第18話 衰弱した犠牲者

 一同は、抵抗するも抜け出せそうにない山伏を前に、互いの顔を見た。


「この人が主犯?」「そうなの? 日加兄ちゃん?」


 日加は弟たちの問いに、首を振るう。


「俺も日加と同感だね。こいつは、どうも生気ってものが無かった。まるで……操り人形みたいだ」

「魂泉の器と言ったか、所属している奴らは、一様に忠義もって動いているというわけでもないらしいな」


 未だに叫び声も上げず、助けも罵声も上げずもがいている山伏から目を逸らした。


「……あっ!」


 白露はふと思い出したように、奥の扉の傍へと駆け寄った。

 3人が走っていく白露を目で追えば、そこには力なく横たわる、狸耳の着物女性が居た。


「!」

「おい、終わったぞ。大丈夫か!?」


 白露は女性に呼びかけながら抱き起す。


「……う、あ、あぁ……」


 意識は辛うじてあるようだが、微かに目を開けるだけで言葉が続かない。

 白露は息を呑む。ふと、手元に目を向けて見ると。女性の腕は、微かに白露を掴もうと持ち上げては、力なく地面に落ちてを繰り返していた。


「っ!! ……力が出ないのか」


 着物の女性は、うめき声をあげながらわずかに首を縦に振った。


「……もう、大丈夫だからな。すぐ、手当できる奴の所に連れてってやる!」


 白露は顔を上げ、3人に振り返る。


「日加! 今すぐ手当できる場所に連れてくべきだ! 凄い弱ってる……!」

「あうっ……」


 顔を上げる白露だが、その顔を見て、何故か加夜が怯んだような声をあげた。

 自分の塗り薬入りのビンを見るが、それから小さく俯く。


「……そうだな。今手当をするのは、難しい……」


 日加は加夜の背中をそっとさすりつつ、肯定する。

 それから、目の前にある巨大な扉に目を向けた。


「……そして同時に。内部では、きっと騒ぎは既に知られているだろう。ここで撤退をするとなれば、敵を逃がすことになる。それはできない」


 日加は苦虫をかみつぶしたような顔をし、そう続けた。


「じゃあ、この人は」

「……そこで、だ」


 白露が心配そうに見つめる中。日加は再び白露に顔を向けた。


「……白露。お前は足が速いよな」


 日加がそう呟いた途端、白露はピタッと動きを止めた。

 そして、それから日加の顔を恐る恐る見上げる。


「その女性を、夕焼け通りの病院まで、連れて行ってくれるか」


 白露はその言葉を聞いた途端、瞳孔が大きく見開いた。


「待ってくれ! 俺は、この先の主犯に会わなくちゃいけないんだ!!」

「鬼島リーダーに頼まれた以上、分かっている! だが、この中で離脱して、作戦に合流するのは、お前が一番早い!」


 日加は腕を広げ、周りを見るよう促す。

 焦りながら白露が辺りを見渡せば。日加、加昼、加夜、そして自分。確かに、自分が一番手早く動けるのは、見ての通りだった。

 加えて言えば、3人で強靭な連携を繰り広げる日加たち三兄弟を、わざわざ一人一時的に離れさせる事も、無益ばかりを生む事は明らかだと、白露は認識した。


「だが……! 俺は、どうしてもこの先に……」


 白露は歯を噛みしめながら、俯く。

 視線を下げたその先に、自分の膝元で今も苦しそうに呻く、狸耳の女性の顔が白露の目に映った。


「っ!」

「……あ、あぁ……」


 その顔は、今が怖くて仕方が無く。助けてほしくて、願い続けていた。

 白露はその顔を見て、一瞬、近場にある巨大な扉を目にする。

 その扉を見つめた後。必死に腕を上げようとしてる狸耳の女性の手を、しっかりと握った。


「……分かった!!」


 白露は女性を背中におぶさると、立ち上がった。


「だが、一つだけ約束してくれ!」

「…なんだ」


 白露は顔を上げ、日加の目を真剣に見つめる。


「少なくとも、主犯の人間が首飾りを掛けているのを見つけたら。絶対に、その首飾りを傷つけないでくれ!! それさえ無事で居てくれるなら。俺はその場に居れなくても構わない」

「了解だ。こっちも戦い続けるから、早く帰ってこい」


 日加の言葉に白露は頷き、元来た道の方へと身体を向ける。


「……信じてるぞ」


 白露は最後にそう言い、元来た道へ、風のように飛びながら駆けていった。

 日加たち3人は、女性を背負って去っていく白露の背中を見届けると、目の前の巨大な扉へと向き直った。


「俺たちも行くぞ。目標は変わらず、魂泉の器リーダーの捕獲。及び、犠牲者の救助だ」

「「了解!!」」


 二人は同時に答え、三人は扉の奥へと向かって行った。




 夕焼けが裏通りの行き止まりに、鮮烈な橙色の光を差し続けている。

 その中、木造建築の壁に切り抜いたように現れた空間から、白露が飛びだした。


「っと! ほら外だぞ! もう少しだけ辛抱しろよ、すぐ医者に見せてやるからな!!」


 背中で力なく垂れている着物女性を励ますと、白露は表へと駆けていく。

 周囲の景色が素早く後ろに去っていく中、白露は歯を噛みしめ眉を落とし、苦難の相を浮かべる。

 放っておけなかった。妹が目の前だと言うのに、自分の我を通してでも、自分が残るという事が出来なかった。それが白露の頭の中に横切る。


「だが、これで正しかったはずだ。俺は急いで送り、そして急いで戻ればいい。それで、妹をとうとう助け出せる! 待ってろ、時雨!!」


 白露はそう言うと、更に速度を速め、夕焼け通りの大通りを駆け抜けていった。




 三人は扉を越え、そのまま奥へと進んでいく。

 しばらく廊下を駆け抜け、奥で再び扉を発見した。


「! 二人とも、しっかりついて来いよ。入るぞ」


 二人はこくりと頷く。

 そして、三人は静かに扉を開け、その先へと入っていった。


「……ここは」


 入ると、そこは廊下よりは横幅広い縦長の部屋が続いていた。

 だが、部屋全体が暗い。よく目を凝らしてみたところで、日加は眉を潜めた。

 牢屋だ。左右の壁に、牢屋がいくつも並んでいる。

 そのどれもが空であるが、奥の方からは、何人かのうめき声が聞こえた。


「……しっかりついて来い、いいな?」

「「了解……」」


 二人が同時に答える。

 そして、三人は暗い部屋の中を、息を潜めて進みだした。

 背後の扉は開け続けておいたが、その扉がどんどん背後に小さくなっていき、光も段々届かなくなっていく。距離感覚が失われそうな中を、ただ進み続けた。


「……」


 加夜は、日加の背を見ながらも、時折横の牢屋を見ては、唾を呑んだ。


「……怖い、ね。加昼、だい、じょうぶ?」


 びくびくとしながら、加夜は隣に手を伸ばす。

 肩をぽんと叩いたつもりだったが、その手は空ぶった。


「加昼?」


 加夜は、加昼が居る方に顔を向ける。

 隣に居たはずの加昼の姿が、何処にも無かった。


「……え? 加昼? 加昼!?」


 加夜の驚きの声に、日加も振り返り、額に汗を浮かばせた。

 暗闇の中、歩いているのは二人しか居なかった。

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