第18話 拝啓 子供の笑顔は無敵のようです

 交易都市ソレイユを出発してから1ヶ月後、のんびりと移動をしていた僕たちは、目的地であるミヤジノフに到着する。


 そこで、乗合馬車から降りたオリバーさんやサイモンさんが、凝りをほぐすかのように体を伸ばし始める。


「ん、んぅー……っはあぁ~」

「ようやく……んん、ついたな」


「まずは宿屋ね」

「早くゆっくりしたいわ」


 そのような2人とは違い、ミミルさんやマルシアさんは、ゆっくりとくつろげる場所を確保するのが先みたいだ。


 そのような中で、僕も体がこってしまっていたので伸びをしていたら、オリバーさんたちが移動を始めたので急いで後を追うのだった。


 その後、宿屋についた僕たちは部屋を確保したら、今日は旅の疲れを癒すために自由行動になった。


 特にすることもない僕は、馬車での疲れを取るために外出はせず、ベッドに倒れ込むとそのまま休むことにした。


「腰が痛い……お尻も痛い……せめて座席は木じゃなくて、車のシートみたいならまだマシなのに……」


 無い物ねだりをする僕は、このままだといずれ痔になって、「痔主」なんて言われてしまうのではないかと不安になるけど、【身体強化】を使っていたから多分大丈夫なはずだ。


 逆に【身体強化】のせいで、痔が強化されたりしないだろうか。強化された痔なんて、“痔主”を超えて“大痔主”とかに進化しそうかも。


 そのようなくだらないことを考えていた僕は、いつの間にか眠ってしまっていたようで、オリバーさんたちから夕食に誘われるまで、爆睡していたのだった。


 それから翌日になると冒険者ギルドに赴き、手頃なクエストがないか掲示板を眺める。とは言っても、Dランク冒険者の僕が選べるようなクエストはたかが知れている。


 ちなみにオリバーさんたちは、Aランク冒険者用のクエストを吟味していて、僕とは別行動となる。


「んー……」


 何にしようか迷っている僕の視界に、あるクエストの貼り紙が目に入る。


「ランク不問……?」


 そのクエストは冒険者ランクに限らず受けることができるみたいで、興味の湧いた僕はその貼り紙をしっかりと読むことにした。


 その結果わかったことは、どうやらこのクエストは抜け出したペットの捜索らしい。


 そして気になる報酬はランク問わず一律で、とにかく捜してくれる人を募っているみたいだ。


 それにしても、銅貨3枚とは……ペットの価値は銅貨3枚程度ってことなのか?


 兎にも角にも、僕は“ランク不問”という言葉が気に入ったので、このクエストを受けることにした。報酬は少ないけど、お金は節約しているのでまだ余裕があるから大丈夫だ。


 それから僕は受付でクエストの受理をしてもらい、依頼主の住んでいる場所の説明を受けると、オリバーさんたちにクエストのため先にギルドから出ることを伝えてから、依頼主の家へと向かって歩き出す。


「焼きルドーヌ……?」


 道中で見かけた屋台では“焼きルドーヌ”なるものを販売しており、その匂いときたら……


「焼きそばじゃないか!?」


(ヤバい……クエストよりも焼きルドーヌの方が気になる……)


 朝ご飯はちゃんと食べたのに、このソースの香りが僕の食欲を刺激していく。これから依頼主と会わなければならないのに、それを阻止しようとしてくるかのようだ。


「あ……あとで来よう……そう、お昼ご飯だ。お昼ご飯に焼きルドーヌを食べればいいんだ」


 僕はその場から逃げるかのようにして立ち去り、焼きルドーヌの誘惑を断ち切った。


 そう……断ち切ったはずだった。


 しかし、少し歩けば違う屋台から、また焼きルドーヌらしき香りが鼻腔を刺激する。


「な……何故だ……」


 これが神の試練と言うべきものなのだろうか……


 クエストと焼きルドーヌ……天秤にかけられたその2つは、やじろべえのようにユラユラと揺れている。


「くっ……」


 そして、天秤の釣り合い崩れクエストに傾いた時、僕は再び逃げるかのようにしてその場を駆け出す。だけど、息を吸う度に鼻腔を刺激するのは香ばしい焼きルドーヌの香り……


(どうしてここは、焼きルドーヌの屋台ばかりなんだよ!?)


