第3話 二十年目の真実
「君が探しているのは、父上の記録ではないね?」
頃合いをはかって私は、資料室の電気を点けた。クレアは息を呑んで私を見返った。もう夜中の二時を回っている。暑くて暗い部屋で、ふうふう言いながらキメ台詞のタイミングを待つのも体力的にきついのだ。
「二十年も前のことだ。やっと、思い出したよ」
私は言うと、クレアの背後から一冊のファイルを取り出した。
「相棒はとても、鼻が利いた。私にはない才能だった。だが、猟犬のようにじゃない。奴は確かに正真正銘の、『
私はファイルをめくった。私の記憶は確かだ。レイニーは、小柄だが筋骨たくましいビーグルだった。娘のはずのリスの顔色が、さっと変わった。
「捜しに来たのは、父親を裏切った人間の記録だね、エイントワース元・捜査官」
レイニーのポートレートの隣にある新聞記事を、私は指し示してみせた。そう、『リス』だったのは殺されたカルペッパーの相棒の方だった。射殺された、ジョン・エイントワース捜査官。
「約束の時間、約束の場所に、証人アルドを連れてレイニー・スピレーンは現れなかった。レイニーは自分が怪しまれないように二人を別々の場所へ連れて行き、まんまとお金を独り占めしたんですよ」
「そう、それが当時の公式見解だ。だが君も、不思議に思ったんじゃないか?どうせ始末するなら苦労して違う場所でそれぞれ殺すより、同じ場所でかたをつけた方が、手っ取り早いし、何より正確だ。レイニーはどうして、それをしなかったのか?」
クレアは私の問いに、答えを得なかったが、
この二十年間、疑問は残った。だってだ。どうせ裏切るにせよ、レイニーは約束を破る必要などなかった。なぜアルドは全く違う場所で殺されたのか。
「資料は何も答えてくれない。と、なれば後は記憶と経験と勘が頼りだ。明日、私がそれを説明してあげる」
私はクレアを説得した。二十年だ。その封印を解き明かすには、実に十分な年月が経ってしまっている。
「上出来だ。二十年経ったが、この辺りは何も変わっていない」
次の日、私とクレアは頭上の高架道路越しに、無慈悲に晴れ渡ったベガスの夏の空を見上げていた。
セントニャンシー通り24、港の冷蔵倉庫が立ち並ぶこの一角こそ、二十年前、エイントワース捜査官が人知れず殺害された場所だった。
「当時の死体の所見を、私も見た。捜査官は、至近距離から後頭部を撃ち抜かれ、殺害されていた。使われたのは当時のマフィアがよく処刑に使った二十二口径、女性がハンドバッグを開けるほどの物音もしなかったはずだ」
時間は正午だったが、目撃者はいない。この一角はまさに、死角となる場所だったのだ。
「さて、問題は捜査官がなぜこのセントニャンシー24を択んだかってことだが」
「なぜ?」
クレアは、思わず眉をひそめた。
捜査の目先が変わったのが、すぐに分かったのだろう。私はおもむろに折り畳み式の地図を取り出しながら、説明を続けた。
「恐らくレイニーはアルドを、自分の土地勘がある南部へ逃がそうとしていた。逃亡生活はそれなりに長くなっただろう。その間に証人になるよう、説得する気だったんだ」
「何の話をしているんですか?」
気ぜわしくなるクレアを、私はなだめた。
「いいかい、大事なのはこのセントニャンシー地区が、ちょうど二十四ブロックあることなんだ。だがこのちょうど反対側の方角に、もう一つセントニャンシー24が存在する。そうここは、
「だが土地勘のない人間は地図にふってある地番の通り、この24ブロックの方だと考えてしまう可能性が高い。二人の見解の相違だよ。レイニーは、君のお父さんを、裏切ってなんか居なかったんだ」
「父さんは、裏切られた、わけじゃなかった…?」
クレアは瞳を強張らせて、私の言葉を反芻した。
「そうだ。少なくともレイニーはね。だがエイントワース捜査官はここで、致命的なミスを犯していた。アルドとここで接触することを、ある人物に漏らしていた。その人物もやはり土地勘がなく、この24ブロックに現われたのさ。銃を携えて」
さっきからコンテナの陰で、様子をうかがっているのを私は知っていた。
「そろそろ出てきたらどうだ、カルペッパー」
「よく鼻が利くな。リスの癖に」
案の定だ。
すぐに両手に銃を保持した、カルペッパーが姿を現した。
「順序良く、考えてみれば分かることさ。この事件で、犯人は二つも特徴を遺している。一つ、犯人は殺されたエイントワース捜査官同様、土地勘のない人物だ。二つ、怪しまれずに捜査官を至近距離から撃って殺害している、と言うことは、彼と面識がある人間だ。引き算していけば後は、あんたが犯人、と言う結論しか残っていない」
「ふざけやがって。お前らは、そうやって人の過去をいつまでも食い物にして、この街でのうのうとのさばってやがる。そろそろ引き際だと、自分で思わないのか?」
「やめられるもんなら、すぐにでもやめたいね。だが、生憎私しか残っていないんだ。金の匂いのする過去にたかるのが好きな、お前さんみたいな人種に引き際を悟らせるのはね」
私はポケットから、紙束を放り出してみせた。それは朝一番でヴェルデ・タッソを叩き起こしてかき集めた、アルドからカルペッパーへの不正な援助の記録だった。
「当時のあんたは、ぎりぎりだった。アルドが正式に証人と言うことになれば、マフィアとずぶずぶのあんたの旧悪も、公になるからな。そこで何もかもレイニーのせいにして事件を有耶無耶にしようとした。相棒を殺してまでね。見下げ果てた男だ」
「黙れ。お前もエイントワースも、何も分かっちゃいない。何をするにも、金がいるんだ。それがたとえ、やくざものが荒稼ぎしたとろけるような
「全く笑わせるね」
「両手を頭の後ろに宛てろ!ひざまずくんだ。今も昔も、おれが正義だ!」
カルペッパーは銃口を、ついに私に突きつけた。そのときだ。クレアが隠し持っていた拳銃を抜いたのは。
「動かないで!」
「黙れクソ女!撃てるもんなら、撃ってみろ!スクワーロウの頭ぶっ飛ばすぞ。こっちは年季が違うんだ。お前たちが余計な真似をするからだ。そもそも、お前みたいな小娘さえいなけりゃなあ!」
「いや、いずれあんたは捕まったさ。秘密口座の金の動きにいまだに貼りついてるくらいだからな」
「黙れ!お前はおれの言う通りにしてろ!」
私は言われた通りに頭の後ろに両手をやった。
「クレア、撃つなよ」
私は彼女を制すると、大きく息を吐いた。
「テストをしたの憶えてるよな。これが、ハードボイルドな展開ってやつだ」
「ちんぴら探偵。かっこつけてんじゃねえぞ。このっ」
ブルテリアが引き金を絞る瞬間、私はナッツを射出した。今回は大粒で実りが豊かだが、口当たり滑らかな台湾ピーナッツだ。サブマシンガンのような連射が、銃を持ったカルペッパーを容赦なく打ちのめした。
間髪入れず至近距離からの私のアッパーが、その頑丈なあごを吹き飛ばす。ブルテリアは堪らず口から白いよだれを
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