第17話 拝啓 新たな目的地に向けて、再出発することになりました

 ケビンさんから鍛え上げられてから1ヶ月後、僕がそこそこできるようになったとのことなので、鍛練が終了を迎えることとなった。


「あとは自主練だな。鍛え方はだいたいわかっただろ?」


「はい、ありがとうございます」


「本当だったらもう少し鍛えてダンジョンに連れて行きたかったが、俺もすることがあるから、あまりクキに構ってられないんだ」


「いえ、自分のスキルの使い方を教えて頂けただけでもありがたいのに、ドワンさんの刀の代金を稼ぐのもお手伝いして頂いて、更には刀の扱い方を実践するためのお相手までして頂き、ケビンさんには感謝しかありません」


「やっぱり刀は日本の魂だよな。同志が増えて俺は嬉しいぞ」


「そうですよね! ケビンさんの刀も相当カッコイイですけど、俺の刀もかなりカッコイイです!」


「【蒼瀧そうりゅう】だったか? カッコイイ名前だよな。鞘は蒼く染め上げられてるし、刃紋は力強さを感じる大乱沸崩れときてる」


「この昇り龍の地肉彫りなんて最高ですよ! 切っ先に向かってまさに昇っていく感じが――」


 僕がドワンに頼んだ昇り龍の地肉彫りは見事な出来映えで、鍛練途中に話を聞いたケビンさんが僕に自主練を言いつけると、急いでドワンに東洋龍のイラストを描いた物を渡したのだった。


 恐らくケビンさんがイラストを描かなければ、異世界刀に西洋龍が彫られてしまっていたことは間違いない。そのようなことを僕は後から聞かされて、自分の失敗に気づいたのだった。


 それからケビンさんがサイモンさんたちを強制転移させたら、1ヶ月ぶりの合流を果たしたのだが4人とも死んだ魚のような目をしていた。


(ダンジョンでいったい何があったんだろう……)


 あまりの変わりようを見た僕がサイモンさんたちのことを心配しているのをよそに、ケビンさんはサイモンさんたちに話しかける。


「100階層まで行けなかったみたいだな」


「無理だろ……」

「無茶言うな……」

「ゴロゴロが……」

「幻聴が聞こえる……」


「で、結局のところ何階層まで行けたんだ?」


「61だ……」


「少なっ!」


 サイモンさんたちが61階層まで行っているというのに、ケビンさんが「少ない」という感想を抱いたことに対して、サイモンさんたちから抗議の声が上がる。


「仕方ねぇだろ! こちとら40階層までしか踏破してなかったんだぞ!」

「鉄球のトラップが邪魔なんだよ! 何だ、あのいやらしいトラップ配置は! ダンジョンの悪意を感じるぞ!」

「鉄球から逃げ回ってた記憶しかほとんどないわよ!」

「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」


 若干1名、マルシアさんのことだが後遺症のようなものを抱え込んでいる雰囲気だ。大丈夫なんだろうか。さっきから同じ言葉しか言っていないような気がする。


 そのような状況下でもケビンさんは平常運転のようで、僕たちに別れを告げてくる。


「今の時期からセレスティア皇国へ行くのか……」

「クソ暑いぞ」

「水分補給をしっかりね」

「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」


 その時に僕はクラスメイトのことが気になり、ケビンにその処遇を問いかける。


「ケビンさん、勇者に会ったら殺すのですか?」


「いや、殺さない。まだ俺に喧嘩を売ってきてないだろ? 売ってきた喧嘩の程度にもよるが、軽めのものならボコって終わりだ。俺の国民に手を出したら地獄を見てもらう」


「日本人なので人を傷つけるようなことはできないと思います」


 そのような僕の価値観に基づく楽観視に対して、ケビンさんがそうでもないと伝えてきた。


「考えが甘いぞ、クキ。高校生が異世界転移をして力を得たら、だいたいはヒャッハーするだろ? 科学的根拠のない異世界ファンタジーだぞ。羽目を外さないとは限らない」


「それでも……」


 それでも僕はクラスメイトたちが、現地人に対して何かしらの危害を加えるとは信じられない。だけどケビンさんは、そのような甘い考えを打ち消してくる。


「クキ、転移後に他の者たちは奴隷を宛てがわれたんだろ? 男が女の奴隷を宛てがわれ自由にしていいと言われて、そいつらが手を出さないと思うか? 小心者は別として」


 ケビンさんの言葉を聞いた僕は、その返答に詰まってしまう。


「日本でも100%安全じゃなかったろ? 毎日じゃなくとも必ずどこかで事件は起きてた。そして、その世界から法の縛りが日本とは違う異世界に来たんだ。強い力を得て不遜になる奴もきっと出てくる。まさにチートで俺TUEEEEだ」


