4-7 目標修正

「ただいま姉さん」

「あら、お帰りなさい」

 上京の暴走した魔術領域を止めて二日が経った。僕は傷ついた体に鞭を打って名古屋まで向かい、そして帰ってきたのだ。


 名古屋行の理由はもちろん、#SSsのバンクだ。僕は上着の内ポケットから封筒を取り出した。中にはずっしりと重みすら感じられる札束が入っている。

 上京華に勝利した賞金、百七十万円だ。


 ダイニングへ向かい、テーブルの上へ封筒を置いた。姉さんは恐る恐る封筒を手に取り、上下へ軽く動かしてみたり表裏をひっくり返してみたりと意味のない行動を繰り返した。


「すごい……重いわね」

「持って帰って来るの緊張した……」

 僕はダイニングの椅子にどっかりと腰を下ろす。百万を超える札束を運搬するなんて人生で一度もなかったことだ。変なところに力が入ってしまい、肩や腰が嫌な痛みを発している。


「ご苦労様」

 姉さんはそんな僕を見て笑った。


「それじゃあ今晩は……」

「焼肉だぁ!」

「おわっ!?」

 台所から不意に藤堂が飛び出してきた。包丁を握りながら。


「危ねぇ! 僕の肉を削ぐ気か! っていうかなんでお前がいるんだよ!」

「私が呼んだのよ。ご飯はみんなで食べたほうがおいしいでしょう?」

「そうですよ! 私がいるほうがおいしいですよ」

「お前のその自信はどこから来るんだ……?」


 藤堂はいつもの猫耳パーカーの上からエプロンをつけていた。サイズが大きいところを見るに姉さんのものだろう。藤堂は料理をするときいちいちエプロンをつけるタイプではない。……っていうか料理できたのか。


「藤堂。肉が繋がってる。綺麗に」

 遅れて台所から顔を出した少女がいた。上京だった。

 彼女は紐のように連なった肉を手にしていた。


「……なんだそれは」

「……牛肉」

「どうですか先輩。綺麗でしょ」

「切り直し」


 藤堂はブーブーと不平を、というよりは擬音そのものを言いながら台所へ引っ込んで行った。不平不満を本当にブーブーと言う奴初めて見るな……。

 気を取り直して、僕は上京と向き合った。彼女もエプロンをつけている。さっきまで料理の手伝いをしていたのだろう。


「あー……」

 僕は言葉に窮して頭を掻いた。こうして面と向かうのはあの日以来初めてだったので、いまひとつ何を言っていいかわからない。


「体のほうは、大丈夫そうだな?」

 とりあえずそんなことを口走った。上京は小さく鼻を鳴らすと「まぁ」とだけ返事をする。


「私にとっては魔術領域が暴走して幸運だったということね。魔術領域は精神エネルギーを魔力に変換する奇跡。冷泉六花が消えて体からごっそりと抜け落ちた魔術基盤を程よく穴埋めする格好になったわ」


「本当に……奇跡だな。もう動き回っていいのか」

「そう。だから今日は華ちゃんの退院祝いも兼ねてるの」

「いよいよ藤堂が押し掛けた理由がわからないな」

 台所から抗議の声が聞こえた気がするが無視した。


「ところで、そんな肉どこから?」

「お祝いするって言ったらジョニーさんが持ってきてくれたのよ。アメリカのおいしいお肉だって」


「大きすぎてホットプレートでは焼ききれないから細かくしてるところだったの」

「そういうところまでアメリカナイズされているのか、ジョニーは」

 っていうか姉さん、いつの間にジョニーとそんな接触を?


