第46話 エピローグ代わりの後日談2

 夢中になって執筆をしていると、いつの間にかギルフォードが部屋へと入ってきていた。


「フュー、少しは休まないと。体を壊してしまうよ」


 机の上には清書の原稿の他にも書き損じの紙が少し乱雑に散らばってる。


「うーん……あと、少しだけ」

 フューレアが顔を上に上げると、口付けが降ってきた。


「その台詞、昨日も聞いたよ。こんを詰めたら駄目。休憩」

「いまノッているの。あと、ちょっとだけ。切りのいいところまで」


 むぅっと唇を尖らせるとギルフォードは「仕方がないな」とフューレアの頭をやさしく撫でてから退散をした。


 手のひらの温もりがじわじわと頭の中へ染み込んでいく。

 たしかに最近ちょっと頑張り過ぎた。エルセが旅立ってしまい、とても寂しくて原稿に逃避をしていたのは否めない。


 季節は秋へと移っていた。

 今春にロルテームに帰国をして、それから。


 フューレアは原稿に目を落とした。書きたいところまで書いてしまわないと。


 カリカリとペンを走らせる。昨日頭の中で考えをまとめたところまで書いてしまって、フューレアはうーんと伸びをした。首を横に曲げると音がした。かなり肩が凝っている。


 フューレアが夫婦の居間へ行くと、ギルフォードが本を読んでいた。


「終わった?」

「ええ」

「ずっと放っておかれたから寂しかった」

「ずっとじゃないと思うけど」

「おいで」


 ギルフォードが微笑みフューレアに向けて両手を広げた。

 フューレアは胸がいっぱいになってその中に飛び込む。夫の腕の中は心が安らぐ大好きな場所。ギルフォードの膝の上にちょこんと座ると、ぎゅっと抱きしめられた。


 最初はとってもドキドキして心臓が壊れてしまうかと思ったのに、今はドキドキもするけれど安心感の方が強い。ここが変わらずフューレアの居場所だとわかるから、息をするのがとても楽な場所なのだ。


「わたしの手記ね、好調なのですって。このままでいくと、旅行記もそのまま連載できそうよ」


 そのことを聞いたのはつい最近。元姫君の冒険譚に興味津々らしく、連載の評判もよいためこのまま十七歳になって旅立ったあとのことまで書いてもいいということになった。


 とはいえ、二年分を書くと中だるみが生じるからとか言って、厳選エピソードのみの連載になりそうだが。


「おめでとう。夢がかなったね」

「ありがとう。これくらい派手にすれば、まかり間違ってもリューベルン連邦の王族たちに利用されないと思うのよ」


 どうせ居場所を公表するのなら派手に目立ってしまおうと思った。

 開き直りとも言うけれど、国を出て元気に暮らしていますと故郷の人たちにも知ってもらいたかった。悲劇の元姫君とは思ってほしくなかったのだ。


「そんなこと、私が絶対にさせない」

「たぶん大丈夫。リューベルン連邦の皇帝陛下ときちんと約束を交わしたわけだし。わたしはもうフューレア・レーヴェンだもの」


 正式にフィウアレア・モルテゲルニーとしてロルテームへ亡命を果たしたわけだけれど、フューレアという名前にも愛着ある。だからこれからもフューレアという名前を使うことにした。


 フューレアの発表した手記は大反響で、身辺も色々と変化した。


 というのも、元姫君と分かった途端にフューレアと仲良くしようとする人々が大挙としてレーヴェン公爵家に繋ぎをとってきたからだ。生まれも知れぬ養女が次期公爵夫人などと、とフューレアを軽視していた人々が手のひらを返すさまはなかなかにうすら寒いものがあった。


 貴族の妻としてのお付き合いも今後の仕事の一つだが、フューレアは物書き業が忙しくて屋敷に籠る日々を過ごしている。


「キールシュ氏からも手紙が来たよ。どうやらエデュアルト・ヘームストはしばらくの間牢に入るみたいだよ」

「そう」


 ロルテームでそれなりに暴れたエデュアルトはカールによって引っ立てられ、リューベルン連邦内で刑に処されたとのことだ。


「そういえば、旅行記のあとは、ギルフォードとのロマンスをたっぷり書いてください、なんて言われてけれど……これはわたしたち二人だけの秘密ってことでお断りしようと思うの」


 さすがに新聞で二人のなれそめを書くのは恥ずかしい。

 フューレアは恋愛小説家には向いていないと思う。


「そう? 私はきみが紙面で盛大に惚気てくれるのを楽しみにしているよ」

「んもう。あなたレーヴェン家の嫡男なのよ。そういうのは、硬派じゃないわ」


「フューとのことなら、盛大に惚気たい気分なんだ」

「そういうの、新婚ハイって言うのよ」


「いいね。新婚の気分を忘れないよう、いつでも二人で仲良くしようね」


 仲の良い夫婦が理想のフューレアには嬉しい言葉なのだが、なにか妙な迫力もあって素直に頷くとあとが大変そうな気がするのは気のせいだろうか。


 現に今も背中に回す腕の力がぎゅっとなった気がする。

 フューレアは話を変えることにした。


「そうそう、わたしの手記書き溜まったら出版されるのだそうよ。それでね、わたし考えたのだけれど印税はリューベルン連邦の孤児たちのために使ってもらうと思うの」


「いい考えだね」

「その件で本当のお父様にも相談をしようと思って」


 名前を取り戻したフューレアは今後、本当の父とも何の制約もなく連絡を取ることが出来る。先だって手紙が届いてとても嬉しかった。結婚おめでとうと書かれてあって、思わず涙ぐんだ。


「来春には会えるのか。事後承諾になってしまうけれど、フューレアとの結婚を認めてもらわないとね」

「娘さんを私に下さいって?」


 もう手紙で認めてもらっているはずだけれど、物語の中にある恋人の男性お決まりの台詞を口にしてみる。


「そう」

「隣のわたしまでドキドキしそうよ」


 フューレアはぎゅぅっとギルフォードに抱き着いた。

 こんな未来想像もしていなかった。


 本当の父であるフィウレオ・モルテゲルニー公爵が来春ロルテームへ来訪する。

フューレアが(公式的には)見つかったということで、ゲルニー公国とは関係のない公爵の個人の資産を譲渡したいと手紙が来たのだ。手紙には母の愛用の品なども渡したいと書いてあった。もう二度と会えないと思っていた父からの手紙にフューレアは泣いてしまった。


 人生なにが起こるかわからない。

 この言葉が何よりも似合う、怒涛の半年間だった。

 短い間にフューレアの運命は大きく変わった。


「さあ。張り切って執筆をしないとね」


 フューレアは勢いよくギルフォードの膝の上から降りた。

 旅行記にたどり着くにはまだ書かねばならないことがあるわけだし。やはり筆が乗っているうちに書いておきたい。

 フューレアは休憩を終えて急ぎ自分の部屋へと戻った。





 一方のギルフォードといえば。

 これからフューレアと存分にいちゃいちゃする予定だったのに、逃げられてしまった。


「まったく。きみは昔から私を焦らす才能に溢れすぎだよ」


 嘆息とともに吐き出して、ギルフォードはやれやれと頭を掻いた。


 けれども、フューレアの鈍いところも純粋なところもギルフォードは愛してやまないのだ。やっとの思いで手に入れた愛らしい妻に、今日も放っておかれて内心寂しくはあるけれど。


 それでも彼女は手の届くところにいる。己の隣を安息の地と定めてくれた。


「もう、離さないよ。フュー」

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