第5話 天馬捕獲録 その5
優嵐は理解に苦しむとばかりに吐き捨てる。
『劉剣道士。君はどうしてこんな騙すようなことをしたのか』
「そうですね、正直な話、騙していないとは言えないですね」
『では、何故? 説明を求める』
「いくつか理由はありますが、全ては貴方たちと対等に話し合いをするためですね」
劉剣は一から説明を始める。
「まず、琳洛が暴れたからまともな話し合いは望めないと分かっていました。それは僕一人でも無理だったでしょう。だから、罰を受けることにしたのですが、琳洛では一刻耐えられないのではないか、と考えました」
琳洛が口を尖らせる。
「私だって防護術くらい修得しているし」
「僕が使用したのは防護術じゃなくて、無意味系の移動術だよ」
「無意味系? そんなのあるの?」
「うん、自己を空虚にすることで加速に耐える術。
懐から水月鏡が文句を言ってきたが、劉剣は軽く笑って受け流す。
「実際、これ、個人主義の仙道にはあまり役に立たない移動術なんだ。ほとんどの衝撃は受け流せるけど、障害物と衝突した場合の対応が難しい。実際、僕は半死半生まで追い込まれた。あ、琳洛の方が治癒術は僕と比べ物にならないくらい上手だからというのも理由の一つでしたね」
後半は優嵐に向けて喋りながら劉剣は説明した。
「それと衣服を交換して天馬の嗅覚対策だけでは不安でした。存在感を薄めることで交代が発覚しにくいだろうな、という計算もありますね。他にはわざと天馬を侮辱するようなこと言って挑発したり……とにかく、いろいろと考えての策ですね。ああ、あの時の言葉は全面的に撤回させて貰います。失礼しました」
劉剣は
別に劉剣を傷つけた罪悪感ではなく、道士程度にそこまで手玉に取られたことが悔しかったからだった。
『試すような真似は無礼だと思わないか』
「そうかもしれませんね」
劉剣は悪びれることなく肯定する。
『……こんなことをしたのは……我に罪悪感を与えるつもりだな』
優嵐の考えは至極当然のものだった。
罰を与えるべき人間に与えず、罰を与えるべきではない人間に与えてしまったのだ。
狙われていたとはいえ、未熟な道士相手では言い訳できない。
それは誇り高い天馬だからこそ通用する駆け引きだった。
「いいえ、違います。むしろ、気にしないでください」
だから、否定した劉剣の考えが読めずに優嵐は困惑する。
『? どういう意味か?』
「結局の所、間違えるんですよね。どんな存在であっても」
『……どういう意味だ』
「天馬よ。貴方たちは高潔な仙獣です。規律正しく、およそ他の仙獣を侵すような真似もしない公平な種族です。だから、厳しい」
『褒めているのか?』
「いいえ。厳しさも臆病さの裏返しでしかない以上、貴方たちは他に選ぶことができないだけです」
『それは認めよう。だが、仕方のないことだ。
「そうでしょうね。でも、やっぱり、間違えるのです。誰も彼もが。多分、仙人の究極たる八仙たちでも間違えるはずです」
『話をもっと短くまとめてくれないか』
「貴方は僕の罠に気づかなかった。貴方たちの法に則った処罰の対象ではなかったのに殺されかけた」
『君が気にするなって言ったのではないか』
「はい。気にしなくて良いです。ただ、知って欲しかったのです。
間違えることなんて誰にでもあるのだから。
こちらの失敗も許せとは言いません。ただ、話し合う機会をください。せめて、聞く耳を持ってください」
お願いします、と劉剣は頭を下げた。
琳洛は困ったように目を彷徨わせている。
優嵐は暫く黙っていた。
『教えてくれ。劉剣道士。何故君たちは交代していたのか?』
「はて、もう説明した気がしますが?」
『言っては悪いが、琳洛道士の方が術の腕前は遥か上に見える。確かに無意味系の移動術は修得していないようだが、他の手段でも耐えられただろう』
「そうですね、琳洛は並の仙人より術の切れは上です。ですが、それで貴方たちが僕らを信用することはないでしょう」
『そんなことは――』
「ありませんね。貴方たちは弱い。弱いからこそ今まで生きてこられた。そんな貴方たちの価値観が揺るぐわけがない。罰を受けた程度で許せるわけがない」
だから、僕が代わりに受けたのです、と劉剣はニッコリ笑う。
「僕が罰を受けたからこそ話し合いに応じてくれているはずです。痛みの伴わない言葉に説得力なんてない。僕が綺麗なまま、琳洛の罰を受けているのを見過ごすような人間だとしたら――貴方は僕の説教を聞き入れましたか?」
言葉なんて無力なものです、と劉剣は言う。
『……なるほどな』
