12-2(44)

 退院が認められた僕は処方せんを受け取るとその足であの事故現場へと

向かっていた。 

 理由は退院の2日前、僕は警察関係者の方と面会、そして事故当時の様子

を記憶をたどり詳細に語ったが、今となり自身の証言に自信が持てなくなって

しまったからだ。

 事故からかなりの時間が経過し10日間も意識がなく眠っていた僕だ。

 当然記憶違いが生じるのはある程度致し方無いが、僕の間違った証言で

加害男性の量刑に不利益が生じる事だけは何としても避けたかった。


(あっ、あの信号機だ!)


 僕は走行する車や自転車に細心の注意を払いながら横断歩道手前で一旦

立ち止まった。

 事故に遭った日、激しく降る雨で景色が当時と若干違って見えるが僕は

確かにこの場所で右側から暴走する白いセダンと接触した。

 警察関係者の話によると僕の真後ろにいたもう一人の被害男性の証言と

ほぼ一致しているらしくまずこの件に関しては間違いないだろう。

 そして車はそのまま後ろの電柱に激突、その反動で雑貨店のショー

ウインドウのガラスを粉砕したが実際は違っていたかもしれない。

 なぜなら僕は車と接触しその衝撃で地面に頭を強打、そして意識を失ったと

仮定するならその後の記憶は僕の勝手な思い込みと考えるのが自然だろう。

 それにしてもあまりのリアルな記憶の繋がりに強い違和感を覚える。

 僕はその場にしゃがみ込み、当時原型すら留めていなかった傘や他の痕跡

を探してはみたが結局何一つ見つける事が出来なかった。

 事故当時からの時間経過を鑑みるとあり得なくはないがこの事故に関しては

他にも不明瞭な点がある。

 それは40代の被害男性と加害男性の証言に大きな食い違いがあるらしく

加害男性は現在鑑定留置中だと言う。

 僕はふと立ち上がり今度は道路に近いアスファルトで舗装された地面を

まるでサーチライトを照らすかのように注視してみた。

 すると白っぽい縁石とアスファルトの隙間に何やら光る細かな粒のような物

を発見した。

 僕はもう一度しゃがみ込み、細かな粒を順番に拾い上げ手の平の中心に

寄せ集めてみた。


「えっ、これって…… まさか!」


 それはまさしく僕がナオミにプレゼントしたイヤリングの破片だった。

 僕はキラキラと美しい光を放つ砕かれたアコヤ貝の破片を握り締め思わず

天を仰いだ。

 そして僕はおもむろにスマホを取り出し画面をスクロールした。


『はい、交通課の田崎です』

『あっ、田町です。今、お時間よろしいですか?』

『大丈夫ですよ、どうかされたんですか?』

『鑑定留置されてる加害男性の証言についてもう少し具体的に教えて頂き

たいんですけど』

『具体的にですか?』

『はい。もう一人の被害男性と証言が大きく食い違ってると言われたので

少し気になりまして』

『まだ鑑定中なのであまり詳しくは言えませんが、加害男性がアクセルと

ブレーキを踏み間違え車が暴走した際いきなり若い女性が両手を広げて

目の前に立ちふさがったらしいんです。それで男性は慌ててハンドルを右に

切ったが間に合わずその女性に接触したと言うのがこれまでの主張なんですが、

我々の現場検証でそのような被害女性はおらず鑑定留置ということに

なったんです』

『な、なるほど。実は今、事故現場に来てるんです』

『そうですか。あっ、田町さん、すみません。無線が入ったんで一旦

切りますね』

『分かりました。お忙しいところすみませんでした』

『いえいえ、また何か思い出されたらいつでも連絡ください』

『ありがとうございます。それでは失礼します』

 

〈ピッ!〉 


 僕はスマホをポケットにしまうと再び手の平でキラキラと輝く砕かれた破片

を眺め続けた。

 そしてしばらくの間その場に立ち尽くし、まるで呪文を唱えるかのように

ナオミについてあれこれ考え巡らせた。


 ナオミは実在していたんだ。

 そしてナオミ自らが犠牲となり、向かって来る制御不能の暴走車の進路を

強引に変えさせ僕ともう一人の男性を守ってくれたに違いない。 

 だが一つの疑問が残る。

 何故ナオミは偶然にもこの事故現場に居合わせたのだろうか? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る