少女Aの弁明 後編

        4

 審査結果の発表を含む閉会式が終了し、初めての文化祭は無事に幕を閉じた。


 「あ、あの……!唐木田くん、伴奏者賞おめでとう!」


 明里がショウと帰り支度をしていた時。浅崎蓮の声と、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。


 明里はゆっくりと顔を上げた。


 駆け寄ってきた浅崎蓮は小柄で、黒目勝くろめがちの瞳が可愛らしい美少女だ。女子にしては長身で大人っぽく見られる明里とは、正反対。


 明里がショウの方をちらりとうかがうと、彼は驚いた顔で浅崎を見ていたが、やがて少し困ったように眉尻を下げて笑った。一度も会話したことの無い女子生徒に話しかけられて、戸惑っているのだろう。


 「ありがとう。浅崎さんの演奏も良かった」


 「そう、……。私のは、伴奏じゃなかった。唐木田くんの伴奏を聴いて、よくわかったの。私は独りよがりで、自分が綺麗に弾くことで頭がいっぱいだった」


 ただ綺麗に弾いたり、目立たないように弾くのがいい伴奏とは限らない。


 時には主張しながらも、決して歌と分離せずに引き立てる。ショウの伴奏は絶妙だった。


 「それに、ピアノを弾いてた唐木田くんは……今まで見ていた唐木田くんと、雰囲気がまるで別人みたいだった」


 ショウのその姿を大勢の生徒に見られたのが、誇らしいような悔しいような不思議な気分だ。


 「唐木田くん。近いうちに、何かコンクールに出る?」


 「うん。ジュニア音楽コンクールの中学生部門に出る予定」


 「偶然! 私も」


 「じゃあ、ライバルだね」


 ライバル。ショウが深く考えずに口にしたであろう一言に引っ掛かりを覚えた。


 『彼に追いつきたい』。そう思って駆け抜けてきた自分が望むのは、彼と肩を並べられる関係性。それがライバルという一言で片付けられるものなのか、そうでないのか。明里はまだ判断しかねていた。


 だからこそ『ライバル』という言葉が簡単に浅崎へ投げかけられるのを、聞きたくなかったのかもしれない。


 わかっている。こんなのは自分勝手で、どうしようもない我儘だ。


 自分が嫌になる。それでも、なんでもない顔をして側に居続けるのだ。


 「あと……。話したいことがあるから、少しだけついてきて欲しいの」


 浅崎は、明里の方を気にしながら上目遣いで言った。


 明里の勘が囁く。


 十中八九、イベントに乗じた告白だ。


 いくら鈍いショウでも、流石に察しているだろう。


 ショウは頷いて、浅崎蓮と共に廊下を歩いていく。



 その姿を複雑な心境で見守る明里の真横にがいることを、唐突に悟った。


 「ひゃあ!」


 明里は素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。そこに立っていたのは―――


 「た、高峯くん……?」


 全く気配が無かった。いつから居たのだろうか。まだ心臓がばくばくと脈打っている。


 「驚かせるつもりは無かったんだ」


 アキラは明里の方を向いてそう言ったが、どこかうわの空のようだった。


 明里は小さく息を吐いて、心臓に落ち着きを取り戻そうと努力した。


 「高峯くんのクラス、すごかったね。最優秀賞と指揮者賞と伴奏者賞を総なめ。いい合唱を作りあげた上で、個人賞も狙う……それが高峯くんとショウの目標だったんでしょ?」


 「うん。上手くいって安心した」


 「高峯くんは浅崎さんにライバル意識を燃やしていたみたいだし、ショウが負けなくてよかったね」


 明里は冗談めかして言ったが、アキラは笑わなかった。



 普段のアキラは白く綺麗な肌と、黒髪や学ランとのコントラストで多くの目を惹く。


 だが、明里は彼から思わず目を逸らした。今のアキラの顔からは表情が消え、病的なまでに青白く、ぞっとするような儚さがあったからだ。



 「ところで、ショウくんと浅崎さんはどうしたの?」


 表情が無かったのは一瞬で、すぐにアキラは顔を和ませて柔和な雰囲気をまとった。


 「浅崎さん、ショウに告白するみたい」


 「……やっぱり、そうなんだ」


 アキラの瞳が揺れたのを、明里は見逃さなかった。


 かすかな違和感。かすかだが……いつも裏側を見せないアキラが動揺しているとなると、きっと只事ただごとではない。




 ショウとアキラは仲がいいだけあって、持っている雰囲気や性格も、見た感じではかなり近い。


 しかし、唐木田ショウを表す言葉を幾つか挙げて、それが『純粋』『聡明』『卑下』だとすると、高峯アキラは『無垢』『鋭敏』『謙遜』。


 同じに見えて、ニュアンスが違う。僅かな差が、決定的な違いを産む。


 そして明里には、二人が一緒にいるのを観察していて、漠然と感じた点があった。


 精神に関わる何か重大なことが起こった時、危ういのは多分……高峯アキラの方だ。




 そんな彼の隣にいる不安、或いは恐怖。


 そして、好奇心。



 「もしかして高峯くん、ショウのことが好きなの?


 ……恋愛的な意味で」


 

 「……―――」



 僅かな躊躇いと息遣いの後の返答は、あっさりとしたものだった。






 「うん……好きだよ」










        5

 本当に!?


 私は弾かれたように


 有り得ない。いや、有り得なくもない? 転校してきて早々『一緒に連弾しよう』と迫っていたし、何やらショウに執着しているみたいだし……



 ……って、違う違う。現実と夢を混同している。


 泉水さんに伴奏者賞のことで挑発されたのは現実。高峯くんの登場によって夢の中では改変されていたけど、実際に泉水さんと私の衝突を止めてくれたのは、ショウだ。


 それから、ショウが伴奏者賞をとって、浅崎さんに告白されたのも現実。結局、二人は付き合わなかったけれど。


 ただし、これらは中学一年生ではなく、中学二年生の時の出来事。一年生の時、私とショウは同じクラスで、私が伴奏をやったんだから。




 あの後、ショウと浅崎さんが“ライバル”として出場したジュニア音楽コンクール。あのコンクール以来、ショウはいまだにピアノを離れていて……。




 とにかく、高峯くんは高三で引っ越してきた転校生で、もちろん私たちとは違う中学校出身。


 この思い出に高峯くんは存在し得ない。


 なぜか学年が変わっていたこと、高峯くんが指揮者だったこと、そして以外は、感覚や感情さえも記憶にかなり忠実だった。それでも、所詮は私の脳が作り出した夢だ。


 ……え? 私、同級生であんな妄想をしていたの?


 高峯くんがショウのことをす、す、好きだなんて……。


 でもあの二人、怪しい雰囲気あるよね。私以外にも想像したことある人も、正直いるよね?


 もちろん、百パーセントありえないだなんて言いきれないし。


 にしても、勝手に夢で見ちゃうだなんて。


 ああ、恥ずかしい。なんて罰当たり……。


 


 その後数日間、明里は羞恥と罪悪感で二人を直視できなかった。




(異聞『ショウとアキラ~2人で1つ~』終)

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夢幻異聞録#エレガント・セレナード 夕影 巴絵(夕焼けこやけ) @madder

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