第36話 エピローグ②
物静かな部屋に集まったのはディアードの面々だった。
静かな微笑を浮かべながらリンゴの皮を剥いていくのはナーシャだ。
ルイスは大きく「くあぁ」と口を開けて、だらしない欠伸をした。
そんななかで、シュゼットが自身の持っていた紙の束に目を落とす。
「エリクさんの活躍もあり、今回ドルゴ村への被害はゼロ。それどころか、主戦場であったラクス平原では一つも衝突はありませんでした」
淡々と呟くシュゼットに、俺はふと疑問が浮かんだ。
「一つも……? 魔力による魔法合戦すらなかったってことか……?」
いかに魔王軍側の準備不足だったとは言え、本来はフラン師団長がケルベロス隊を率いて、派手な魔法合戦を繰り広げる陽動作戦だったはずだ。
なのに、それさえもなかったってのは違和感しかない。
そんな俺に、ナーシャは言う。
「あの時……私たちが魔法を打とうとする前に、魔王軍側の……フラン師団長という方が単身でこちらにやって来たんです」
「フラン師団長が!?」
「はい。私たちがあの場所を陽動箇所としていたのを、魔王軍サイドも知っていたので……。そして、魔王軍サイドもラクス平原はただの陽動でしかなかったので、戦の行方であるドルゴ村周辺に全てを託して、一時的な休戦交渉を成立させたんです」
ナーシャがリンゴをウサギ型に切りそろえて皿に置くのと同時に、シュゼットがジト目で俺を見る。
「誰かさんが、こちらの情報をダダ漏れにしていましたからね。本来ならば酷い懲罰ものですが、ガルマが何とか調整したみたいですね。随分苦戦したみたいですが」
ガルマは既に、数日前にここオーデルナイツを去り、数々の私兵と冒険者パーティーを従えてクシオール王国へと戻っていた。
シュゼットは続ける。
「今回、エリクさんのしたことの多くは不問になるそうです。ギルドクラウディアの取り潰しも中止、ドルゴ村での戦闘に関わった彼の私兵や私たちへは箝口令も敷かれていますし……。後は――」
そう言って、シュゼットは赤縁眼鏡をクイと掲げて、扉の近くを見る。
そこには、いかにもダルそうに地面にへこたれるキャロルの姿があった。
深紅のロングストレートがだらりと床に垂れる。
「ただでさえ吸血鬼って族柄、日中は走り回れないってのによくもまぁこうまで私をこき使うわね……! もちろん、私たちとて特に外部に漏らすメリットもないわ。態勢を見れば、今回は
そう言えば……。魔王軍は、上層部からとにかく勇者軍の進軍を食い止めるように、ってことだったな。
それを見れば、今回はギリギリ魔王軍の方に軍配が上がったということか。
「それと、エリクちゃんにはフラン師団長直々に辞令が下りてるわ」
「……師団長から?」
「『今回の一戦、エリク・アデル大隊長の活躍は目を見張るものである。引き続き、勇者パーティーへの潜入任務に従事せよ。追伸:たまには連絡寄越しなさい。それまでは、ゆっくり休んでていいわよ』ってね」
ため息を付きながら、キャロルは床の上にへたりと顎をつけて倒れ込む。
「フラン師団長、最初から全部お見通しだったみたい。私、バカみたい」
「……ホントな」
フラン師団長が、ディアードの面々に接触したのも、俺が既に
それだと、ディアードがドルゴ村に急行出来たことも説明がつく。
俺の立場を理解しつつ、戦争全体の流れもコントロールしたフラン師団長に、俺は一生頭が上がらないな……。
「でも、良かったね、エリクちゃん。私は、精神的な苦痛までは回復出来ないもん。魔王軍の事務所で憔悴しきってるのを見てきた同僚として、良かったと思う。だから、勇者パーティー。エリクちゃんを、よろしくね。私は……師団長にこき使われ続けたから、しばらくここで休ませて貰うねぇ……」
そう言って、少し前までガルマの寝ていたベッドにもぞもぞと入っていくキャロル。
「では、私たちもそろそろ帰るとしますか。また、クラウディアでダリアさんが待っていますから」
「ん? 話終わったか……ふぁ~……。ま、エリクも元まで回復したことだし、帰ろうぜ。アタシは腹減って腹減って仕方ねぇや」
「る、ルイスはいつもそれですね……。第一、ルイスがバカみたいに暴れ回ったせいでドルゴ村前の一本道の補修作業が滞ったんですからね……!?」
わなわなと打ち震えるシュゼットだったが、ルイスは大きく伸びをして扉の前に立つ。
俺もそれにならうように、ナーシャに身体を支えられながら起き上がった。
「ん」
ふと、隣の布団から細い腕が見えた。
ふりふりと、キャロルはこちらに手を振っていた。
「キャロルも、ありがとな」
俺の言葉に、キャロルはしゅっと手を布団の中に入れてもごもごと動き出していた。
こうして、第二次魔王軍攻勢は終わった。
俺たちディアードのパーティーが最終目的としていた、ドルゴ村を傷つけないという一点を守れたのは、俺たちにとっては完全勝利に違いはない。
フラン師団長のお許しも頂いたことだし、当面、俺はこのパーティーに尽くそうと強く誓った。
オーデルナイツの街並みは、以前と変わらぬ雰囲気を取り戻していた。
「これでまた、本当の『ディアード』が戻ってきましたね! また、ダリアさんに頼んでたくさんの依頼を持ってきて貰わなくては!」
「つっても、オーデルナイツ今それどころじゃないんじゃねーのか? まぁ、リーダーがやるってんならアタシらも全力で付いていくけどな」
「アナスタシアのことですから、帰ったらすぐに依頼紙持ってきたり……」
「ダリアさんにも、随分迷惑かけただろうし、帰ったらちゃんと謝らないと……」
四人が、思い思いに言葉を紡いで、ギルドクラウディアの扉を開く。
そこには、笑顔で俺たちの帰りを待ってくれていたダリアさんの姿があった。
「帰ってきたね。さっそくで悪いんだけど、ウチにまた一つ依頼がやって来ちまってね。少し休んでからで良いから、お願いできるかい?」
ダリアさんの言葉に、いの一番に反応したのはナーシャだった。
笑顔で、はっきりと告げる。
「いえ、今すぐに行きましょう! 困った方々の為に、急いで行かなければなりません!」
「な、ナーシャ……マジかよ……アタシ腹減ったんだけど……」
「アナスタシア。落ち着きましょう……。私も、大事が終わってようやく胃が痛くなってきたんですけど――」
ウチの大将は、無尽蔵の体力で他人に尽くしていくらしいが――。
「了解。ダリアさん、受注書見せて下さいよ」
そんな大将の元で働けるのも、存外悪くないものだ。
そう、強く思ったのだった。
Q.もしブラック企業(魔王軍)でこき使われていた次期魔王候補の俺が、勇者パーティー(ホワイト企業)にスカウトされたら? 榊原モンショー@転生エルフ12/23発売 @Baramonsyo
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