ゼロ

棗颯介

ゼロ

 ある昼下がり、ふと思った。


「そうだ、死のう」


 そう決意させたのは、寝ぼけ眼でスマートフォンの音楽ライブラリからなんとなく選んだ一曲がきっかけ。

 BUMP OF CHICKENの『ゼロ』。まだ自分が中学生だった頃に聴いていた曲。カラオケで歌おうとしたこともあったけれど高音が出しづらくてなかなか人前では歌えなかったっけ。

 切なくも美しいメロディと歌詞に、当時の自分は葬式にかけるならこの曲だろうと思っていたりもした。


 もう間もなく死ぬ俺だが一応語っておこう。

 俺はミュージシャンを目指して上京した売れないボーカリストだ。一応事務所に所属してはいるが、CDの売れ行きはさっぱり。小さなライブハウスで歌ったりもしているけれど当然客足もさっぱり。時々駅前で路上ライブをやったりもしているがそれも足を止めて聞いてくれる人はやっぱりさっぱり。

 自分で言うのもなんだがそれなりに歌は上手い方だ。なのにどうしてこんなにも売れないのか不思議で仕方ない。鳴かず飛ばずのまま、ボロアパートで曲を作って、バイトに勤しむ毎日。最初の頃は仕方ないとも思っていた。どんな一流のアーティストだって最初はこんなものだと自分で自分を納得させていた。

 でも、そんな日々が一年、二年、三年と続くうちに、だんだん生きるのも苦痛になってくる。どうして自分はこんな苦労を背負いこんでいるんだろう。どうして音楽を手放せないんだろう。どうして自分は生きているんだろう。

 だから思った。

 死のう。


 いつもコンビニ弁当やインスタント食品ばかり食べているせいで無駄に切れ味が良い包丁をキッチンから持ってくる。まるで大河ドラマに出てくる侍が切腹するシーンみたいに正座して、あとは包丁を一思いに腹に突き刺すだけ。


【ここだよって教わった名前 何度でも呼ぶよ最期が来ないように】


 スマートフォンから流れる歌。

 もう随分忘れかけていたけれど、昔の自分が願った通り、この歌に見送られてこの世を去れるなら、まぁ幸せかな。

 そうして俺は、鈍く光る刃を一思いに突き刺した。


 ***


 もう間もなく死ぬ俺だが一応語っておこう。

 俺はミュージシャンを目指して上京した売れないボーカリストだ。一応事務所に所属してはいるが、CDの売れ行きはさっぱり。小さなライブハウスで歌ったりもしているけれど当然客足もさっぱり。時々駅前で路上ライブをやったりもしているがそれも足を止めて聞いてくれる人はやっぱりさっぱり。

 自分で言うのもなんだがそれなりに歌は上手い方だ。なのにどうしてこんなにも売れないのか不思議で仕方ない。鳴かず飛ばずのまま、ボロアパートで曲を作って、バイトに勤しむ毎日。最初の頃は仕方ないとも思っていた。どんな一流のアーティストだって最初はこんなものだと自分で自分を納得させていた。

 でも、そんな日々が一年、二年、三年と続くうちに、だんだん生きるのも苦痛になってくる。どうして自分はこんな苦労を背負いこんでいるんだろう。どうして音楽を手放せないんだろう。どうして自分は生きているんだろう。

 だから思った。

 死のう。


 いつもコンビニ弁当やインスタント食品ばかり食べているせいで無駄に切れ味が良い包丁をキッチンから持ってくる。まるで大河ドラマに出てくる侍が切腹するシーンみたいに正座して、あとは包丁を一思いに腹に突き刺すだけ。


【ここだよって教わった名前 何度でも呼ぶよ最期が来ないように】


 スマートフォンから流れる歌。

 もう随分忘れかけていたけれど、昔の自分が願った通り、この歌に見送られてこの世を去れるなら、まぁ幸せかな。

 ———あれ、なんかデジャブが。まぁいいか。

 そうして俺は、鈍く光る刃を一思いに突き刺した。


 ***


 もう間もなく死ぬ俺だが一応語っておこう。

 ———あれ、またなんかデジャヴを感じるぞ?

