異聞 ショウとアキラ~地元じゃ負け知らず~

バトル・オブ・バレンタイン 前編

※このシリーズは、「もしもショウとアキラが―――の関係だったら?」 がテーマのifモノです。


※今回は『ショウとアキラが?』



※頭をからっぽにして読んでください




この物語はフィクションのフィクションです。


        1

 「チョコ欲しい」


 クラスメイトの猪狩いがりによる大きな独り言が、休み時間の教室に響いた。


 「猪狩ー。バレンタインなら明日だぜ。言うならもっと早く言わないと、用意してもらえないだろ」

 

 「なんだよ宇山うやま。お前は欲しくないのかよ? 中学最後のバレンタインだぞ」


 「言ってなかったっけ? 新しいカノジョができたんだ。カノジョから貰えれば充分なんだよ」


 「前のカノジョと別れてから二週間も経ってないだろ。相変わらず乗り換え早いな。チ〇ルチョコ一個でも満足できるのか?」


 僕、唐木田からきだショウは猪狩と宇山のやり取りを無視して、高峯たかみねアキラの方へ向き合う。


 「ねえアキラ。次の時間って自習だよね? 英語のワークをやろうと思ったんだけど、解答書持ってない?」


 「持ってる。ボクは使わないから、貸すよ。少し待ってて」


 アキラはロッカーから英語のワークの解答書を取り出してくると、僕の方へ差し出した。


 「ありがとう、助かる」


 そこへ、猪狩が乱入して来た。


 「お前らは今年もめちゃくちゃチョコ貰いそうだよな」


 猪狩の視線は、完全に僕とアキラをロックオンしている。『お前ら』というのは僕とアキラのことらしい。


 遅れて宇山もやって来た。


 「猪狩…ねたみは流石にダサいぞ」


 「いや妬みじゃねえし。悔しいけど、唐木田と高峯は顔だけじゃなくて頭も性格も良いから、羨む気にもならないんだわ」


 「『悔しいけど』って言ってんじゃん」


 「あっ」


 宇山にツッコミを入れられた猪狩は、まるで無声サイレント映画のスターのように、口に手を当てて大袈裟に『しまった!』という顔をした。


 それを見て、僕はつい吹き出してしまった。


 「笑うなよ。俺なんて、お前らと違ってバレンタインが憂鬱なんだぞ。ちょっとははげませよ」


 猪狩は泣くフリをするが、宇山がすかさずツッコミを入れる。


 「唐木田も高峯も、別にバレンタインを楽しみにしているわけじゃないと思うけど」


 「猪狩くんはいつも空気を明るくしていてすごいな、と思ってるよ」


 アキラが猪狩に微笑む。


 「高峯、お前……良い奴だな!」


 猪狩の顔が赤くなっているような気がするのは、気の所為だろうか。


 「猪狩、ガチで照れるのやめろよ…こっちまで照れるわ」


 宇山のその言葉に対して、猪狩は「高峯に褒められると、なんか胸のあたりがソワソワするんだよ」と小声で返したが、僕にはばっちりと聞こえている。


 「あ、いいこと思いついた」


 宇山は突然閃いたようにそう言うと、ニヤリと笑った。


 「猪狩はバレンタインが憂鬱なんだろ? それなら、バレンタイン当日が心待ちになるようなをしようぜ」


 「賭けって?」

 

 「唐木田と高峯のどちらが沢山チョコを渡されるか、予想するのさ」


 「はあ?」


 宇山の意味不明な発言に、思わず声が出てしまった。


 「面白そうだなそれ」


 どうやら猪狩は乗り気なようだ。


 「猪狩まで何言ってるんだよ」


 僕は助けを求めようとアキラに視線をやるが、アキラも肩を竦めるだけだ。

 

 「なになに? 賭けならオレも参加したい」


 「え、俺も。面白そう」


 なぜか続々とクラスの男子が集まってくる。女子はこちらを見て何やらヒソヒソと話している。


 勘弁してくれ、と僕はため息をついた。


        2

 「…というわけで、唐木田くんと高峯くんのどちらが沢山チョコを貰うか、クラスの男子全員で賭けをするんだって」


 事情を聞いた外山とやま明里あかりは、あまりのくだらなさに呆れ返った。


 明里は英作文の添削を受けていたので、休み時間の出来事を知らなかった。そのため、何が起こったのかを友達の寧音ねねに教えてもらったのだ。


 「明里はどっちに渡すの?」


 「え、他の女子みんな乗り気なの?」


 「うん。どっちに渡すかで、さっきまで盛り上がってたんだよ」


 「へえ…。迷うくらいなら、どっちにも渡すか、どっちにも渡さなければいいじゃない」


 「皆がそれをやったら、同じ数になって勝負がつかないでしょ」


 「そんな賭けのために悩まなくても」


 「くだらない賭けのためじゃないの! これは勝負なのよ。賭けをするってことは、唐木田くんと高峯くんの勝敗が決まってしまうということなのよ。つまり、どちらかが敗者になるということ。自分の推しが敗者になるのを黙って見ていろと言うの?」


 「ショウも高峯くんも、そんなの気にしないと思うけどなあ」


 寧音は明里の言葉を無視して続ける。


 「私は高峯くんに渡そうかな。この前、ピアノコンクールで優勝したとかで、校長先生に表彰されてたよね。凄いなあ」


 その時、明里でも寧音でもない声が、会話に割り込んできた。


 「あたしは唐木田くん。唐木田くんはピアノがすごく上手で、その上テニスも強いし。この前、テニスの大会で地区優勝したとかで、校長先生に表彰されてたよね」


 会話に割り込んで寧音に対抗したのは、クラスメイトの鏡花きょうかだ。明里はぎょっとして二人を見つめる。


 二人の睨み合いは続く。


 「前回のテスト、高峯くんが一位だったし」


 「前々回のテストは唐木田くんが一位だったよ」


 「この前、高峯くんがお婆さんの荷物を持ってあげているのを見たわ」


 「あたしは、唐木田くんが小さな子を迷子センターに連れて行ってあげているのを見た」


 「高峯くんの、あの大きな涙袋とキラッキラした目を見てみなさいよ」


 「唐木田くんの、あのバッサバサの睫毛まつげとアンニュイな目もね」


 「高峯くん両目裸眼視力2.0!」


 「唐木田くん伊達眼鏡が似合う!」


 「ふ、二人ともよく知ってるわね」


 明里は引き気味に言った。


 「「明里はどうなの?」」


 勘弁してよ、と明里はため息をついた。



(後編へつづく)

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