4-5 天城原学園の戦い

「おぉ、懐かしの我が母校だ!」

「え? お前天城原のOBだったのか?」

 ジョニーの新たな設定が突如明らかになりつつ、僕らは天城原学園の校舎へとやってきていた。時刻はすでに深夜の一時近い。校舎には当然誰もいないはずだが……。


「……門が開いている?」

 正門の大きな鉄の門扉が全開になっていた。不用心……な訳ではなく、誰かが開けたのだろう。しかし一体誰が……?


 いや……いまはそんなことどうでもいい。門を乗り越える手間が省けたと思おう。僕は正門から敷地へ入り、走って昇降口へと向かった。ジョニーも後からついてくる。


「で、どうしてここなんだ?」

 ジョニーが落ち着きなくリボルバーを回しながら言った。


「あの魔術領域から上京を引っ張り出すには、当然あそこに入らなくちゃいけない。でもいま、魔術領域は上空を飛んでいる。つまりこちらも飛び上がって領域の中へ突入する必要がある」


 だが、妙久寺と会敵したとき、咄嗟にラピスラズリの指輪は使ってしまった。大気を操って体を浮かせるといういつもの手段はとれない。トルマリンの雷で飛ぶには目標地点が高すぎる。


 昇降口から靴を脱がずに校舎へ入り、階段を駆け上がる。目指すは最上階だ。


「だから足場を使う」

「足場?」

「そう……天城原学園の校舎を覆っている結界を足場にする」


 一般的な結界はドームのような形状をしている。そして結界は魔力による大きな幕のようなものだ。精密な魔力操作を行えばその上に乗ることは不可能ではない。ドームの真上に立てば多少のジャンプで上京の領域まで届くはずだ。


 僕とジョニーは最上階……僕の教室のある階にまでやってきた。

 先生に生意気なことを言って授業をバックレたあの日、まさかこんなことに巻き込まれるなんて予想しなかった。


「なるほど。そうすりゃ届くな」

「そういうことだ。そのためにまず屋上へ行かないと……」

 この階の隅に屋上への出口がある。藤堂と学校で初めて対面した場所だ。普段は施錠されているから破壊してでも上がるつもりだったのだが……。


「また鍵が開いている!?」

「おい、しかも脚立が」

 ジョニーが指をさす先には脚立が備えられていた。壁に設置された梯子まで容易く上がれるようになっている。


 誰かが先に屋上に行ったのか……? 門の鍵と言い、いったい誰が……。


「……上がるぞ」

 言葉にどうしても警戒心が出てしまう。だが立ち止まっている暇はなかった。僕は脚立から梯子へ飛び乗り、屋上へと体を持ち上げる。


 すでに上京が近づいているせいか、屋上を吹きつける風は強く冷たかった。その屋上の中央に制服姿の男が佇んでいる。


「川端昴」

「想像よりは早かったな」

 彼は僕の到着を予想していたように平然と言った。だが僕の後に現れたジョニーを見て一気に険しい表情になる。


「誰だその不審者は」

「不審者だと? 失礼なガキだな」

「川端、ジョニーだ。顔見知りの魔術使い。見た目は完全に不審者だがいまは人手がいる」

 僕はジョニーの抗議を無視して捲し立てた。川端は険しい表情こそ崩さなかったが、諦めたようにため息をついた。


「お前はどうしてここに?」

「突然あんなものが現れて学校のほうへ突き進んでるからな」

 彼が指さす先には、真っ白な球体が浮かんでいる。上京は天城原学園の結界に接触しかねない位置にまで近づきつつあるようだ。


「氷の魔力とくればおそらく上京華がかかわっているのだろう? ということはお前もかかわっているということだ」

「で、わざわざ門を開けて待っていたのか?」

 川端は強く鼻を鳴らす。


「会長のお指図だ。あの方は学校のすべてを把握している。結界を足場にすればあの球体に接触できるだろうことも、それをお前が思いつくだろうこともな」

「……何者だよ、その会長は」

「先輩! 来ました!」


 僕の疑問は乱入者に遮られた。藤堂だ。魔術領域を身にまとった彼女は校舎の壁を駆け上って屋上まで一気にたどり着いたようだ。飛び上がるように僕らの前へ現れ、スムーズに屋上に着地する。


