【それぞれの一日】 カイル編
「まぁ、こんなところかな」
紺色の髪の魔導士は、バシッと音を立てて、ベッドの端に腰掛ける黒髪の騎士の包帯が巻かれた身体の背中を叩く。
「痛っ!痛いですよ、カイルさん。傷より痛いです」
「バカな怪我をするからだ、愚か者め」
昨夜、コーヘイは負傷していた。呪術師に操られた複数の部下と対峙し、流石に苦戦した。いつもなら、魔導士団長が直々に治癒魔法を使って治してくれるのだが、今回は少しばかり派手な出血をしてしまったため、銀髪の魔導士は動揺してしまい、うまく魔法が使えなかった。
そこで、治癒の副団長の出番となった。通常は、医務局の治癒術師が騎士の治療を行うが。なんとなく、カイルは自分から治療を申し出た。
「頼むから、どうしようもない理由で死んでくれるなよ」
「それは、はい」
「今は陛下の外交手腕で、大きな戦闘がないが、戦乱時の騎士団員の平均寿命は三十四歳なんだからな」
「えっ、そんなに短いんですか」
「魔導士だって、だいたい五十歳ぐらいだぞ。こっちは戦闘じゃなく、不摂生のせいだが」
「だから、女性騎士がいないんですね。そもそも入団する人も少ないですし」
「まあちょっと、死亡率が高すぎる」
包帯や薬を箱に詰め、片付けながらカイルは言う。
「……頼むから、セトルヴィードより先に死ぬのは勘弁してくれ」
「それはちょっと難しいですね。最悪、守って死ぬ覚悟もありますし」
カイルはその紺色の瞳を閉じて、深い溜息をつく。
「守って、なおかつ生き残れ」
「善処はします。自分から死にに行ったりはしませんよ」
「多分、おまえを失ったら、あいつも長くはないだろうな」
「繊細ですよね、見た目のせいもあると思いますが、ガラス細工みたいです。時々、すごい頑固でびっくりしますが」
カイルはコーヘイの前に椅子を置き、自らも座った。
「コーヘイは、王都防衛の古代魔法の件、聞いているんだったか」
「はい。分離の時も傍にいました」
「先々代国王の時は本当に戦乱の世という感じで、あの時は王都防衛の魔法陣を発動させるしかなかった」
「それも聞きました」
「当時の魔導士団長は女性、しかも国王の想い人だったという悲劇のおまけつきだ。嫉妬に狂った王妃がそうなるように、敵をそこまで引き込んだっていう話もあるんだぞ」
「うわぁ……」
王都防衛の魔法陣の発動の対価は、魔導士団長の命。国王自ら、想い人の胸に剣を突き立てた事になる。
「次の魔導士団長の候補が見つからなくて、実は二十年ほど団長が不在になった時期がある、内密にされたが」
「やっと見つかったのが、ガイナフォリックス卿なんですね」
「先代国王と現国王はその事もあって、とにかく、戦争回避にとにかく重点を置いてる。外交や諜報活動で、なんとかギリギリという所だが」
「戦争を起こさないというのは、起こすより難しそうです」
「偶発的なきっかけは避けられないしな。ゴートワナ帝国のように、力で押してくるだけの国もあったし」
カイルが
「セトルヴィードが、次期魔導士団長の候補に決まったのは、俺達が十四歳になった頃かな。当時学生だった」
寮の部屋。貴族の子弟の通う学校であったから、それなりの広さと調度が整っているいい部屋だ。カイルとセトルヴィードは幼馴染という事もあって同室だった。
「おい、セトルヴィード。もう食事の時間だぞ?」
ベッドの隅で、膝を抱えて座る銀髪の少年が目に入った。
「先生に呼び出されたって聞いたけど、何だ?叱られて拗ねてんのか?」
「……違う」
「じゃあ何だよ」
カイルはその隣に座った。銀髪の少年の、紫の瞳があまりにも暗くて。
「私が、次の魔導士団長だそうだ」
「え、名誉な事じゃないか、そうか次はおまえなんだ」