 姉さんは上京から包丁を受け取って台所へと消えていった。ダイニングに僕と上京だけが残される。僕はとりあえず指定席になっている椅子に座った。上京が深い息をつきながら対面に腰かける。退院したとはいえ、完全に元通りというわけでもないようだ。


「……あっ、そうだ。これ」

 僕はふと思い出したことがあって上着のポケットを探った。小瓶を取り出して上京の前へ置く。


「……なに?」

「名古屋に行ったとき川端に偶然会ったんだよ。で、退院祝いだって渡された」

 上京が小瓶を取り上げてまじまじと見つめた。瓶の中には小さなレモン味の飴が詰め込まれている。


「……これ、神崎製菓の」

「え?」

 珍しく彼女が驚いた顔になった。


「有名なのか?」

「えぇ。金持ち連中がよく手土産に使うレベルのものよ。でもそう簡単に手に入るものじゃないはず」

「へ、へぇ……」


 これを手渡されたとき、川端には「また飴かよ」と言ったのだが、彼は「大丈夫だから」としか言わなかった。あいつも一応考えて選んだのか……飴の範疇から出てないけどな。

 しかし、そんな飴をほいほい手に入れられるとは、川端昴は何者だ一体。


「ところで」

 上京は瓶をわきへ押しやって言った。


「妙久寺は未だに見つからないみたいね」

「そう……だな」

 僕は曖昧に返事をして黙り込んだ。


 上京のことがあったのですっかり放置になってしまっていたが、彼女の翼に打ち落とされた妙久寺の行方はようとして知れなかった。当然、彼が持っていたはずの継承鍵もだ。店主を失った「フラットスパイダー」は今日も臨時休業を続けている。


「迂闊だったわ」

 上京がため息交じりに言う。


「あの店の店員が冷泉家に通じているだろうことは予想していたけど、あそこまでの強硬手段に出るとまでは思っていなかった。……私も口では気に入らないと言いながら、心の底では冷泉六花の防御機構に身を委ねていたのかも」


「まぁ、いまとなっては継承鍵を探す理由もないんだろう? 魔術に支障は?」

「皆無ではないわ。これまでよりも不自由にはなった。でも、不愉快なチートが無くなったと思えば悪い気分でもない」


「そうか」

「お待たせ」

 姉さんが台所から戻ってきた。大皿にスライスした肉を山のように盛っている。


「さぁ高人、ホットプレート用意して。お客さんに働かせないの」

「はいはい……あっと」

 僕は立ち上がりかけて止まった。


「姉さん。食べ始める前に話しておきたいことが」

「なに?」

 僕の言葉に姉さんの動作も止まる。僕は机に置いてあった封筒を彼女の目の前へ滑らせた。


「……姉さんに使ってほしい」

「へ?」

 姉さんは封筒を前に固まった。僕は姿勢を正して続ける。


「考えたんだよ。いろいろ。#SSsに参加するうえでやっぱり姉さんにも心配かけたし……それに、僕がこれまで自分の夢を追えたのは姉さんのおかげだったのに、稼ぐ手段を手に入れた途端自分だけってのもおかしい気がして。だから……」

 上京が姉さんを見上げた。藤堂も台所から出てくる。


「姉さんは鉱物が好きだっただろ? でも父さんと母さんが死んで、大学へ行くこともなかったから……だから、このお金は姉さんが大学に行くのに使ってほしい。僕だけが夢を叶えるなんて、釈然としない」


「高人……」

 姉さんは封筒を手に取った。僕と封筒を交互に見つめる。


「……いいの? 大変になるわよ」

「大丈夫。普通の大学の学費なら魔術大学ほどじゃない。上京や藤堂をあと五六回倒せば事足りるでしょ」


「おっと」

「言ったな! 先輩私にはまだ勝ててませんからね!」

「勝つよ。藤堂の魔術領域はもう見切っている」

「きしゃー!」


「おっと」

 藤堂が飛び掛かってきそうだったので僕は椅子から慌てて退いた。姉さんはそんな様子を笑って眺める。


「ありがとう、高人。……みんなも」

「さっ、食べましょうよ! もうお腹ペコペコ。先輩早くホットプレート出してください!」


「はいはい……」

 僕は苦笑いして立ち上がり、台所へと向かった。後ろでは姉さんたちが笑い合いながらじゃれ合っている。


 #SSs……姉さんにはあんなことを言ったけど、上京と同ランクの相手と戦う以上、これまでよりも厳しい戦闘を強いられるだろう。

 でも、僕は引くわけにはいかない。僕の夢を叶えるためにも、そして姉さんが夢を追いなおすためにも、勝たなければならない。


 彼女たちとなら、きっとそれができるはずだ。

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#SSs ストリートソーサラーズ 新橋九段 @kudan9

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