60話 三人目

「後で――とは言っていたが、本当に来るとはな。どうしたんだ、フィオナさん」


 ロディはカーテンを開き、宿内の自分の部屋を訪れたフィオナへと向き直る。

 フィオナはこの村の護衛として雇われた冒険者のはずだ。そんな彼女が村人が詰めている教会を離れ、なぜここにいるのか。

 フィオナは窓の向こうの夕暮れをしばし見つめてから、話し出す。


「先ほど、天馬騎士団から正式に村内の魔物を掃討した報告があったの。私が教会を離れることが出来たのはそのためよ。来た理由は二つで、うち一つは


 そう言って、彼女は小瓶を取り出す。中は黄蘗きはだ色の粘性がある液体で満たされていた。


「これは……シオウルルの木から採れる樹液を加工して作られる接着剤ですね」


「ええ。あの商人の方から譲ってもらったの」


 レアードの言葉にフィオナが肯定を返す。

 彼女の話を聞く限り、どうやら自分たちと共に来た獣人の商人はある程度回復したらしい。


「接着剤? それを何に使うんだい?」


「あの魔導士の女の子の仮面、二つに割れてしまっていたでしょう? その、顔を、見られるのが嫌な様だったから……」


「ああ、なるほどね」


 ナディアは納得したようだ。

 要するに割れてしまった仮面を接着剤で接合してしまおう、ということらしい。


「なら、ミアちゃんに会いに行かなきゃね」


 そう言って、ナディアは廊下を進んでミアが滞在しているはずの部屋の前へと向かう。

 扉をコンコンとノックして返事を待っていたが、ナディアは怪訝そうな顔を浮かべると扉を開いた。


「ありゃ……あの子、どこいったの?」


 部屋の中にミアの姿は無く、荷物も置かれていなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ミアは一人、夕闇迫る村内を歩いていた。

 歩行に合わせて石畳を打つ杖の音が、無人の村に響く。


(感謝をしてくれる人がいた)


 穢れた自分に、宿の一室を貸し与えてくれようとした村民の女性を思い出す。


(守ろうとしてくれる人がいた)


 醜い自分を、身を挺して守った冒険者の青年たちを思い出す。


(だから、まだ歩ける)