「だから、僕の発言力を強めるために罰を受けたのです」
その隣で、ずっと黙っていた琳洛が打ちひしがれたように言う。
彼女も罰を受けないという罰を受けていたのだ。
「本当にごめんなさい。私のせいでこんなことに――」
劉剣は首を横に振った。
「そんなことよりも、ちゃんと謝ろう。一緒に」
「あ……」
その言葉で琳洛はおずおずと進み出た。
そして、
「平和な生活を乱して本当にごめんなさい」
心から反省した様子で彼女は頭を下げた。
目の端に涙が浮いている。
それは様子ではなく、見ている者にも伝わる心からの謝罪だった。
優嵐だけではなく、天馬たちは無反応だった。
今までにない事態なのだろう。
だが、それは琳洛も同じだった。
いや、もっと顕著な反応で劉剣に助けを求めるような視線を送ってきた。
だから、彼は軽く肩をすくめる。
「そういえば、琳洛、何回も僕の名前呼びそうになったでしょ? たくさん打ち合わせしたのにもうっ」
劉剣が冗談っぽく言うと琳洛はますます小さくなった。
「ほ、本当にごめんなさい。足ばっかり引っ張って……」
「あ、ご、ごめん。冗談だったんだけど――」
『なぁ、劉剣道士。君たちは四凶に四瑞を捕まえるつもりだと言っていたが、本気か?』
「はい、その為には貴方たち天馬の力が必要なのです」
力強く頷く劉剣に対して、琳洛が気まずそうに言う。
「えっと、ごめんなさい。私は移動手段として欲しかっただけだけどね……」
「琳洛、君はもうちょっと考えて動きなよ」
「いやいや、だって! 仙界屈指の仙獣を移動手段として考えない方がおかしいでしょ!」
「事実かもしれないけど、それを本人たちの前で言うかなぁ……」
「しまった!」
二人のやり取りを見ながら優嵐は笑い始める。
『く、くくくくくっ……』
劉剣は慌てて謝る。
「あ、ごめんなさい。無視して盛り上がっちゃって」
『いや、構わん。我は貴様を気に入った』
「え?」と、呆けたように琳洛が首を傾げる。
『我ら天馬は確かに変わる時期にあるのかもな』
優嵐は嘶く。
高々と。
それは自由な空を思わせる叫びだった。
『良かろう。手を貸そうではないか。それも一興というものだろう』
*
今後のことを話し始めた道士二人と天馬を横目に、宝貝二体が会話をしている。
水月鏡が呆れたように言う。
『劉剣って実は全然温厚でも善人でもないよね』
それは宝貝言語だったので、余人には聞き取れない会話だった。
『気づくのが遅いわい。じゃが、別に悪人でもないがのぉ』
『でも、分類するとしたら悪人じゃない? 私は苦手な性格かもしれないな』
『いや、そのどちらかで分類する意味はないじゃろう。そういう単純な二元論の敵という意味じゃ悪人かもしれんがのぉ』
結局、劉剣は琳洛に邪魔されたくなかったのだろう、と水月鏡は思った。
琳洛は一所懸命になりすぎて視野が狭い。
加えて気が強く、説教など耳を傾けるような類の性格はしていない。
自身が傷つくよりも、その無鉄砲さで他人が傷つくかもしれない。
その事実を痛感させるための荒療治。
命を懸けることで、他人を動かせるものがある。
それは形を変えた暴力だった。
『攻撃仙術を覚えない、か。何か理由があるのかもね。劉剣の性格って見方によってはかなり攻撃的だもの』
『まぁ、頼もしい限りじゃわい』
『私は心配で仕方ないけどね』
*
劉剣たちの手伝いのため、群れを離れる。
だから、天馬の首長を次席に譲る。
これは
『頑張ります!』という次席の言葉に嘘偽りなど臭わなかった。
それを横で聞いていた劉剣は優嵐の落胆を感じ取り、慰める。
「そんなものですよ。気を落とす必要などありません」
『別に気など落としてはいないが』
「自分がいなければ駄目なんて事態、そうそうありません」
『我に意味などなかった、と?』
「逆です。貴方という存在がいたから、群れの中から貴方の後継が現れたのです。意味がないどころではありません。貴方がいなくなることが、最後の役割かもしれませんよ」
誰かが自分の代わりになれる。
こんな幸せはありませんよ、と劉剣は笑う。
『自分の役割がなくなるのが幸せ?』
「違います。自分の今までの役割を終えることが幸せなのですよ。新しい一歩を共に歩めることを僕は喜びます」
劉剣は純粋に笑みを浮かべる。
そうかもな、と優嵐は全身から余分な力が抜ける心地で思った。
天馬捕獲録 了
仙獣捕獲録 はまだ語録 @hamadagoroku
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