親友がこの国の魔導士の最高位に立つと聞いて、カイルは反射的に誇らしく感じたのだが、セトルヴィードは落ち込む一方だった。
「なんで、私なんだろう」
「どうして落ち込んでるんだよ」
「怖いから」
「怖い?」
王室からの使者から聞いた、魔導士団長の責務について。その責任と、縛り。本当は内密にするように言われていたが、少年は耐えきれずにカイルに告白した。
「嘘だろ……」
「これからは、王都から一歩も出てはいけないらしい」
「えっ継ぐ前から?」
「故郷の湖水地方にも、もう帰れない。王都の中でも、常に監視と護衛がつくって」
抱えた膝に、顔をうずめる。銀髪が、流れるようにその表情を隠す。
それからというもの、セトルヴィードは無理な鍛錬を繰り返すようになった。眠れない夜ごとに、力を使い切って気絶する。そんな繰り返しの毎日。
美しい見た目は更に磨きがかかり、危うさと
友人の冗談に笑い、ふざけ合っていた少年はいなくなってしまった。
十七歳になった時、ついにセトルヴィードは自殺未遂をやらかした。普段の鍛錬でさえ、もうこのまま死んでもいいと思ってやっているレベルだったのに、それでも死ねないのならと、思い切って手首をかき切った。
カイルが気づいて事なきを得たが……。死んで自由になろうとする所まで、追い詰められていた。
それからは、赤点すれすれの落第生気味だったカイルは、猛勉強を開始したのだ。
とにかく治癒術を極める。銀髪の魔導士を死なせないために。
親友として支えになるために。
鳥籠に閉じ込められても、なんとか幸せになって欲しかった。自分も一緒に、その中に入る覚悟と決意で。
支えになる柱は一本では足りないと感じたカイルは、あの手この手で、セトルヴィードに友達や彼女を作らせようとした。だが逆効果で、どんどん
「カイル、もうやめてくれ。ほっといて欲しい」
「じゃあもう心配かけるなよ、ほっといても大丈夫って俺に思わせてくれよ!」
「カイルには関係ない」
「おまえが何と言おうと、俺は親友だと思ってるからな」
「私は、思ってない」
カイルは溜息をついた。思えば溜息の癖は、この頃から始まった気がする。
「じゃあもう、おまえの事は何も言わない。だが幼馴染のよしみで、俺の話は聞いてくれ、相談したい事がある」
「……わかった」
椅子に座って、久々に長く話をした。カイルが話す事を、セトルヴィードが頷いて聞いているだけだったが。だがそれは、彼の本質が変わっていない事を示す証拠でもあった。孤高を貫こうとしつつも、人に寄り添いたがるその優しい性格。
カイルはその時、当時付き合っていた自分の彼女の話をしていた。
「……とまあ、こんな感じで、演技してるんじゃないかなあって、おい?」
真っ赤になって、手で顔を隠して俯き、震える親友がそこにいた。カイルはちょっと、大人な関係の話をしていたのだが、セトルヴィードには全く免疫がなかった。
「そういう事を、人に話すのは、どうかと思うな!」
その口調が、子供の頃のままだったのが、カイルには嬉しくて。その後もそっち方面の話ばかりしてみた。
「頼む、もうやめてくれ、ほんと無理」
「じゃあ、おまえの話を聞かせてくれよ」
「絶対いやだ」
「じゃあさ、これだけ。胸は大きい方と小さい方、どっちが好みだ」
「……大きい方?」
思い出話の最中だったが、思わずコーヘイが突っ込みを入れる。
「まさかその一言を、未だにからかってるんですか?」
「そうだよ、だってそれにしか感情的に反応しないんだもん」
その後は、カイルが一方的に茶々を入れる、という感じだったが、銀髪の魔導士は少しずつ落着きを取り戻し、魔導士団長になるための覚悟を固めていった。何人かの女の子と付き合うようにもなったし、いい兆候を見せていたのだが。