 必死に誘惑を振り切って走り抜けた僕は、やがて依頼主の家に辿りつく。


「ついた……」


 それは、どこにでもある普通の一般家屋だった。その家屋に対して特に思うところのない僕は、今や焼きルドーヌの誘惑に勝ったという思いが、心の大部分を占めていた。


 そして僕は勝利の余韻から一呼吸置くと、ドアをノックした。


「だれですかー」


 ドアの向こう側から可愛らしい子供の声が聞こえてきたので、僕は冒険者であることとクエストを受けたことをドア越しに語る。


 すると、勢いよくドアが全開したかと思いきや、僕を見上げる小さな女の子が姿を現した。


(いきなりドアを全開にするなんて、いささか不用心過ぎじゃないかな)


「はじめまして。ミウはミウなの!」


「こんにちは。僕はさっきも言ったけど、Dランク冒険者をしているクキだよ。今回はペットの捜索依頼を受けてここに来たんだ。依頼主のパパかママはいるかな?」


「ママがいるー」


 そう答えたミウちゃんは僕を放置して、奥へと走り去ってしまった。犯罪を犯すつもりはないけど、僕を放置したままなんてやっぱり不用心過ぎないかな……


 やがてミウちゃんが元気な足音とともに姿を現すと、ミウちゃんの後ろでパタパタと追いかけてくる女性の姿が視界に入る。


「あの……どちら様でしょうか?」


「え……」


 ミウちゃん……もしかして、何も言わずにお母さんを連れてきちゃったの!? 普通、誰が来たかお母さんに言うよね?


 ミウちゃん……せめて、お母さんを呼ぶ時に僕のことを言って欲しかったな……


「クキー!」


 呆然とする僕と母親らしき女性をよそに、ミウちゃんが元気よく僕の名前を叫ぶ。しれっと呼び捨てにされているけど、別に小さな子の言うことにいちいち目くじらを立てるまでもないか。


 何はともあれ、気を取り直した僕は母親らしき女性に自己紹介をする。それに対して、相手の女性は何故僕がここにいるのかの得心がいったのか、笑みを浮かべて自己紹介を返してくれた。


 ちなみに僕のことを呼び捨てにしたミウちゃんに注意をしていたけど、僕は別にそのまま呼び捨てでも構わないことを告げた。


「それで……捜索するペットの特徴とか、いなくなった時の状況とかをお聞きしたいのですけど……」


「にゃーがいなくなったのー!」


「にゃ……にゃー……?」


 元気よく答えてくれるミウちゃんの言葉は、全てを理解するには中々難しいようだ。


 そして、僕がミウちゃんの言葉で混乱していると、お母さんが申し訳なさそうな笑みを浮かべて、ミウちゃんの言葉を通訳というかなんというか、お母さんの言葉で僕の知りたい情報を伝えてくれる。


「ペットというのは白い猫なんです。「にゃー」と鳴くから、ミウが“にゃー”って名前をつけてしまいまして――」


 お母さんからの正しい情報によると、家の小さな庭にたまに通りがかっていた野良猫を見つけたミウちゃんが、いつの間にか餌付けをしていてほぼ毎日顔を出すようになったらしい。


