くして声を掛ける。

 しかし、そうしたところで、白露はまたも顔を歪めることになった。

 生きている。廊下の中の妖怪は、横腹が本当に微かにだが、動いているのが見える。それなのに、白露が近くに来ても、助けを乞うて格子にすがりよる様子さえも見せなかった。

 ただ白露の鼻には、乾いた血の匂いと、糞便の腐敗臭がつき、不気味さと悍ましさを物語っていた。


「う……っ」


 生きているのに、それが目の錯覚に思えて仕方が無い。

 視覚のわずかな情報と、それ以外の五感が訴える情報の差に戸惑い、白露は一旦格子から離れた。

 口元を手で覆いながら、白露はゆっくりと廊下を進んでいく。


「……こんなに、大勢。なんで、なんでこんなことを。……しかも」


 白露は、状況を整理しようと。口に言葉を出そうと続ける。

 こんなに大勢、一度には助けられない。こんな大勢じゃ、まず大元おおもとを倒さないと。そうやって一つ一つ、白露は頭の中で状況を整理していったのだが。しかも、と言葉をつづけたところで。白露は一瞬身体が強張った。


「……しかも。


 それは、大きな違和感だった。

 隠れ家にしては、わざわざ手がかりを残すなんて、手口がおざなりすぎる。隠れ家となっている結界の入り口に、被害者を捨てるなんて、そんなの。

 まるで、餌を撒いているようなものじゃないか。

 そう思ったところで、白露は進行方向に、一つ異物が転がっているのを見つけた。

 白露はそれを目にすると、駆け寄って拾い上げる。


「……嘘だろ」


 それは、鎌鼬3兄弟の1人、加昼が武器として使っていた、鎌だった。

 鎌を眺める白露の狼耳に、遠くの方からの騒乱の音が聞こえる。

 誰か戦っている。そう思い至った瞬間。白露は鎌を持ったまま、奥へと再び駆け出した。




 白露は結界内を奥へ奥へと駆け続ける。

 牢屋の廊下を通り抜けると、今度は燭台が壁に掛けられた廊下を掛けることになる。部屋の外の様子も分からず、居続けるだけで酸欠を感じて苦しそうになるその道は、いくら白露が急ぎ走っても、誰も姿を見せることが無い。

 なのに、白露の耳には、更に争いの音が大きく聞こえる。それが、嫌で仕方が無かった。

 そして、突き当りに一層豪華な漆塗りの扉を見つけ、白露はけ破る勢いでそこに跳び込んだ。


「3人とも!!」


 扉を開けたその先は、扉を開けてすぐに階段があり。円状の闘技場とも見えそうな、広い空間だった。

 壁は全部が乾いた土で、巨大な穴とも言えそうな様子だが。それよりも白露の目には最悪な光景が映っていた。


「あ、うあぁ、白露兄ちゃん!!」


 階段を下ってすぐの所に、加夜がうずくまって、白露を見上げている。

 その前で、日加が全身に切り傷を負って、構えている。

 日加は、5人程の先ほどの人間のように生気の無い傀儡兵と向かいあって戦っていた様子だが。白露が見たその瞬間は、身体を硬直させ、顔を蒼白とさせていた。

 白露は、その日加が見つめる先に目を向ける。


「……加昼君」


 5人の傀儡兵の壁の先で、加昼は一人の人間に顔をわしづかみにされ、首から下が力なく垂れていた。

 掴んでいる人間の手に、青白い炎で出来た、加昼自身の妖力が吸われている。

 それはフードコートを着た人間の腕を登り、首元に提げられた

 その人間は、白露の方へ顔を向ける。


「……ああ」


 小さく呟いたその人間は、黒髪に短い髪型が特徴的な、十代後半の、若い青年だった。

 それが白露を見て、口元だけがにっこりと笑った。

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魂取の首飾り 斉木 明天 @konatucity

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