「いきなり前団長が失踪ぶっこいて、二十三歳で継ぐ事が決まったんだな」
心の準備が整わないうちに、セトルヴィードが一番恐れていた、古代魔法をその身に刻む日が突然訪れた。
魔導士はみんな、古代魔法の恐ろしさをよく知っている。勉強に勉強を重ねた、真面目一辺倒だったセトルヴィードにとっては、この世の終わりと同義だった。ついに鳥籠が閉じられる。
しかも自分が逃げ出すと、十歳に満たない子供が次の候補と聞いており、根がとことん優しい魔導士は、逃げ場を失い諦めた。
こうやって、無口で鉄仮面の孤高の魔導士は出来上がってしまった。
「俺じゃ、支えになれなかったのは残念だ」
「そんな事ないですよ。カイルさんがいなければ、今ここにいないでしょう」
カイルはまた、溜息をもらす。
「もう何が正しいのかわからん。自死しようとしたあの日に、死なせてやった方が、あいつは幸せだったのではないかとも。フレイアの時は、本気でやばかったもん」
「それでも、閣下はちゃんと生きてるじゃないですか。カイルさんの支えがあってこそでしょう」
「今のあいつの支えは、絶対におまえだからな。おまえとの付き合いが生じてから、昔みたいに喋るようになったんだぞ。絶対に先に死ぬなよコーヘイ」
「わかりました。これからは閣下を、今まで生きててよかったって思える程、幸せにしてみせますよ」
「おまえ、もっとはやく、この世界に来てくれてたらよかったのに」
カイルは苦笑する。コーヘイは少しその黒い瞳を伏せて考える。
「それじゃあこれからはカイルさん、自分を死なさないようにしてくださいね」
「えっ」
「自分が守護騎士として身を挺してでも閣下を守りますんで、カイルさんがその騎士を死なさないように治癒する、間接的に閣下は死なない。どうでしょう」
「俺に、おまえの治癒術師になれって言ってんの?」
「そうですよ」
ぱっといつもの、爽やかな笑顔を向ける。
「参ったな」
だが、それも悪くないように思えた。
異世界人の事を、昔は随分と嫌っていたはずなのに、今は何のわだかまりも感じない。大事な親友を支える強固な一本の柱。それを保護するのもやりがいがありそうだ。
軽いノックの音が聞こえ、銀髪の魔導士が扉を開けた。
「コーヘイの様子はどうだ?」
「かすり傷だったぞ」
「そうなのか?随分と出血があったから」
「血ぐらいでびびるなよ」
「心配をかけました。ところで閣下」
「何だ」
「閣下は今、幸せですか?」
いきなりの質問に、銀髪の魔導士は一瞬怯んだ。
「え、なんだろう。そうだな……お前達が傍にいるときは、幸せだなあって思うかな。世界に色が付くっていうか」
顎に手を持っていく、いつもの考える仕草をして言う。
「カイルさんも、どうやらちゃんと支えの数に入ってますよ」
黒髪の騎士は、笑いながらそっとカイルに耳打ちをする。
紺色の髪の魔導士は、気恥ずかしくなった。
「そうだな、特にカイルは幼馴染で親友だし。昔も今も、ずっと傍にいて私を幸せにしてくれてると思う」
「おまえ、親友じゃないって言ったじゃないか」
「そうだったか?」
「おまえも、大概クソ野郎だな」
そうは言いながらも顔はつい、にやけてしまった。
誰もが憧れる魔力と知識がありながら、どこか脆くて、頑固で、美しい。
そんな素晴らしい自慢の親友を支えて行く事が、カイルの生きがいであり、幸せである。
願わくば、この幸せが、一日でも長く続くように。
今日も彼は治癒術を極める。
異世界人はこの世界を愛してるⅢ MACK @cyocorune
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