バトル・オブ・バレンタイン 後編
※『ショウとアキラが中学でクラスメイトだったら?』という設定のもと、バレンタインに繰り広げられる熱い戦いを描いた物語の後編です。
う、嘘じゃないもん。
「バレンタインとは、また随分と季節外れな話題だね」ですって?(メタ発言)
3
僕、
玄関で靴を脱ぎ、靴箱を開け―――
ドサドサッ
「うわっ」
小さな靴箱から、ラッピングされたお菓子らしきものがいくつか落ちてきた。
僕は慌ててそれらを拾い集め、靴箱の中に残っているものも回収し、教室へ向かう。
教室にはすでにアキラがいた。
「ショウくん、おはよう」
「おはよう…」
「疲れているみたいだけど、何かあった?」
「靴箱にすごい量のお菓子が入っていて、バレないように持ってくるのが大変だったんだ」
バレンタインデーに限り、教師たちはチョコレートのやり取りを黙認してくれる。
しかしあまりに目立つ形で受け渡しをすれば、教師も校則の手前、注意せざるを得ないだろう。
「ああ。そういうことなら、机の中にも気をつけた方が―――」
僕がリュックから取り出した教科書を机に入れようとしたのと、アキラが言葉を発したのは、ほぼ同時だった。
僕の手は止まらず、教科書を机の中に入れ―――
ガッ
「え?」
何かに突っかかったようで、教科書が入らない。
机の中を覗き込むと、ラッピングされたお菓子らしきものがいくつも入っている。これが教科書の進入を阻んでいたようだ。
「これ、どこに仕舞おう…」
「ボクはロッカーの中に入れたよ」
どうやらアキラも、僕と同じ状況だったらしい。
昨年までもバレンタインにチョコレートを貰うことはあったが、流石にこれは尋常ではない。
「これ、原因は
「多分」
流石のアキラも、苦笑いを隠せなかったようだ。
4
放課後。
「明里。結局、どっちに渡したの?」
ニヤニヤとした
「どっちにも渡してない」
「え! そんなクマ作っておいて? チョコ作ってて寝不足になったんじゃないの?」
「生徒会の後輩には渡した。はい、寧音にもあげる」
「あ、ありがとう」
明里は、家族が寝静まったあとにチョコレート作りを始めた。一昨日まではショウとアキラにも渡すつもりだったが、
「そろそろ二人が受け取ったチョコを数え始める時間だと思うけど、明里も見にいかない?」
「見にいかない」
「いいじゃん、見にいこうよ」
寧音に半ば引っ張られる形で、教室へ向かう。
扉の前に立つと、中から大人数で何かを数える声が聞こえてきた。
「「「28、29、30…」」」
「さ、さんじゅう!?」
明里は思わず驚きの声を上げてしまう。
「「「32、33…」」」
寧音も、興味が無かったはずの明里も、固唾を飲んでカウントを聞く。
「「「35、36、」」」
(=2^2×3^2)
明里は混乱していた。素因数分解で現実逃避している場合ではない。
「「「37」」」
教室から漏れていた声が、ぴたりと止まった。
寧音が不安そうに中を覗き込む。明里も寧音の後ろから覗くと、ガックリと
「どうやら引き分け、みたいだな」
そう言って、宇山が猪狩の肩を叩いた。
その言葉を皮切りに、他の男子たちも次々と項垂れていく。
「引き分け? 信じられねえ…」
「賭けはどうすんだよ…」
「オレたち、バレンタイン当日に何やってんだろ」
「馬鹿っ、それ以上は言っちゃダメだ」
「でも、数えている間…ワクワクしたな」
「賭けのことを考えている時間も、楽しかったな」
「あわせて74個って凄くね?」
「確かに…この数はなかなかお目にかかれないぞ」
「俺は今年もゼロ個だったけど、今までのバレンタインで一番楽しかったかも」
「唐木田、高峯。俺たちに夢とワクワクをくれてありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう!」
教室の中から、男子たちがわらわらと出てくる。
「…ところで寧音、男子たちは何を賭けていたの?」
「卒業まで、水飲み場の列に横入りしてもいい権利」
寧音は心底どうでもいい、という顔で答えた。
「ちなみに不公平さを極力解消するため、二人が部活の後輩に貰ったチョコはカウントしていないみたい」
意外と考えられた形跡のあるルールを聞いて、少し微笑ましいと思ってしまった。
5
「アキラは甘いもの、好き? いつもブラックコーヒーを飲んでるよね」
「コーヒーと一緒に甘いものを食べるのが好きなんだ」
教室には、僕とアキラだけが残されている。それと、机に重なった74個のチョコレート。
扉が開く音がして反射的にチョコレートの乗った机を隠すが、杞憂だった。
「ショウ、高峯くん。お疲れ様」
「外山か」
「引き分けだったんだってね?」
「そうなんだけど…」
「外山さん。これ、よく見てみて」
アキラがチョコレートの山を指差す。
「…あ! ショウと高峯くんの山で、共通しているラッピングが沢山ある」
「そう、ほとんど全部。ざっと見た感じ、ボクとショウくんのどちらかにしか無いラッピングのチョコは四つ程度かな」
つまり。結局ほとんど全員が、僕とアキラの両方にチョコレートを渡したということだ。
「その四つのうち二つは、寧音と
外山はくすくすと笑いながら、トートバッグに手を入れた。
「それ以上もらっても迷惑かもしれないけど、37個も38個もあまり変わらないよね。はい。こっちは高峯くんの」
「迷惑じゃないよ。外山さん、ありがとう」
「どういたしまして。こっちがショウ」
外山がトートバッグから取り出したのは、それぞれラッピングの違う包みだった。
「ショウのはビターで作ったから、安心して。甘いもの苦手なのに、ショウのことだから何日もかけて、貰ったものは律儀に全部食べるんでしょう?」
外山の言う通り甘ったるいものは少し苦手だが、ビターチョコレートはむしろ好物だ。
「ありがとう」
鼻腔をくすぐるビターな香り。
おかしなバレンタインの幕切れを感じ取り、僕とアキラは安堵の表情で顔を見合せた。
(この物語はフィクションのフィクションです。登場する……。…この物語の全ては架空のものであり、本編の人物・事件・団体とは一切合切関係ありません)
(異聞『ショウとアキラ~地元じゃ負け知らず~』終)
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