 一人でも、生きていける。

 そう、思っていたのに。


「ミア、待ってくれ!」


 こちらへ駆けてくる金髪碧眼の青年。ロディの姿に、ミアの心は簡単に揺らいだ。

 先ほどまでと違い、鎧を脱いだ身軽な格好の彼は、軽く息を切らしながらもこちらへ手を差し出す。


「探したぞ。さあ、戻ろう」


「わたし、は……」


 ミアは躊躇しながらも手を伸ばし、数瞬の間虚空で手を彷徨わせる。

 ロディはそんなミアの手を壊れ物でも扱うかのように優しく握る。


 ミアは手を引かれて歩きながらも、地面の石畳を見つめ続けていた。



 道中、ロディとミアの間には会話らしい会話はなかった。


「ロディくん、ミアちゃん、こっちこっち!」


 ミアのことを探していたらしいレアードやフィオナ、宿の手前で待っていたミアと合流し、五人は宿の中へと戻る。


 ハーフリングの少女、ナディアが宿の食堂に皆を先導する。

 食堂の中に五人以外の姿は無く、静まり返っていた。

 大きめのテーブルを囲む椅子にロディ達が腰かけ、促されるままミアも続く。


「いやぁ大変だったね、今日は」


「村へ来てみれば襲撃の最中でしたからね。驚きましたよ」


「それはこの村に滞在していた私達も同じね。襲撃がこんなに早く起こるなんて想定されていなかったもの」


「特に最後の戦いは厳しかったな。皆生き残れて何よりだ」


 卓を囲み、今日という日を振り返る彼ら。

 この空間に自身という異物がいることに、ミアはいたたまれない気持ちになる。


「……なぜ、連れ戻したのですか」


 ミアの言葉に皆の視線が集まるのを感じ、ミアは一層顔を伏せる。

 誰かに、とりわけ彼らに、自分のを見られたくはなかった。


「わたしを救っていただいて、ありがとうございました」


 立ち上がって一礼し、顔を見せないようにすぐに背を向ける。


「礼も別れも言わずに出て行ったのが心残りだったんです。やはり、わたしはこの村を発とうと思います。――さよなら、優しい人たち」


 出口に向かって歩き出そうとするミア、それを止めたのは、またもロディだった。


「待ってくれ」


 ロディは席を離れ、振り返ったミアの前で片膝を立てて座る。


「仲間になってほしい。君が必要なんだ」


「な、かま……? 何を、言ってるんですか!」


 杖から手を放し、思わず叫ぶミア。なぜこんなにも心が揺れているのか。自分でも理解できなかった。


 アンデッドであることを知ってから、仲間になってほしいという人なんて居なかった。

 このを見てから、仲間になってほしいと言ってくれる人がいるなんて思わなかった。

 だからこそ、受け入れられない。


「正気、ですか? こんなわたしを仲間になんて……! わたしは魔導生物、アンデッドです。後悔することになりますよ。神父さんとのやり取りは、貴方も目の前で見たでしょう……!」


「そんなこと、どうだっていいよ。君が何であろうと、誰から嫌われていようと、どうでもいい。君の魔法が必要だ。君の人柄が気に入った。君のことを、助けたいと思った。だから――」


 ロディの碧い瞳が、ミアを真っすぐに捉えていた。

 この醜いを見ても、真っすぐに。


「君のことを聞かせてくれ。君はなぜ、冒険者になったんだ?」


「わた、しは……わたしは……」


 誰にも話せなかった、想いを口に出す。


「おいしいものが、食べてみたい」


 一度言葉に出してしまえば、もう止められない。

 酒場で楽しそうに仲間たちと飲み食いする冒険者が、いつも羨ましかった。


「おしゃれが、したい」


 こんな顔では、めかしこむことなど出来ず。肌をさらさないため、いつも同じ服ばかり。


「……恋を、してみたい」


 誰かを愛することも、愛されることも、考えられなかった。


「普通に、生きたいっ……!」


「一緒にかなえようよ、その夢」


ナディアが椅子を跳ね降りて、ロディの隣に並び立つ。


「ボクも、協力するからさ」

「一緒に行こう」


「わたしは……」


拒絶しなければならない。自分は、彼らの重荷になってしまう。

こんな自分へ手を差し伸べてくれる人たちだからこそ、頼ってはいけない。


頭では、そう思うのに。カタカタと、身体は震えて耳障りな音を出す。


「あなた達に、迷惑をかけてしまうから……だからっ!」


身体を包む、抱擁感。遅れて、身体の震えを抑えるかのように、抱き留められたのだと気づいた。


「君の助けになりたい。君が一人で背負いこんでいるものを、俺たちにも背負わせてくれ。君は、もう一人じゃない」


「――ッ」


 この穢れた身体に触れられて、一人でないと言われて。

 もう、自身の心を偽ることはできなかった。


「こんなに心は踊っているのに、無い心臓は動かない……」


「こんなに、心が満たされているのに、私は涙も流せないっ……」


「こんな風に抱きしめられても、わたしは貴方の体温すら感じられない!」


心のうちをそのまま叫んだ。もどかしさも、喜びも憤りも全て。

叫んで、喚いて、まき散らして。心の中に残ったのは、ずっと秘めてきた、願い。


「わたしは……人間に、戻りたい……です。こんな身勝手な目的のために生きているわたしを、仲間にして、くれますか……?」


二人の返答は、何のためらいもなく、


「もちろんさ!」

「当然!」


その笑顔に、ミアは救われた。

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死んでも安い世界で生きる僕らは 海老之巣 @ebino-su

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