 それからは案の定というかなんというかお決まりパターンとなり、ミウちゃんが野良猫を飼いたいと言い出したんだそうだ。


 それから夫婦で話し合った結果、これもお決まりパターンで、ミウちゃんがちゃんとお世話をするなら飼ってもいいと伝えたそうだ。


 それから翌日になるとミウちゃんが家の中に野良猫を入れて、甲斐甲斐しくお世話をしていたみたいだ。その時に“にゃー”という名前も決まったらしい。


 そして、そのにゃーがいなくなったのが数日前で、その日は天気が良くて風通しを良くするために窓を開けていたらしい。


 いつの間にかいなくなっていたので、もしかしたら、窓からひょこっと外へ出かけたのかもしれないというのが、お母さんの推察らしい。


「わかりました。それではこの家を中心にして、少しずつ捜索範囲を広げてみたいと思います」


「お願いします」


「おねがいします!」


 それからお母さんやミウちゃんと別れた僕は、ケビンさんからのアドバイスで取得した【気配探知】のスキルを使用する。


 まずは半径50メートル位を目処に、じわじわと広げる感じでやってみよう。いきなり有効範囲全開でやると、気配が多くて頭痛や気分不良といったデメリットが酷いからな。


 そして僕は【気配探知】の範囲を少しずつ広げていき、予定の範囲まで広げたところでメイン通りではなく脇道を重点的に捜索を開始する。


 しばらく歩き続けることで脇道や裏通りなどは、メイン通りほど人気がないことがわかり、探知範囲を更に広げられそうだと感じた。


「これなら探知範囲を更に広げても大丈夫そうだな」


 それからまたじわじわと探知範囲を操作していく僕は、最終的には半径100メートル程まで広げるまでに至る。


 ここまで広げてしまうと重複する路地等が出てしまうので、捜索活動の時間も短縮することができるのだった。


 そして、再び歩き始めると屋根の上で日向ぼっこをしている猫を発見する。


「黒猫か……」


 どうやらその猫は庭に生えている木から屋根へと上がったようで、降りられなくなったということはなさそうだ。


「てゆーか、目の前にいるのに、何故か探知に引っかからない……幽霊……?」


 幽霊でないことは透き通っていないからハッキリとしているけど、さすがに猫が【気配隠蔽】のスキルを持っているとは思わないので、何故【気配探知】のスキルに引っかからないのか疑問が尽きない。


「うーん……こうなってくると、今まで捜索した範囲も見落としとかがありそう」


 こんなことは初めてだったので、僕は疑問を解決するにあたって、【気配探知】の参考書を【勉強道具】のスキルを使って手元に出した。


「なになに……【このシリーズを読めば将来安泰の斥候兵! 目指せ、エリート街道! 至れ、国の所属兵! ~ 気配探知編 ~】…………うさんくさっ!」


 如何にも書店で買って家で読んでみた途端、失敗談として語れそうなタイトルだったけど、スキルが出してくれた本なので、タイトルに関して含むところはあるものの、僕はそれを読み始める。


 この本によると、探知範囲というものはある程度の融通が効くことがわかった。


 その辺は僕も知っているので有効範囲の広さなどを変えてはいたけど、僕の知らなかったことは上下にも有効範囲の設定ができるということだ。


「目から鱗だな……」


 人として地に足をつけて生活している以上、立体的な動きをしない僕にとっては盲点となる内容となる。


 早速僕は探知範囲を50メートルまで狭めると、そこから上下にも50メートル伸ばすような感じで試してみる。イメージとしては球体型の探知範囲だ。


 この【気配探知】スキルの良い点は、微生物まで探知しないという点だろう。仮に微生物まで探知していたら、僕はこのスキルをゴミスキルとして認定していたかもしれない。


 僕がそう思ったのは、探知範囲を下に50メートル伸ばしてからだ。


 それによって目に見える生き物の例としてミミズなんかを探知していたら、そこら中で気配を察知してしまうから、目も当てられない状況に陥ってしまう。


 なんだかんだで【気配探知】の新しい活用方法を身につけた僕は、捜索を最初からやり直していくことになる。


「上は……鳥か……」


 僕は上にも探知範囲を伸ばしたおかげで、今まで探知していなかった鳥なども探知するようになっていた。その分、情報処理に頭を使わされることになったので、現段階でも結構いっぱいいっぱいだ。


