14-1(46)
〈プッシュ!〉〈ゴク〉〈ゴク〉〈ゴク〉……
帰宅後僕は真っ先に冷蔵庫の扉を開けその場で缶ビールを一気に半分ほど
飲み干した。
僕は更にもう一缶ビールを小脇に挟み扉を閉めるとキッチンテーブルにある
スナック菓子2袋を指先で器用に挟みリビングへと向かった。
強迫性障害の症状がかなり軽減された僕はビールを飲み終えた後ようやく
洗面所へ向かい石けんで丁寧に両手をもみ洗いした。
そして再びリビングに戻った僕は更もう一缶ビールを開けるとそのまま本棚
に向かい扉をゆっくりスライドさせた。
「……やっぱりないか、当然だよな」
本棚の小さなスペースには以前ナオミから貰ったタバコの吸い殻が入った
小さなビニール袋が置かれていたが当然ながらその存在自体が消えていた。
加えて以前ナオミに貸し出したキャメル色のダッフルコートもしっかりと
ハンガーに吊るされていた。
僕は念のためパソコンを立ち上げ、スタートボタンをクリックしメモ帳内
にあるファイルを開いてみた。
だが処女作と恋愛小説のタイトル以外見当たらず当然その続編らしき
ドキュメントは存在しなかった。
やはりあの事故以降の出来事はリアルではなく全て僕の妄想だったのか。
僕は机に置かれたアコヤ貝の破片を見つめ一連の経緯を少し冷静に考え
僕なりに結論付けた。
もしかすると本当にナオミの世界は存在しているのかもしれない。
何らかの方法で事故の情報を入手したナオミは暴走車から僕を守ろうと
したが結果救いきれなかった。
意識が戻らない僕を助けようにもキャストである以上彼女には限界がある。
ナオミにとって作家の僕との接触はタブーでもあるし、いつ消えるかも
分からない。
だからナオミは突如僕の前に現れ続編を執筆するよう強要したんだ。
そして彼女は僕の意識が回復するまで献身的に寄り添ってくれていた……。
――パソコン画面をゆっくり閉じ僕は息を一つ吐いた。
僕は彼女の底知れない愛情深さと共にもう一つ人生のヒントのようなもの
を得た気がする。
以前のようにどうにもならないほど辛い状況に陥った時、追い詰められ死
を選択するのではなくナオミの世界のようにその役柄を演じ切ろうと思う。
流れに任せ最後まで演じ切ればいずれ幕が下り、再び上がると拍手喝采の
カーテンコールを体験出来るかもしれないのだから。
確かにナオミの世界と比べ物語のサイクルが多少長く感じるかもしれない
がそれは僕の物差しでそう感じるだけで違う世界のキャストからすれば案外
短いのかもしれない。
逆に精神が回復している状態であればシナリオなんて気にせずアドリブを
利かせ思いのまま行動し楽しもうと思う。
そうだよね。上手く使い分ければいいんだ。演技次第では思いもよらない
奇跡が起きて突如脚本変更なんて事があるかもしれないし。
そうそう、ナオミにお礼言わないとな~
それと小説も海のシーンのままだし~
あと、僕の病気が酷くなったらナオミがそばにいてくれないと困るしな~
あとそれから……
「ふふっ!」
ごたくを並べるのはもう止めた。
ただナオミに会いたい、それだけでいいよね。よ~し!
〈カチ!〉〈カチ!〉〈カチ!〉〈カチ!〉……
僕は早速新たな人生を再開すべく執筆活動を始めた。
【今、こうしてナオミを目の前にして思う事、もしこれが現実ならば僕は
もう何も望まない。このままゆっくり穏やかな時の流れに身を任せていたい】
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主演 脚本 監督 田町レン
【終わり】
劇作家・田町レン リノ バークレー @rinoberkeley
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