「……誰?」

「生徒会副会長、川端昴だ。会長殿の命でお前たちを支援する」

「……こんな人うちの学校にいました?」

 覚えられやすい質じゃなかったのか? 川端。


「……ともかく」

 川端は気を取り直すように言った。

「どうやってあれを止めるつもりだ? 僕は魔術師じゃないからな。あの白いのに手が届いた先の策があるわけじゃない」


「それは大丈夫だ。こっちで考えがある……それをやるために協力してほしいことが」

 僕はジョニー、藤堂、川端を順番に見る。


「上京の魔術領域の外側には冷泉六花を模した羽根がある。これはおそらく原形の冷泉六花と同じ役割を果たすはずだ。近づいた敵を叩き落して防御する」

「さっき店長が打ち落とされたようにですか?」

 藤堂の言葉に僕は頷いた。


「あれが機能している限り魔術領域に突入するのは無理だろう。でも幸い羽根は六枚しかない。みんなが攻撃を繰り返して羽根を気を引けば」

「その隙にお前が入れるって寸法か」

「そうだ。特に遠距離攻撃が得意なジョニーにかかっている」


「わかったよ。羽根全部撃ち抜いてやる」

 ジョニーがガンベルトからリボルバーを引き抜いて準備を始めた。それを見た川端もブレザーの内ポケットから杖を取り出す。


「手数は多いほうがいいだろう。羽根の一枚くらいならどうにかできる」

「頼むぞ」


「先輩、私は……」

 藤堂が不安げに僕の袖を引っ張ってくる。彼女には遠距離攻撃の手段がないのだろう。だが、彼女にもやることがちゃんとある。


「藤堂は僕と一緒にあがってくれ。詠唱中に攻撃が飛んで来ないようにして欲しい」

「っ! わかりました。」

 藤堂は指示を受け、真剣な表情で答えた。


「"偽造のイミテーション・琥珀アンバー"」

 僕は魔力から蔦を生み出して結界の頂点へ伸ばす。蔦は結界に絡まって根ついた。引っ張って強度を確かめ、藤堂と一緒にしがみついて体を上へ持ち上げる。


 結界の頂点へ辿り着いた。結界は薄っすらとしか見えないうえに足元が丸くなっているので非常に不安定だ。しかも冷たい風が容赦なく吹きつけてくる。


 どうしても視線が下へ向かってしまう。高い……十五メートルは絶対にあるか? 少なくとも、落ちたら死ぬことだけは確実だ。


「先輩! "その声はわムーン・オーバーが友の声・ザ・マウンテン"!」

「うお!?」

 藤堂が鋭く叫びながら上段蹴りを入れた。氷の塊が僕へ向かって落ちてきていたのだ。下に気を取られて上への注意が疎かだった。


「た、助かった……」

「もうすぐ上京が来ます! 準備を!」

「あぁ」


 藤堂の言う通り、上京はすぐそばまで迫っていた。白い球体は天城原の結界を避けるためか高度を上げて近づいてきている。


 羽根が動いた。こちらへ向かって風を送るように羽ばたく。が、下から魔術弾に撃たれて弾かれた。ジョニーだ。彼のおかげで羽根の防衛機能はかなり低下している。


「よし……やるぞ藤堂。周りを頼む」

 ブレザーから姉さんの腕時計を取り出す。僕の時計のパーツと合わせて手の中に収め、しっかりと握りしめて詠唱を始める。


「"春風の丘、真夏の光。私は誓う"」

 轟音。藤堂が結界の上で飛び上がって僕に向かってくる攻撃を防いでくれる。


「"私は立つと。私は歩むと。私は戦うと。私は支えると。私は抗うと。私は変えると。私は生きると"」

 握りしめていた手を放す。魔力の圧を受けて時計のパーツはドロドロに溶け、原形を失った。ルビーの粒だけが高熱を発して存在を僕へ知らせる。