 言うなれば頭の中で自分を中心に球体があって、気配探知に引っかかったマーカーがポツポツと高さを問わず点在している感じだ。


 これは慣れるまで、半径50メートルの球体範囲が限界だな。立体的になった分だけ、情報量が多すぎる。


 その後も捜索を続ける僕は、黒猫を見かけた時の気配を参考にして、それと似ている気配を猫とみなすようにした。


「所々で木の上や屋根にいるなぁ……結構見逃しが多かったみたいだ」


 しばらく捜索を続けた僕はお昼時となったので捜索は一旦切り上げ、気になり過ぎていた焼きルドーヌを食べるために、メイン通りに向かう。


 そして、何ヶ所もある屋台の中からどれにしようかと迷った結果、僕は端の屋台から制覇していこうと思い、今日のところは1番端にある屋台で焼きルドーヌを購入した。


 それから適当な位置で腰を落ち着かせて、待ちに待った焼きルドーヌを食べてみる。


「…………うまぁ……」


 元の世界とは多少違う味付けだけど、間違いなく焼きそばと言っていいほどの出来栄えだ。残念な点は箸で食べるのではなく、木製のフォークで食べている点だろう。


 どうやらこの容器もフォークもリサイクル品らしく、生活魔法の《クリーン》で再利用されるらしい。


 交易都市ソレイユで鍛錬していた頃は、ケビンさんから「魔物の返り血を落とすのに便利だから、覚えておいた方がいい」と言われて、僕は何気に生活魔法が使えたりする。


 それもあったためか、魔法で綺麗にした物が再利用されていることにそこまでの抵抗はないし、使用済みの食器類はその日のうちに再利用しないことも、僕としてはポイントが高い。


 さすがに他の人が食べたあとの汚れた食器類を目の前で綺麗にされたとしても、どことなく使いづらいところがあるからだ。


 ということで、焼きルドーヌを食べ終わった僕は、先程の屋台にまた足を運びおかわりを頼んだ。おじさんが新しい容器に盛り付けようとしたけど、僕は使っていた容器を出して、それに盛り付けてもらった。


 結局のところ、そのあともう1回だけおかわりしてしまい、僕はパンパンになったお腹をさすりながら、食休みを取らざるを得なくなってしまう。


 だが、後悔はない。僕は満足だ。


 しばらくして食休みを終えた僕は、捜索を再開させる。ミウちゃん家の周辺は午前中に終わらせているので、今度はそこから離れた場所になる。


「猫って1日でどのくらい歩くんだろう……?」


 猫の活動範囲がわからない僕は、皆目見当もつかない。


「元々は野良猫だからなぁ……猫の集会とか本とかで読んだ気はするけど、猫って話し合いをするもんなのか?」


 猫なんて飼ったことのない僕にはわからないことだらけなので、それだけで捜索は難航する。


「他の猫の縄張りとかもあるはずだから、そう遠くへは行っていないと思うんだけどなぁ……」


 宛が全くないので虱潰しに歩き回っていると、地中で猫らしき反応を探知する。


「え……虐待?」


 一瞬動物虐待が頭をよぎるが、その考えはすぐに打ち消される。その理由として、探知した猫らしき気配が移動をしているからだ。


「良かった……生き埋めにされたわけじゃないんだ……」


 ホッとした僕はとりあえず地中にいる猫らしきものが、どのようにして地中を移動しているのか気になり、その原因を探ることにした。


「移動できるってことは、貴族が逃げるための隠し通路とか?」


 地面の下を移動する手段として有り得そうなことを候補に上げてみるが、その案はありえないとしてすぐに棄却した。


 そもそも逃げるための隠し通路の出入口を、開放しているわけがないからだ。そんなことをしてしまえば、隠し通路ではなくなってしまう。


「……となると、下水道か……?」


 仮に下水道なら、猫1匹入るくらいの出入口はありそうだ。そうなってくると問題となるのは、僕が入れるような広さがあるのかどうかということになる。


 そのような予測を立てながら、僕は下水道の出入口を探すためにギルドへと足を進める。きっと、害獣駆除とかのクエストもあるから、ギルドは把握しているはずだ。


 それから到着したギルドの受付で理由を話して下水道の出入口を教えてもらえないかと尋ねると、害獣駆除のクエストがやっぱりあったみたいで、難なく出入口の場所を教えてもらうことができた。


