4-6 冷泉六峯

「くそっ……あのクソガキ……」

 上京華の魔術領域が崩壊を始めるころ、妙久寺長頼は路地を這うようにして移動していた。氷の翼によって上空から叩き落され、全身に凍傷と打撲を負いながらも彼は辛うじて健在だった。


 彼の手には継承鍵が握られている。上京から奪った冷泉六花を封じた鍵だ。妙久寺は鍵を杖代わりにして立ち上がり、よたよたと歩く。向かう先は己の城、冷泉百貨店だった。だが、重症の彼にとって店までの道のりは果てしない。


「ご苦労だった、妙久寺」

 と、震える彼へ真正面から呼びかけた者がいた。低く落ち着いた、しかしこの世の全てを侮蔑するような軽さのある声だ。声の主は黒いスーツを身に着け、傷だらけの妙久寺を気遣う様子もなく眺めている。


「あぁ、ボスか……」

 声を聞いた妙久寺は安堵したように呟いた。知っている声だったからだ。


「大学はいいのか? 忙しいんだろ……新学長様は」

「つまらん事務仕事なら代わりにやる者が腐るほどいる」

 妙久寺の軽口に、南風浜魔術大学の新学長――冷泉六峯は無感動に答えた。彼は妙久寺に近づき、継承鍵を手にする。


「ご苦労だった。これで最大の懸案事項がひとつ片付いた」

「そいつは……どうも……なぁボス。約束は……」

「あぁ。わかっている」

 冷泉は継承鍵を顔の前にかざす。月明かりが鍵を照らし青白く光った。


「お前の妹にいい結婚相手を見つけてやるという話なら、すでに片がついた。器量よしの魔術師の娘なら引く手数多だからな」

「そりゃよかった……これで妙久寺家も……」

「だから」


 不意に、冷泉の声色が冷えた。妙久寺はそれを気取った。だが、重症の彼では身じろぐことすらできなかった。

 継承鍵が振り下ろされる。鍵の突起が妙久寺の肉を引き裂いて削り取った。黒く粘ついた血液がアスファルトへ落ちる。


「お前はもう用済みだな」

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