第3話 異界の扉が開くとき
授業が終わった放課後の教室で、気の合う仲間たちだけで、メイクをしながら駄弁っていたら、十六時を過ぎてしまっていた。
十月三十一日、この日の<日の入り>は、十六時四十八分である。
先生の話によるのならば、もうそろそろ、<ハロウィン>に突入することになる。
「ね、陽が暮れる前に、渋谷に向かおうよ」
水の妖精ウンディーネの仮装をしたメイがそう切り出した。
「ちょっと待って、メイリン、もう少しでメイクが終わるから」
かなのは、メイにそう返答しながら、ナース姿の萌美に手伝ってもらって、顔の表面の至る所に、丹念に、様々な人工物を取り付けていた。
出来上がった特殊メイクは、焦げ茶色の凸凹な皮膚に、顔中に百の目が散らばり、頬の中央にまで口が裂けた化け物の顔であった。
「きっもおおおぉぉぉ~~~い。でも、完璧ね。先生の話じゃないけれど、これこそが、ザッツ・ハロウィンのメイクよ」
鏡で自分の顔の状態を確認した怪物メイクの女の子、かなのがそう自画自賛した。
それから、ナースのコスプレの萌美、水の妖精の仮装のメイ、そして、怪物の特殊メイクのかなの、三人の女子高生たちは、夕陽の橙色に染まった校門を通り抜けていった。
「ね、急ごっ! 駅までショート・カットしてかない?」
ナースの萌美がそう提案すると、三人は、駅までの近道として、神社を横切ることにした。
そこは稲荷神社で、何本もの朱色の鳥居が立ち並んでおり、女子高生たちは、昼と夜の狭間の黄昏時に、その神社の鳥居を潜り抜けて行った。
紅い鳥居を通過しているちょうどその最中に、太陽は沈み、急に辺りが暗闇に包まれた。
先頭を歩いていた特殊メイクのかなのは、背中にぞわっとした感覚を覚え、すぐ後方にいるナース・ルックの萌美の方を振り返った。
だが、いるはずの空間に萌美はいない。
「えっ! もおおおぉぉぉ~~~~みいいいぃぃぃ~~~ん、どこぉぉぉ~~~? おっ、おどろかさないでよ、どこにいるの? ねえ、メイリン、も~みんを知らない?」
左にいたウンディーネ姿のメイの方に顔を向けると、妖精の特徴である尖がり耳は千切れ、地面に落ちていた。普通の人間の耳に戻っていたメイは、ひときわ深い円形の暗闇から、伸びてきた何本もの腕によって、四肢を掴まれ、口を押さえられながら、闇の穴へと引き摺りこまれんとしていた。
「メイリンっ!」
かなのが、メイの方に向かって歩をを進めようとしたその時、後から、かなのの肩を掴んで、後方に引っ張る何かがいた。
かなのは、完全に混乱状態に陥り、腕を払いのけながら振り返った。
(なんだ、こいつはお仲間か)
その呟きが脳の中に響き渡った時、つい先ほどまで、かなのの肩を掴んでいた腕は、深き闇の深円の中へと消えていった。
かなのは、怖れ慄きながら、その場にへたりこんでしまった。
「もおおおぉぉぉ~~~みいいいぃぃぃ~~~ん……、メイリイイイィィィ~~~ン、どこおおおぉぉぉ~~~」
神社の紅い鳥居の通路に取り残されたのは、特殊メイクで怪物に偽装した女子高生、かなの、ただ独りであった。
ハロウ・アンハッピー
十月三十一日、ハロウィンの宵は、三人の女子高生にとって、不幸なハロウィンになってしまったのだった。
ハロウ・アンハッピー 隠井 迅 @kraijean
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