「結構詳しいんですね、ケビンさん……」


 結構シリアスな話をしていたと思うのだけど、ケビンさんの口から「チートで俺TUEEEE」なんて言葉が出てくるとは思わずに、僕はそっちの方が気になって仕方がない。


「オタクは文化だ。市場を支える縁の下の力持ちだ。後ろ指をさされていい存在なわけがない!」


 ガシッと拳を握りしめて力説するケビンさんに対して、僕は若干引いてしまう。もしかしてケビンさんは、にのまえ君たちみたいにオタクだったのだろうか。


 そのような会話が繰り広げられながらも、ケビンさんは言いたいことを言い終えると、再度別れの挨拶をしてから皇都セレスティアへ向けて出発するのであった。


「よし、俺たちも行くか!」


 オリバーさんがあからさまに声を上げたら、サイモンさんやミミルさんは頷いて同意を示していたけど、マルシアさんは未だブツブツと呟いている。


「サイモンさん、マルシアさんがおかしいのは放っておくんですか?」


「あぁぁ……そのうち元に戻るだろ」


 そう言うサイモンさんは、ブツブツと呟いているマルシアさんの手を握る。言葉は素っ気なかったけど、やっぱり心配なのかもしれない。


 マルシアさんの件もサイモンさんが面倒を見るということで片付いてしまうと、僕たちは次の目的地へ向けて出発する。


「とりあえず、次はミヤジノフを目指して歩くか」


 オリバーさんが次の目的地のことを口にしたら、マルシアさんの手を引くサイモンさんがそれに反応を示した。


「おっ、焼きルドーヌか!」


 なにやら僕のよくわからない話題で盛り上がりを見せるオリバーさんとサイモンさんだが、何やら味付けがどうのこうの言っているので、きっと食べ物のことなのだろう。


 そのような2人をよそに、ミミルさんが僕の刀について話しかけてきた。


「さっきから気になってはいたけど、それがクキ君の新しい武器なのよね?」


「はい、名前は【蒼瀧そうりゅう】って言います」


「ふーん……ちょっと見せてもらっていい?」


 特に減るもんでもないと思っている僕は、ミミルさんに腰から外した【蒼瀧そうりゅう】を手渡す。


 それを受け取ったミミルさんは、刀を鞘から出すと感嘆の声を上げた。


 そして、僕とミミルさんが武器の話をしているのを耳で拾ったのか、オリバーさんやサイモンさんまで寄ってくる。サイモンが寄ってくるので、必然的に手を繋がれているマルシアさんも寄ってくることになるのだが。


「それがクキの新しい武器か」


「すげぇ斬れそうな雰囲気だな」


「鞘がとても綺麗だけど、刀の刀身もとても綺麗よね」


「ゴロゴロ……ゴ……き、綺麗……」


 ここにきて、マルシアさんが正気を取り戻したらしい。芸術品と言っても過言ではないドワンさんの一品物は、マルシアさんの状態回復に貢献したようである。


「もう試し斬りはしてあるのか?」


 オリバーさんがそう質問してくるので、僕はケビンさんたちとの鍛錬で既に終えていることを伝えた。


「ということは、慣らしが終わってんなら、その斬れ味を俺たちにも見せてもらおうぜ」


 たらい回しにされていた僕の刀がサイモンさんの手から戻ってくると、そのようなことを言われたために、僕はきなおした愛刀の斬れ味をお披露目することになる。


「よし、いっちょ適当な魔物でも見つけて、クキの成長ぶりを確かめるとするか」


 それからオリバーさんの号令によって、街道を進んでいた僕たちは少し街道から外れて歩いていく。


 僕はケビンさんからの指示によって、既に【気配探知】や【魔力探知】といった探知系のスキルを身につけていたので、そのスキルのレベル上げのためにも、ずっと展開したままなのだ。


 ケビンさん曰く、街中でない限りは使用して、魔物の警戒に当たるように言われていたからだ。そうすることによって、不意打ちとかの奇襲にも対処できるのだとか。


 ただし、相手の隠蔽系スキルが、自分の探知系スキルより上だと効果がないとも言われた。それを防ぐためにも、身の危険があるところでは使い続けて、早々にスキルのレベル上げをした方がいいらしい。


 ちなみに、スキルのレベル上げのために、街中でも使った方がいいのではと尋ねてみたところ、街中だと人が多すぎて頭の処理が追いつかず、下手すれば激しい頭痛に見舞われると忠告された。


 その時は百分一見にしかずということで、ケビンさんに言われるがまま街中で気配探知を使うと、周りにいるであろう人々の気配が一気に頭の中に押し寄せてきて、聞いていた通りの激しい頭痛に見舞われたのだった。


 その頭痛は、ケビンさんがすぐに魔法をかけて治してくれたけど。


 その多い情報量に関しても、ケビンさんが言うには慣れれば探知範囲の調整や、指向性を持たせて気配を除外する範囲などの調整ができるようになるとのことだったが、こればかりは使い込んで慣れていくしかないと助言を貰った。


 確かに僕の【勉強道具】で出した本にも、スキル熟練度というものは、簡単に上げられるような方法は書いておらず、書いてあったのは『千里の道も一歩から』というありふれたものだった。


 早い話が、手抜きして一気に強くなれるということはないらしい。


 兎にも角にも、僕の探知系スキルよりも、オリバーさんたちの探知系スキルの方が当然レベルも上であり、僕が探知するよりも早く敵の位置がわかってしまうのだった。


 そして、視界内に入ってきた獲物はゴブリンのようで、斬れ味を見てもらうには少々どころか、全然物足りない獲物である。


「安物の剣でも斬れるしなぁ」

「街道近くだとこんなもんか」

「こればっかりは仕方がないわよ」

「そのうち手強い魔物が出てくることに期待しましょ」


 オリバーさんたちのガックリとした雰囲気の中で、相手がゴブリンということもあってか僕は1人で戦うのだけれど、呆気なく戦闘は終わってしまう。


「はぁぁ.......仕方がない。次だ、次」

「身のこなし方が以前よりも上がっているのがわかっただけでも、良しとしようぜ」

「確かに、動きはもう上級者の仲間入りね」

「これならクエストさえこなしていけば、簡単にBランクまでは上がれるんじゃない?」


「ありがとうございます」


 こうして僕は修行の成果をオリバーさんたちに褒められて、ミヤジノフへの旅路を続けるのであった。

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