第26話delusion

眼鏡をかけても レーシック手術を受けても

一寸先が見えない僕らは近視眼

前に進むときはいつだって闇の中を手探りを進むようで

毎日祈るように心に松明を焚いている


ただ一つ僕らが知りうる未来の結末が

死だけだなんて頭がおかしくなる

それはきっと先の世界から飛んできた黒いカラスが告げる不吉なニュース

怪しく黒く光る二つの嘴に挟まれた何かを私はひどく恐れ目を逸らす


与えられた生が罪の償いのためにあるように思える日だって時々はあるんだ

キリスト教徒がいうように

僕らは楽園を追い出され原罪を今も償っているのかもしれない

そんな色眼鏡をかけて世界を見渡すと

この水色の美しい地球も薄暗く狭い監獄のように見えて

僕を取り巻く人間関係は蜘蛛の巣のように見える

僕はそれに絡めとられた愚かな蛾か何かだ


苦労して手に入れた力や技術もやがては老いとともに失われていく

美しい者も醜い者も白骨化すればその見た目に大差はない

愛する人達もいつかはこの世を去るのだ 耐え難い苦しみと共に

結局のところ僕らは苦しみに苛まれる

普段はそんな剝き出しの現実からは無意識に目を背けている

好きなブランドの新作に心躍り 週末を誰と過ごすか考える

同僚の出世に嫉妬し 婚期を逃した女性は焦りだす

僕らはこんな風に一喜一憂して

それから目を背けている

僕はそれこそが人生で何も悪くないと思う

だが誰もが一度偽りのVRゴーグルを外してこの世界のあるがままを見るべきだ

僕もあなたも一度だけ


VRゴーグルを取ると

命が生まれては消え 世界はひと時もその形を留めず変わり続ける

あなたも僕も大きな生命活動の一部で

僕らの体を構成する細胞の天の川銀河の中でそれぞれの役割を果たしている

ありのままの世界に星はあっても幸福は存在しない

それは木登りが下手な妄想癖の類人猿が作った一つの妄想だから

反対にこの世界に不幸もない

だからこの世に幸福な人も不幸な人も存在しない

類人猿が胸を叩いてただマウントを取り合ってるだけなんだ

目に見えなくてもCO2は存在するけど

罪なんてこの世界に存在しない

賢ぶった恥ずかしがりな猿が勝手に羞恥心を抱いただけなんだ


先の世界から不吉なニュースを告げるカラスなんか存在しない

巣作りを急ぐカラスが嘴に木の枝を挟んで

ただ僕の目の前を飛んでいっただけ

生の意味も死の意味も僕には知る由もない

僕は群れからはぐれた変わり者の類人猿に過ぎないのだから




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