 その時に僕はもののついでとして、害獣駆除のクエストも受けてから下水道に向かうことにした。


 そして向かった下水道の出入口にて、中に入ったのだけれど……


「くさっ!」


 とにかく中は臭くて僕は顔を顰めてしまう。色々なものが腐った結果で相乗効果を生み出しているような、何とも表現しがたい異臭だ。


「うわっ、あれってヘドロっぽい……」


 何やらドロッとしているような塊を見つけてしまい、僕はこのまま進むかどうか悩んでしまう。だけど、臭すぎるここで悩んでも仕方がないので、一旦外に出てから悩むことにした。


 それから悩むこと十数分……僕の出した結論は、臭いのなら臭くならないようにすればいいというものだ。


 そして、再び足を踏み入れた下水道で、僕は思いついた作戦を開始する。


「《ウインド》」


 僕がとった行動とは、風属性の魔法にて外から新鮮な風を吹き入れるというものだ。これで下水道にいながら、新鮮な空気を吸っていられる。


「《クリーン》」


 次に発動したのは、汚れを綺麗にしてしまう生活魔法だ。これによって、汚れている下水道の壁や水路を綺麗にしてしまえば、臭い匂いを嗅がなくても済む。


 これにより僕はこの2種類の魔法にて、下水道の中における快適感を手にすることができた。


 その後の僕は魔法を唱えつつ散策を始め、魔力が底をつきそうになったらマナポーションを飲んで回復し、奥へとどんどん突き進むのだった。


 しかし、途中途中で害獣を発見したので魔力を温存するために、本当は使いたくないけど、僕は愛刀の【蒼瀧】で害獣を斬り殺していく。


「ごめん、【蒼瀧】!」


 きっと、あとから《クリーン》をかけて綺麗にしてやれば、汚くはないはずだ。


 ちなみに害獣というのは、でっぷりと太っているネズミらしきものだ。大きさ的には尻尾を合わせると1メートルはありそうで、名前はファットラットと言うらしい。


 ちなみにギルドへ提出する討伐部位は、ひょろっと伸びている尻尾になる。尻尾は比較的スリムなのに、体はメタボリック……


 もうこれは、ネズミと言っていいのかどうかわからない。わからないが、ラットと言われている以上はネズミなんだろう。


 それからも僕は、太っているのに妙にすばしっこいファットラットに刀を振り下ろし、確実に息の根を止めていく。尻尾の回収も忘れない。


(このファットラットたちは、動けるデブということか……面倒な……)


 そのような感想を抱きつつも斬っては捨て、斬っては捨てと繰り返して奥へと進み続ける。当然のことながら、魔法で綺麗にしていくのも忘れていない。


 やがて僕の気配探知に、地上で把握した猫らしき反応が引っかかったので、足早に現場へと急行する。こんな不衛生なところにいたのでは、きっと弱っているに違いない。


 そして、僕が駆けつけた先では、予想通り弱っている猫を発見することができた。その猫はファットラットと戦ったりしたのか、所々怪我を負っている。


「いま回復するからな」


 弱っている猫を抱えた僕は、傷口から細菌感染とかの2次被害が出ないように《クリーン》をかけて綺麗にし、それから《ヒール》で回復させる。


 それにより、薄汚れていた猫は綺麗になって、真っ白な猫だということがわかった。


「お前は“にゃー”か?」


「にゃー」


「……猫だから“にゃー”って鳴くのは当たり前だよな」


 兎にも角にもミウちゃんに見せた方がわかるだろうと思い、僕は腕の中でじっとしている白猫を抱えたまま、来た道を戻り始める。


 下水道の中にはまだ害獣たちは残ってるし、汚いままの場所もあるけど、入り組んでいる下水道をくまなく掃除や討伐をするのは、他の人に任せることにして帰ることにしたのだ。