「"第二十三上アドバイス・級教範魔術トゥエンティサード炎の鎧スタンドアップ"!」

 右手でこぶしを作り、左の手のひらに叩きつけた。火花が散り、そこから炎が広がって全身を包み込む。熱い。本来は自分自身が焼け死なないように火力の調節が必要な難しい魔術だ。でも、いまは必要ない。

 上京の結界が僕らの真上に来る。想定よりも上空だ。


「先輩! 飛ばします!」

「わかった!」

 僕は藤堂へ向かって走った。彼女の手前で跳ぶ。藤堂がすかさず脚を伸ばし、僕の体へ滑りこませて蹴り上げた。


「いっけぇぇ!」

 僕は藤堂の脚を蹴った。二人分の脚力と魔力で体がすっ飛び、弾丸のように上京の領域を突き抜けた。


 魔力の幕を超えた瞬間、一気に風景が変わった。同時に、足が確かな地面につく。ここは空中ではない。膝まで雪の積もる凍土だ。ただただ殺風景な雪景色に猛吹雪が吹きすさぶ。


「これが魔術領域……」

 初めての光景に感慨を覚えている暇はなかった。風の勢いに押し返されそうになる。上級魔術クラスの障壁でも負けそうなほどの強さだ。僕はもう一度地面を蹴って前へ飛んだ。


 体が進む。真っ白な視界の中央から突然、黒い人影が浮き上がる。上京だ。雪の中で蹲っている。


「上京っ……」

 僕は腕を振って彼女を捕まえようとする。だが、上京へ手が近づいた途端、脳に刺すような痛みが走った。


 寒い。寂しい。嫌だ。認めてほしい。

 ひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだひとりはいやだ。


 頭が焼き切れそうだ。魔術領域の光景は精神世界の反映だという説もある。これが……上京の心の中というわけか。

 冷泉家に生まれた魔術師。何を抱えて生きているのか。


「上京!」

 声をあげるが、吹雪にかき消されてしまう。

 どうあれ。ここで引くわけにはいかない。


「上京……何がっ……」

 炎の鎧はその力を徐々に失いつつあった。姉さんの時計を合わせたとはいえ、元より少量のルビーだ。上級教範魔術を動かすのに余裕があるとは言えない。

 僕は冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。腹に力を込めて怒鳴る。


「何が……認められたいだ馬鹿野郎!」

 声が領域内に反響した。一瞬だけ吹雪が止んだ気がする。

 その隙に足を動かした。上京と距離を詰める。


「お前は誰かに認められたくて魔術師になりたいのか! そんなもんが本物の魔術じゃないことくらいお前が一番わかっているだろ! 僕なんてついさっきまで姉弟関係崩壊の危機だったぞ! だったら魔術師諦めるのか!? 絶対に違うだろ!」


 もう一歩距離が近づく。あと少し……。


「上京もそう思ったんだろ! だから#SSsなんかやっている! #SSsなら自力で金を稼げる! 何者にもなれる! いい年してテンガロンハット被ったおっさんにだって! 引退しても戦うルチャドーラにだって! 魔術のことを何も知らないくせに魔術領域を操る小生意気にだって! ……親がいなくて、大学どころか普段の生活でいっぱいいっぱいなクソガキが、魔術師になる夢だって見ることができる! 自分の力で!」


 ……吹雪が止んだ。完全に。僕は縮こまって膝を抱える上京の目の前に立っていた。

 上京の顔が上を向く。透明な瞳が僕を見た。


「上京……帰ろう」

 息が冷たい。


「悲劇のヒロインを気取るのはまだ早いぞ」

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