第2話 サウィン祭

 

 明日、十一月一日というのは、欧米においては、<諸聖人の祝日>と呼ばれている日で、フランスでは「トゥッサン」、米国では「オール・ハロウズ」って呼ばれています。ハロウズとは<聖人>のことです。

 以上のことを踏まえた上で、オール・ハロウズの前日、十月三十一日は、いったい何の日か考えてみましょう。この日は、全ての聖人を祝う日、つまりは、オール・ハロウズの前日ですよね。そして、十月三十一日の夕方は、ハロウズの前の晩ってことになります。つまりは、<ハロウズ・イヴニング>です。ちょっと長いんで、縮めて発音してみましょうか。

 ハロウズイヴニング、ハロウズイヴニン、ハロウイヴン、ハロウイン、ハロウィン、もはや、お分かりですよね。

 最近、日本でも流行り出した<ハロウィン>ってのは、そもそも、全ての聖人を祝う日の夕方、という意味なのですよ。

 ここで注意したいのは、<オール・ハロウズ>の前日だからといって、十月三十一日が必ずしも、<ハロウィン>ではないということです。ハロウィンとは、<ハロウズ・イヴニング>が縮まったものです。イヴニング、つまり、晩なのですよ。ですから、太陽がサンサンと照っている間は、たとえ、十月三十一日だとしても、未だハロウィンではないのです。

 どういうことかと言うと、キリスト教における宗教的決まり事においては、一日の始まりというのは、太陽が沈んだ時点で、<オール・ハロウズ>は、十月三十一日の晩から始まるのです。ですから、十月三十一日だからと言って、今年の十月三十一日の日の入りは十六時半過ぎなので、それ以前に「ハッピー・ハロウィン」と言うのは、この上なく、おかしい事なのです。たとえてみれば、十二月三十一日に、「あけましておめでとうございます」って言うようなものなのですよ。ね、そう考えると、恥ずかしいでしょう。「無知は、炬燵で丸くなる」って感じですよね。

 これも、ハロウィンが一般的に浸透したのが、日本では最近だということが一つの原因になっているかもしれません。

 わたくしが、大学生時代、前世紀の末は、たしかに、ハロウィンの時期に大騒ぎする輩もいるにはいたのですが、この時代、傾いた格好をした外国人を、時折、山手線の中で見かけるくらいでした。日本人の中にも、真似する人はいたし、たしかにゼロではなかったにせよ、最近の渋谷のように、大袈裟に集団でパーリーしている感じではなかったのですよ。

 で、ハロウィンを日本に広めたのは、外国人の中でも、やはりアメリカ人なんですよね。

 そもそも、アメリカは、欧州の様々な国から人々がやって来た移民大国です。その中には、アイルランドやスコットランドからの移民もいました。そして、<ハロウィン>とは、元々、そのアイルランドやスコットランドの<サウィン>というお祭が起源になっていて、ハロウィンは、アメリカ人の中でもアイルランド系やスコットランド系の移民が行っていたわけなのです。

 アイルランドやスコットランドには、ケルト人が多く住んでいました。ケルト人は農耕民族であったため、収穫期の終わりこそが、ケルト人の農民たちにとっては、一年の終わりだったのです。そして、収穫期の後、今でいうと、十月の終わりと十一月の初めの間に、農作業から解放されたケルト人は、収穫祭を催しました。これこそが、サウィン祭なのです。そして、ケルト人が信仰していた<ドルイド教>の典礼では、この<秋>の時期が、年の境とされていたのです。

 つまり、サウィン祭とは、<収穫祭>であると同時に、<年越しの祭>でもあったのです。

 民俗学的に言うと、<サウィン>とは、古い年から新たな年への、いわば、時の狭間であり、この<時>の境界の時期には、現世と異界の境界が揺らぐ、とドルイド教では考えられていました。そして、異界の扉が開く、この時期には、異界から先祖の霊が現世に戻って来るのです。いわば、ドルイド教におけるサウィンの時期とは、日本で言うところの<お盆>で、一年に一度、異界から戻って来る死者の霊を祀るのも、ドルイド教における<サウィン祭>の側面なのです。

 ケルト人のサウィンは、ケルト人のキリスト教への改修後にも、<ハロウィン>という祭として、アイルランドやスコットランドに残り続けてきたわけです。

 さて、昨今、日本において浸透したとは言えども、いわゆる<ハロウィン>は、十月の最終日に<仮装>するお祭で、仮装した子供たちが、「トリック・オア・トリート(お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ)」と言いながら家々を回って、近所の人からお菓子をもらってゆくイヴェント、せいぜい、これくらいのことしか知られていないのではないでしょうか?

 問題は、何ゆえに、<仮装>をするのかって話です。

 ハロウィンの起源である<サウィン>の話に戻ると、この夏から秋への移り変わりの時期が、一年と一年の境目であり、この時期にこそ、現実と異界の境界が揺らいで、異界から死者の霊魂が現世を訪れると考えられてきました。

 だからこそなのですが、ケルトの民話の中には、このサウィンの時期に、突然、人が消えてしまい、その人物が、数年後に突如姿を現すといった、たとえば、<浦島太郎>のような物語や、あるいは、この時期に、美しい異性に出会い、契ったものの、実は、その者は人ではなかった、といったような、<雪女>のような話も認められます。

 前者においては、現世と異界の扉が開いた結果、それを通って、異界に迷い込んでしまった人が、再び扉が開いた時に現世に戻ってきたというタイプの物語で、後者の方は、異界の扉をくぐって現世にやってきた異界の者と人との<異類婚姻譚>になっています。

 特に、この後者の物語内容が示唆しているのは、サウィンの時期に、現世と異界の扉が開く時、そこからやって来るのは、死者の霊魂だけではなく、異界の者もまた現世にやって来るということです。そして、この異界の者は、時として、自分の世界に戻る際に、現世の人間を異界へと連れ去ってしまうこともあったのです。

 つまり、です。

 異界の者に拐わかされないために、どうすればよいか、というと、異界の者と同じような<異形>の姿に偽装すれば、同族だと勘違いされ、異界の者の目をごまかせる、というわけなのです。だからこそ、ハロウィンの時期、つまり、ケルト人のドルイド教においては、現世と異界の扉が開いて、異界から異形の者たちがやってくる、サウィンの時期に、異界へと連れ去られないためにこそ、人は<仮装>をするのです。

 いいですか、みなさん。

 ハロウィンは、単なる、仮装祭ではありません。昨今の動画やSNSとかを見ていると、普通のコスプレ姿をアップしている人を沢山みかけます。が、ナースやポリス、只のアニメキャラのコスプレは、断じて、ハロウィンの仮装じゃありません。ハロウィンの時の変装は、異形の者への偽装でなくてはならないのです。

 そうじゃないと、異界の者に、こう言われてしまうかもです。「コスプレ・オア・ディスガイズ、偽装じゃないと、異界に連れてっちゃうぞ」と。

 いいですか、僕も、ハロウィンの時には、「ただのコスプレには興味ありませえええぇぇぇ~~~ん」という立場なので、みなさんも、ハロウィンの仮装をするのならば、ぜひとも、異界の者の仮装をしてください。普通のコスプレでは、別世界に連れていかれてしまいかねませんからね。

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