 俺はミュージシャンを目指して上京した売れないボーカリストだ。一応事務所に所属してはいるが、CDの売れ行きはさっぱり。小さなライブハウスで歌ったりもしているけれど当然客足もさっぱり。時々駅前で路上ライブをやったりもしているがそれも足を止めて聞いてくれる人はやっぱりさっぱり。

 自分で言うのもなんだがそれなりに歌は上手い方だ。なのにどうしてこんなにも売れないのか不思議で仕方ない。鳴かず飛ばずのまま、ボロアパートで曲を作って、バイトに勤しむ毎日。最初の頃は仕方ないとも思っていた。どんな一流のアーティストだって最初はこんなものだと自分で自分を納得させていた。

 でも、そんな日々が一年、二年、三年と続くうちに、だんだん生きるのも苦痛になってくる。どうして自分はこんな苦労を背負いこんでいるんだろう。どうして音楽を手放せないんだろう。どうして自分は生きているんだろう。

 だから思った。

 死のう。

 ———さっきも死んだ気がするけど。


 いつもコンビニ弁当やインスタント食品ばかり食べているせいで無駄に切れ味が良い包丁をキッチンから持ってくる。まるで大河ドラマに出てくる侍が切腹するシーンみたいに正座して、あとは包丁を一思いに腹に突き刺すだけ。

 ———さっきも突き刺した気がするけど。


【ここだよって教わった名前 何度でも呼ぶよ最期が来ないように】


 スマートフォンから流れる歌。


「……いや、この曲やめた方がいい気がするな」


 特に理由はないけれどこの曲をバックにして死ぬのはやめておいた方がいい気がする。

 スマホの音楽ライブラリをスクロールして他に相応しい曲がないか吟味する。

 ミュージシャンを目指しているだけあってライブラリには曲が無駄に蓄積されている。数えたことはないが千はゆうに超えているだろう。


 ———お、吉田拓郎さんの『今日までそして明日から』か。


 子供の頃に見たとあるアニメ映画のエンディングに使われていた曲。親父が好きだった曲だ。明らかに世代ではないけれど、親が好きな歌っていうことでなんとなく買ったんだっけ。

 親が好きだった曲に見送られていくのもいいかもな。


【私は今日まで生きてみました 時には誰かに裏切られて】


 あぁ、すごい死にたくなる歌詞だ。

 親父、親不孝な息子でごめんよ。

 そうして俺は、鈍く光る刃を一思いに突き刺した。


 ***


 もう間もなく死ぬ俺だが一応語っておこう。

 ———おいこれ何度目だ。

 俺はミュージシャンを目指して上京した売れないボーカリストだ。一応事務所に所属してはいるが、CDの売れ行きはさっぱり。小さなライブハウスで歌ったりもしているけれど当然客足もさっぱり。時々駅前で路上ライブをやったりもしているがそれも足を止めて聞いてくれる人はやっぱりさっぱり。

 ———どうしてこんなことになっているのか俺にもさっぱりだ。

 自分で言うのもなんだがそれなりに歌は上手い方だ。なのにどうしてこんなにも売れないのか不思議で仕方ない。鳴かず飛ばずのまま、ボロアパートで曲を作って、バイトに勤しむ毎日。最初の頃は仕方ないとも思っていた。どんな一流のアーティストだって最初はこんなものだと自分で自分を納得させていた。

 でも、そんな日々が一年、二年、三年と続くうちに、だんだん生きるのも苦痛になってくる。どうして自分はこんな苦労を背負いこんでいるんだろう。どうして音楽を手放せないんだろう。どうして自分は生きているんだろう。

 だから思った。

 死のう。

 ———おう、早く死なせてくれ。


 いつもコンビニ弁当やインスタント食品ばかり食べているせいで無駄に切れ味が良い包丁をキッチンから持ってくる。まるで大河ドラマに出てくる侍が切腹するシーンみたいに正座して、あとは包丁を一思いに腹に突き刺すだけ。


【ここだよって教わった名前 何度でも呼ぶよ最期が来ないように】


 スマートフォンから流れる歌。


「……いや、この曲やめた方がいい気がするな」


 特に理由はないけれどこの曲をバックにして死ぬのはやめておいた方がいい気がする。

 スマホの音楽ライブラリをスクロールして他に相応しい曲がないか吟味する。

 ミュージシャンを目指しているだけあってライブラリには曲が無駄に蓄積されている。数えたことはないが千はゆうに超えているだろう。


 ———ZONEの『secret base』か。


 高校生の頃に聴いた曲だ。俺は観てなかったけれどあの花がなんとかっていうアニメで使われたんだっけか。夏の終わりに聴くと死にたくなったっけ。

 これにするか。今別に夏じゃないけど人生という夏休みが終わった気分を味わえそう。


【君と夏の終わり 将来の夢 大きな希望 忘れない】


 死んだら終わらない夏休みが俺を待ってるといいな。

 そうして俺は、鈍く光る刃を一思いに突き刺した。


 ***


 もう間もなく死ぬ俺だが一応語っておこう。

 ———いやもう語らなくていいから。無駄に尺稼がなくていいから。

 俺はミュージシャンを目指して上京した売れないボーカリストだ。一応事務所に所属してはいるが、CDの売れ行きはさっぱり。小さなライブハウスで歌ったりもしているけれど当然客足もさっぱり。時々駅前で路上ライブをやったりもしているがそれも足を止めて聞いてくれる人はやっぱりさっぱり。

