13-1(45)
――コンビニ店内にて――
「どうしたの? 長澤さん。バイト上がりなのにそんな浮かない顔して」
「あっ、店長、実はこれから麻美と映画の予定だったのに麻美が寝坊
しちゃって」と彼女はスマホをいじりながら深いため息を吐いた。
「まぁ、それぐらいいいじゃない。映画の時間ずらせばさっ」
「それが…… ほら、やっぱり。次の上映時間は18時なんですよ。あと
6時間もあるよ~」と渋い表情で彼女は店長にスマホ画面を向けた。
「じゃ~ もし良かったらバックヤードの休憩室で時間潰しなよ。テレビ
もあるし後でお弁当差し入れしてあげるよ」
「えっ、いいんですか?」
「いいよ。どうせ僕は今日ずっとレジ打ちだからさ」と店長はエプロン
の紐をほどきながらレジへと向かった。
「ありがとうございます! お言葉に甘えて使わせていただきま―す!」
と笑顔の彼女は一瞬のうちにバックヤードへと消えてしまった。
長澤はソファーに勢いよく腰を下ろしリモコンでテレビを付けると
バッグからスナック菓子を取り出し無心に頬張り出した。
「何だか最近のテレビってつまんないな~ あっ、そうだ。麻美にメール
しなきゃ」
『……お店の休憩室で待ってるね』
「これでよし!」
「何だかつまんないな~」と立ち上った彼女はふとテレビ横の本棚に目を
向けた。
(へぇ~ 店長って意外と読書家なんだ。あれ、コレ何だろ?)と彼女は
思わず本と本に挟まれたコピー用紙の束を抜き取った。
〈パラ!〉〈パラ!〉〈パラ!〉……
(これって小説? だよね。誰の小説だろ?)
〈パサッ!〉これって店長? まさかこれ店長が書いたって事。
〈ガチャ!〉
〈キィ――ッ〉
「あっ、店長!」と彼女は反射的に小説を隠すような仕草を見せた。
「長澤さん、どうしたのそんなに焦って?」
「店長、ごめんなさい」「たまたま目に付いたんでつい」とコピー用紙の束を
店長に差し出した。
「な~んだ、小説か。そんなの気にしなくていいよ。別に隠してたワケじゃ
ないしね。それにしても懐かしいな~」と無造作にパラパラめくり始めた。
「店長が小説書いてたなんて見た目からちょっと想像出来ないんですけど」
「失礼な事言うなよな。これでも僕、学生時代から暇を見つけては執筆して
たんだよ」と彼はお弁当を彼女に手渡した。
「ありがとうございます! ところでこの小説ってどんな内容なんですか?」
「どんな内容? 一応恋愛ものかな」
「店長が恋愛? ちょっと内容教えてくださいよ~」
「主人公の男性がね、ある日突然スピリチュアルに目覚めて小説を書き始める
んだ。で、色んな経緯があって恋愛小説に挑戦することになるんだけど、
なんと彼、小説内の女性に本気で恋してしまうんだわ」
「店長、それってかなりヤバくないですか? 私ドン引きなんですけど」
「ははっ、まぁ普通そうだよね」
「それでその男性は?」
「彼としては当然そのまま彼女との愛を育み続けたかったんだけど、当時
執筆アドバイスを貰ってた編集部の人間から売れたいなら見せ場作れって
言われてその男性はしぶしぶ路線変更することになってね……」
「路線変更って? 何か2人に不幸が襲いかかるとか」
「そう、彼は彼女を不治の病に侵される設定に切り替えたんだ」
「まぁ、よくある話ですよね。で、その後どうなったんですか?」
「結局、彼の懸命なる看病虚しく彼女はこの世を去るんだけどさ、数ヶ月後に
彼の小説を原作とした映画化の話が舞い込むのよ~ 凄くない?」
「その展開あり得なくないですか?」
「確かにちょっと現実的じゃないかもね。で、彼は彼女を自らの手で死に
追いやったと自責の念に囚われうつ状態になるんだけどさ」
「まぁ分からなくもないですけどね。でもやっぱり私は共感出来ないな~
それでその後男性はどうなったんですか?」
「酷く落ち込んだ彼は映画製作に全く関わらず製作会社に丸投げして連絡を
一切断ち切ったんだ。まぁ、そのせいで製作会社が原作を無視してやりたい
放題、結果ずいぶん違った作品に仕上がってね」
「原作と映画が違うって事よくある話ですよね。で、どう違ったんですか?」
「映画では不治の病に侵された彼女がなんと奇跡的に完治したんだ」
「何それ。かなり強引な終わり方ですね」
「いや、まだこれには続きがあってね」
「えっ、ハッピーエンドじゃないんですか?」
「実は小説家になる夢を諦める事でようやく心に踏ん切りをつけた主人公の
男性はスクリーンで彼女の最期を見届けようと映画館に向かうんだけどその
道中で交通事故に遭い、命を落としてしまう所でこの小説はエンディングを
迎えるんだ」
「あれ、長澤さん、どうかしたの?」
「何て言うか、ちょっと切ないな~ってね。だって主人公の男性は彼女のため
必死になって青春を捧げたのに結局2人は結ばれないなんて。しかもせっかく
スクリーン上で彼女が生き返ったのに肝心の所で交通事故に遇うなんてさ。
なんで店長はこんな悲しいエンディングにしたんですか? これじゃ~
あまりにも可哀想すぎますよ!」
「おい、おい、何怒ってんだよ。これって小説だよ、単なる作り話」
「あっ、そっか。そうですよね。つい感情的になっちゃって」
「長澤さんって優しいんだね。さっ、お弁当冷めちゃうよ」
「あっ、はい。いっただっきまーす!」
〈パリ!〉〈パリ!〉
「ところで店長、この小説の続編は書かないんですか?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「だって続編でもう一度2人が結ばれるかなって」
「今のところその予定はないよ。僕は新しい小説を執筆中だし、そもそも
主人公の男性は死んじゃってるんだよ。続編で生き返りましたって言うのは
さすがにダメでしょ。小説は一応完結してるんだから作家としの僕の役目は
もうおしまい。結果はどうであれ僕は最後まで諦めずコツコツと執筆活動を
続けながらやっとの思いで完成させたんだからさ」
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