 やがて外に出て日差しを浴びると、僕はあまりの眩しさに目を細めてしまう。陽の光が届かない暗い下水道を、ランタンの光だけで歩き回っていた弊害かもしれない。


 どうやら白猫も同じようだ。目を瞑って眩しそうにしている。


「さて、君が“にゃー”だと依頼達成で助かるんだけどな」


「にゃー」


 僕の言葉がわかっているのかどうかはわからないけど、白猫が鳴いて返事をしたので、僕は笑みをこぼしてミウちゃんの家へと向かうのであった。


 そして、ミウちゃんの家に辿りついた僕は、白猫が“にゃー”なのかを確認してもらうことになる。


「にゃーなの!」


「にゃー」


 ミウちゃんが嬉しそうに満面の笑みで白猫をにゃーだと判断したけど、僕は間違いがないようにお母さんにも同じように確認してもらうと、救助した白猫はにゃーで間違いないことが判明したので、お母さんににゃーを渡す。


 それからはにゃーを見つけた場所や、その時の状況などを説明していき、僕は依頼書達成のサインをお母さんに書いてもらう。


「クキー、ミウのおかねなの」


 お母さんから依頼書を受け取った僕に、ミウちゃんが銅貨を3枚差し出してきたので、何事かと思いお母さんへ視線を向ける。


 その視線に気づいたお母さんは、困ったような笑みを浮かべると事情を説明してくれた。


「それはクエストの報酬金です。今回はクエスト発行の手数料を私が支払い、報酬金はミウが出すと言って聞かなかったものですから」


 どうやら報酬金がやたら少なかったのは、ミウちゃんが自分のお金を払うと言ったことに起因するらしい。


「ミウのおかね、ぜんぶあげるの」


「ん? 全部?」


 ミウちゃんの言葉尻をとった僕に、お母さんがまた説明をしてくれる。


 それによると、ミウちゃんが家のお手伝いを頑張って貯めたおこづかいが、銅貨3枚だということだ。


 つまり、クエストの報酬金はミウちゃんの全財産となる。さすがに小さな子が貯めた貴重なおこづかいを貰うわけにもいかず、僕は尤もらしい言葉でもって報酬金をお断りさせてもらう。


「にゃーがお腹を空かせていると思うから、そのお金でにゃーに何かを買って食べさせてあげて」


 多分、銅貨3枚だと大した物は買えないだろうけど、そこはお母さんが何とかフォローすると信じよう。


「これはクキのなの。おしごとをしたからあげないとダメなの」


 お手伝いをしてお母さんから報酬を得たからか、ミウちゃんは僕にも同じようにしようとする。だけど、更に僕は言葉巧みにミウちゃんを丸め込める。


「僕への報酬はにゃーが元気になることでいいよ。だからミウちゃんはにゃーのお世話をしっかりとやって、前みたいににゃーを元気にすることだよ」


 僕がそう言って笑みを向けると、ミウちゃんは首を傾げて聞き返してくる。


「クキはおかねいらないの?」


「そのお金はにゃーのために使ってあげて」


 そして、ようやく説得に応じてくれたミウちゃんは、もっとおこづかいを貯めてにゃーにいっぱいご飯を買うと豪語していた。


 それから僕は元気よく手を振るミウちゃんや、お淑やかに手を振るお母さんに別れを告げて、ギルドへと報告に向かうため足を進める。


 その後はペット捜索の依頼達成や、下水道に棲息する害獣駆除の討伐手続きを済ませた僕は、ミウちゃんの笑顔を思い出すと、いつもとは違う達成感を感じながら宿屋へと帰っていくのであった。

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