 ———そこももう聞き飽きたから。

 自分で言うのもなんだがそれなりに歌は上手い方だ。なのにどうしてこんなにも売れないのか不思議で仕方ない。鳴かず飛ばずのまま、ボロアパートで曲を作って、バイトに勤しむ毎日。最初の頃は仕方ないとも思っていた。どんな一流のアーティストだって最初はこんなものだと自分で自分を納得させていた。

 ———あー、分かった分かった、納得したから。

 でも、そんな日々が一年、二年、三年と続くうちに、だんだん生きるのも苦痛になってくる。どうして自分はこんな苦労を背負いこんでいるんだろう。どうして音楽を手放せないんだろう。どうして自分は生きているんだろう。

 だから思った。

 死のう。

 ———とっとと死んでくれ!!!


 いつもコンビニ弁当やインスタント食品ばかり食べているせいで無駄に切れ味が良い包丁をキッチンから持ってくる。まるで大河ドラマに出てくる侍が切腹するシーンみたいに正座して、あとは包丁を一思いに腹に突き刺すだけ。


【ここだよって教わった名前 何度でも呼ぶよ最期が来ないように】


 スマートフォンから流れる歌。


「……いや、この曲やめた方がいい気がするな」


 特に理由はないけれどこの曲をバックにして死ぬのはやめておいた方がいい気がする。


 ———『青の蛍言葉』……いや、夏の曲はなんかやめた方がいい気がする。

 ———北乃きいさんの『風華恋』か。Youtubeでたまたま見つけてメロディが気に入ったんだっけ。


 よし、今度こそ。今度こそ死ぬぞ。


【もう時代のせいじゃない ましてあなたのせいじゃない】


 こうなってるのは俺のせいじゃないからな。今度こそ。

 そうして俺は、鈍く光る刃を一思いに突き刺した。


 ***


 もう間もなく死ぬ俺だが一応語っておこう。

 ———もういいってぇ!!!

 俺はミュージシャンを目指して上京した売れないボーカリストだ。一応事務所に所属してはいるが、CDの売れ行きはさっぱり。小さなライブハウスで歌ったりもしているけれど当然客足もさっぱり。時々駅前で路上ライブをやったりもしているがそれも足を止めて聞いてくれる人はやっぱりさっぱり。

 ———いやもう本当にいいからさぁ!!!

 自分で言うのもなんだがそれなりに歌は上手い方だ。なのにどうしてこんなにも売れないのか不思議で仕方ない。鳴かず飛ばずのまま、ボロアパートで曲を作って、バイトに勤しむ毎日。最初の頃は仕方ないとも思っていた。どんな一流のアーティストだって最初はこんなものだと自分で自分を納得させていた。

 ———納得できねぇよこんな状況!!!

 でも、そんな日々が一年、二年、三年と続くうちに、だんだん生きるのも苦痛になってくる。どうして自分はこんな苦労を背負いこんでいるんだろう。どうして音楽を手放せないんだろう。どうして自分は生きているんだろう。

 だから思った。

 死のう。

 ———死なせてくれぇ!!!


 いつもコンビニ弁当やインスタント食品ばかり食べているせいで無駄に切れ味が良い包丁をキッチンから持ってくる。まるで大河ドラマに出てくる侍が切腹するシーンみたいに正座して、あとは包丁を一思いに腹に突き刺すだけ。


【ここだよって教わった名前 何度でも呼ぶよ最期が来ないように】


 スマートフォンから流れる歌。


「……いや、この曲やめた方がいい気がするな」


 特に理由はないけれどこの曲をバックにして死ぬのはやめておいた方がいい気がする。


 ———というか、マジでこれいつまで続くんだ?もしかしなくても自殺のBGMに合う一曲を選べるまで延々死に続けるのか俺?


 手元のスマートフォンには千を超える楽曲が保存されている。

 『Life is like a boat』、『Last Train Home』、『光』、『ハレ晴レユカイ』、『夢と葉桜』、『Lemon』、『夏影』。その他諸々。

 果たしてこの中に自分の最期を飾ってくれる一曲はあるのか?

 もしすべての曲を試しても、それでも死ねなかったらどうなる?


 ———俺はいったい、いつまで死に続ければいいんだ?

 きっと俺は、これから数えきれない音楽に見送られて死んでいく。

 あぁ、ミュージシャン冥利に尽きる死に方だ。




※【歌詞引用】

☆『ゼロ』作詞:藤原基央

☆『今日までそして明日から』作詞:吉田拓郎

☆『secret base ~君がくれたもの~』作詞:町田紀彦

☆『風華恋』作詞:Tetsuya_Komuro

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ゼロ 棗颯介 @rainaon

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