ショウとアキラ~2人で1つだった~

少女Aの弁明 前編

        1

 中学校に入学してから、はじめて経験する文化祭準備。


 今は文化祭の一環で行われる、合唱コンクールの話し合いをしている最中だ。


 「指揮者をやりたい人」


 学級委員長の呼び掛けに対して、一人の生徒の手がすっと挙がった。それは意外な人物だった。


 「高峯たかみねくんの他にいますか」


 高峯アキラに対抗しようなどという生徒は誰一人おらず、指揮者はあっという間に決まってしまった。


 「じゃあ、指揮者が決まったので……次、伴奏者をやってくれる人」


 僕、唐木田からきだショウは、アキラが伴奏をやるものだとばかり思っていた。


 僕はこのクラスでピアノをある程度弾ける生徒を、アキラと僕以外に知らない。


 委員長と担任が僕を凝視する。気のせいだろうか、こちらを見ているアキラの笑顔にも圧を感じる。


 クラス中のれた視線が僕に集まる。


 僕は観念して挙手した。


        2

 「へえ。高峯くんが指揮で、ショウがピアノか。面白そう」


 昼休みに廊下で遭った外山明里とやまあかりは、僕の話を聞いてそう言った。


 「外山のクラスは、外山が伴奏をやるの?」


 「ううん。私よりも先に、推薦すいせんされた人がいたの」


 「外山の他に弾ける人……。誰だろう」


 その疑問に答えたのは、僕の知らない声だった。


 「浅崎蓮あさざきれんに決まってるじゃない」


 声がした方向に視線を移すと、挑発するような笑みを浮かべた女子生徒がいた。


 「……泉水いずみさん」


 外山が困ったようにその女子生徒の名前を呼んだので、ようやく彼女の名前を把握できた。


 しかし、『浅崎』も『泉水』も聞き覚えの無い名前だ。僕とは別の小学校から来た生徒なのだろう。


 「伴奏者賞は浅崎蓮が獲るわよ。小学校の時から一番ピアノが上手で、新聞に載ったこともあるんだから」


 泉水はどうやら僕に向かって言っているらしい。


 僕は『伴奏者賞』のことも『浅崎蓮』のこともよく知らなかったので、とりあえず黙って泉水の話を聞くことにした。


 が、外山が痺れを切らしたように口を開いた。


 「唐木田ショウだって上手よ」


 「ちょっと外山……」


 外山は口調こそ攻撃的でなかったものの、貼り付けた笑顔が不自然に引きつっている。


 対する泉水は、不機嫌さを隠そうともせずに外山を睨んだ。


 「浅崎蓮のこと、知らないの? 小学校の時、ピアノのコンクールで日本一になったこともあるのよ」


 泉水のその言葉を聞いて、外山が僅かに眉をひそめる。すでに、笑顔というにはかなり無理のある表情だ。


 こういう時に場を収める役割は向いていないのだが、そうも言っていられない。意を決して僕が口を開こうとした時、


 「ボクは知っているよ」


 場違いの、柔らかい声が響いた。




 声が耳に届いた瞬間、不思議と温かな安心感が胸に満ち満ちた。


 気がつくと僕は、その友人の名前を呼んでいた。息を吐くのと同じくらい、不可欠で自然なことだった。


 だから僕は当然、口に出してから自分の言葉を認識した。しようと思って呼吸をしないのと同じだ。


 「アキラ……」




 アキラは剣呑な空気を完全に無視した上で、穏やかな笑みさえ浮かべて泉水に向き合っていた。


 泉水も外山も、突然の第三者登場で呆気に取られているようだ。


 「たしか昨年、ルミエールピアノコンクール全国大会で一位を受賞していたね。ところで、もしかして指揮者は君なのかな? 泉水さん」


 「そうだけど……」


 「ボクも指揮者になったんだ。指揮者講習会で一緒になるね。よろしく」


 「う、うん……?よろしく……」


 話の変え方が少々強引だったような気もするが、アキラのおかげで泉水と外山の衝突は避けられた。


 泉水がいなくなってから、外山が小さく呟いた。


 「ルミエールなんて、ショウが出るようなレベルのコンクールじゃないじゃん。ショウだって、ルミエールなら一位くらい余裕だっての」


 身内を立てるため、他のものを露骨に貶す。僕たちしか聞いていないとはいえ、いつも人一倍発言に気を遣っている外山としては、珍しい言動。


 これは、テリトリー争いのようなものだ。


 本人達にその気が無くとも、周囲が対抗意識を燃やす。そういう状況はピアノ以外でも経験してきた。


 泉水の小学校では、ピアニストとして浅崎の存在が絶対だったのだろう。一方外山は、以前からコンクールで競い合っている僕を、きっと信頼してくれているのだ。


 「外山。伴奏者賞ってなに?」


 「うちの中学は審査員として、市内のピアノの先生たちを合唱コンクールに呼ぶの。それで『最優秀賞』『優秀賞』が決められる他に、個人賞として『指揮者賞』『伴奏者賞』が一人ずつ選ばれる」


 「審査員がピアノの先生たちなだけあって、伴奏者賞の審査はなかなかシビアらしいね。『該当者なし』の年度もよくあるとか」


 アキラの補足を聞いて、僕は僅かに緊張する。合唱コンクールといいつつ、ピアノの審査もされてしまうというのだ。コンクールに毎年出場している身として少しは意識してしまう。


 「ボク、ショウくんと一緒に音楽を……合唱を作ってみたかったんだ。だから指揮者に立候補した。でもそれ以外に、もう一つ目標ができたね」


 僕は、アキラの言わんとすることをすぐに理解した。


        3

 合唱コンクール本番当日。


 「頑張るぞー!」

 

 「「「おー!」」」


 委員長を中心とした円陣を組んで、直前練習を終えた。


 今日までの練習でアキラが出した指示は、抽象的な表現が避けられ、的確で効果的だったように思う。


 アキラの指示には押し付けがましさが無く、みるみる合唱がまとまっていった。また、合唱コンクールでクラスが分裂するというのはよく聞く話だが、そういうことも起きなかった。アキラの人徳だろうか。




 体育館へ移動して、いよいよ合唱コンクールが始まった。

 

 トップバッターは外山、泉水、浅崎がいるクラスだ。

 

 泉水の指揮は大きくてわかりやすい。全体の声量も充分で、よくまとまった合唱に聞こえる。


 丁寧なレガートを崩さない浅崎のピアノも、なかなかに高レベルだ。


 『一年二組。指揮、高峯アキラさん。伴奏、唐木田ショウさん』


 出番だ。


 僕とアキラは同時に礼をして、僕はピアノ椅子に座り、アキラは指揮台に上った。準備完了のアイコンタクトを送り、それに対してアキラが頷く。


 アキラの両腕が静かに振り下ろされた。



(後編へつづく)

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