第4話 新たな相棒

 こうしてカルペッパーは逮捕された。

 二十年越しの事件は、めでたく幕を下ろしたのだった。


「父上の仇が討てて良かったな、クレア」

「スクワーロウさんのお陰です、本当にあなたを頼ってよかった」

 クレアは深く頭を下げた。

「最後に一つ、聞いておきたい。秘密口座のことを、カルペッパーに漏らしたのは君だな、クレア」

 無言で、クレアは頷いた。


 彼女によると実はエイントワース捜査官もすでに、カルペッパーにマフィアの息が掛かっていることに、気づいていたのだと言う。


「アルドは自分が殺されることを知っていて、秘密口座に多額のお金を留保してました。父が遺した手記の通り、調べてみるとそのお金は、たびたび南部のある地方銀行の口座に出金されていて」

 レイニーはまだ生きている。クレアはそう思ったらしい。それで、私に近づいたのだ。

「だがレイニーは、死んでいた。二十年前、アルドとともに。そこで私は二人に、遺族年金を支払う役目を仰せつかったのさ」

「あなたが怪しまれないように、アルドや、レイニーの遺族に送金していたんですね?」

「相棒の最後の相談だ」


 アルドは即死したが、レイニーは半年生きた。そこで彼の消息を消し、私がレイニーに成りすます形でその口座を受け継ぐことにしたのだった。


「義理堅いんですね、スクワーロウさんは」

 私は黙って肩をすくめてみせた。因果な商売だ。だが私はこの街でそうやって、食っていくと決意したのだから、仕方ない。

「わたしも最後に一つ。どうしてわたしが、捜査官の娘だって分かったんですか?」

 私は即座に答えた。

「おっちょこちょいだからさ。忘れてると思うが、私は事務員を募集したんだ」


 思えばエイントワース捜査官も、ちょっと把握が雑だった。レイニーの件でもそうだ。この街の通りばかりじゃなく、彼は私とレイニーのことも、たびたび間違えていた。種類はどうあれ、リスとビーグルじゃ、ナッツとビールくらい違う。


「職員を募集する気は、本当にないんですか?」

 切なそうに、クレアが尋ねた。胸が痛んだが、やっぱり私は心を鬼にして答えた。

「申し訳ないが。君も田舎に帰った方がいい。ベガスの探偵なんてろくな商売じゃない」


 クレアはまだ何か話したそうだったが、私はくるりと椅子を回して背を向けて見せた。彼女は数分、まだ粘ったが諦めたのか、無言のまま部屋を出て行った。


 これでいい。これでいいのだ。やれやれ、これで晴れて事務所も通常営業じゃないか。エアコンは直ったし、旧い相棒の事件は解決した。そして私は、独りが良い。時代遅れのハードボイルドは、私一人で十分なのだ。


「さて、仕事は」

 私はボードに目をやった。


 何もなかった。地下室でまた、資料の整理をするくらいしかない。エアコンも直ったし、まあ、缶ビール片手に昔を懐かしむのも、悪くないだろう。


「わっ」


 ドアを開けて、仰天した。すぐ目の前に、まだクレアが立っていたのだ。何か声をかけようとしたが、得体の知れない迫力があって出来なかった。


 なぜならクレアの可憐な頬袋は、これ以上ないほどぱんぱんになっているのだ。口から皮付きの台湾ピーナツが、ぼろぼろこぼれ落ちていた。


「わらし、ほんへもはりまふ!ふふはほはんはいは、ははほほいるほひ、はひはひふでふ!(わたし、何でもやります!スクワーロウさんみたいな、ハードボイルドになりたいんです!)」

「口からナッツを出して話したまえ!」

 思わず突っ込んでしまった。だいたい私はそこまでぱんぱんじゃない。やれやれだ。そんな心意気、見せられたら、断るわけにはいかなくなるじゃないか。

「(うえっ)…スクワーロウさんっ、お願いですっ!」

「分かったよ。ただし、条件がある。君はレディだ。私の前でそんな、頬袋ぱんぱんな顔は見せないこと。それと冬眠はしないこと」

「分かりました!」

「給料は再来月からだぞ?」

「大丈夫です!わたしは、スクワーロウさんと働きたいんです」

 即答だった。もはや、私も覚悟を決めるしかない。

「それなら採用する。まあ分かってるなら、それでいいんだが」

 私は握手を持ちかけると、弁解をするように言った。

「リスには向かない職業なんだ」


 こうして私の事務所に、しばらくぶりの相棒が加わった。何十年ぶりかの、とろけるような暑い夏だった。

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頬袋探偵スクワーロウ 橋本ちかげ @Chikage-Hashimoto

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