第45話 届かない恋、届いた。
迦楼羅は能力に頼れば大抵のことを成せる――混ざった体液の量によって強度が変わるとはいえ、最低でも水さえあれば地球の裏側でも監視程度はできた――ことを踏まえれば、わざわざこんな回りくどいことをせずとも目的は成せたはずなのだ。障害となっていた父も自らの手で殺してしまえるなら、それこそ俺の介在する余地なく、仲良しこよしの最強姉妹ふたりはクズリュウだってあり得たかもしれない。背景に親殺しをちらつかせる女児アニメなどあってたまるか。あるかもしれない。
そもそも機械音痴の迦楼羅にSNSの管理者(【Admin】)が務まるとは思えない。ハッキングにせよ何にせよ、動機と立場を除けば彼女がこの戦いの運営を一人で取り仕切るのは不自然過ぎる。
決定的だったのは同じアカウントから送られてきたこんな一文。
〈Admin『【九頭龍】家代表1【九頭龍迦楼羅】様が脱落しました。残り【8】名』数秒前〉
その後、迦楼羅のスマホから運営のアカウントにログインすることはできなくなってしまった。八つの頭を持つ龍がとぐろを巻いた家紋は操作を待つことなくふっと消えてしまう。九頭龍分家の頭領の座を狙う何者か、あるいは迦楼羅に向けて〈十六夜待雪を手に入れるための手段〉として殺し合いを提案し運営を担う役割と技術を提供した黒幕が他にいるということだ。
運営とラスボスと宿敵を纏めて倒してエンディングを迎えるはずだった三日目、デスゲームもとい殺し合いは裏ステージに入った。俺たちの今日の予定は昨日の内から引っ越しに決定している。
今やいつ分家の人間が襲ってきてもおかしくない。今さら久遠の口腔に触れるのに恥じらいはない。いつになっても見惚れてしまうから関係ないともいう。
開封済みのペットボトルに口を付け、水を含んだ。
すでに久遠の呼気を吸い込んで、いくらか俺は俺としての
カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされながら、逆さまの唇に口づけをした。
絶対にカーペットやらシーツやらが悲惨なことになって洗濯物が増えると予測していたが流石は久遠と言うべきか、こくこくと喉を鳴らして見事に飲み干してみせた。気づけば水の冷たさは久遠の温もりに取って代わっていた。
互いの上唇と下唇を啄むように、戸惑いながらも手探りで、痛みを確かめ合うように。
そうして舌を絡めると舌と下唇に激痛が走る。
がりっ、と。
思わず口を離すと唾液の橋が煌めいた。口の中で鉄錆を転がしているような味がする。仰け反った拍子に朝日に目が眩み、尻餅を着いた。
「……おはよ」
逆光に目が慣れる。十四歳の姿になった久遠は調子に乗るなと言わんばかりに俺を睨み、耳まで瞳と同じ色に染めていた。幾ばくかの申し訳なさ、いや、嫌われてしまうのは嫌だけど素直になり切れないのだろう。直立したままで手を差し出していた。
「うん、おはよう」
差し出された手を取り、久遠は自分の力で立ち上がる。
小さな足が床に伸びる。
届かない。
小さな手をつかみ、半ば抱き上げる。
久遠は飛ぶように地に足をつけた。
相変わらず生きているのか死んでいるのか、わからない。俺にとって生きることは嘘のようなものだ。でも、何度見失っても久遠が教えてくれる、この痛みだけは嘘じゃない。
九頭龍久遠は届かない―You`re never die.and,Painless of me―
〈了〉
九頭龍久遠は届かない―You`re never die.and,Painless of me― 七咲リンドウ @closing0710rn
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