第77話 里長として


 最近、目に見えて里の者たちの表情が明るくなっている気がする。


 以前はまではどことなく里全体が静かで暗かった。私のほうで結界を張っているとはいえ、周辺をうろつく危険な魔物たちに里の場所が嗅ぎつけられる可能性がないともいえず、大人も子供も、必要最低限以外のことはしなかった。


 ここにいるもののほとんどは、人間たちと結ばれてこの地に逃げのびたエルフたちと、その配偶者、そしてその間に生まれた子どもたちによって構成されている。もちろん、私の考えに賛同し、彼らの支援のためについてきてくれた者たちもいるが、片手で数えるほどしかいない。


 もちろん、人間たちと結ばれたことを後悔する者たちはいない。個人差はあるものの、人間たちは短命な分、私たちエルフより遥かに日々を懸命に生きている。その生命の輝きの美しさに、私たちは惹かれ、そして結ばれたのだ。


 たとえ掟によって故郷を追われても、自分たちは新たな土地で皆で支えあって生きていくのだと、ここへ流れ着いた当初は言い合っていたのだが。


 しかし、やはり厳しい環境が何年、何十年と続くと、そうも言っていられなくなる。予想以上に土地の開拓が難しく、狩りをするのも命がけ。


 追い出された以上故郷に支援を求めるのも難しく、かといって長年の種族間の軋轢から、人間たちの街で暮らしていくのも難しい。


 国に残る弟からの支援でかろうじて日々をしのいでいたそんな時に、ある一人の旅人が現れたのだ。


 ぱっと見は里にいる人間たちとそう変わらない普通の青年といった感じだったが、会った瞬間、すぐにこの青年はただものではないと言うことに気づく。


 他のものを威圧しないよう、普段から務めて力を隠しているのかもしれないが、私にはわかった。この青年には、私たちの想像では到底及ばないほどの力を奥底に秘めている、と。


 良くも悪くも、逼迫している状況を変えるのはこういう存在であることは、これまで長い時を過ごして嫌というほどわかっている。


 おとぎ話出てて来るような魔王を討伐するために生まれてきた勇者や、発展し過ぎた古代文明を滅ぼすために天より飛来せし竜など――まあ、それは言い過ぎかもしれないが、とにかく、最初のうちは彼の中にそういう得体の知れなさを感じたのだ。


 彼は自分のことを人間だというが……それも果たしてどこまで本当か。


 疑念は残ったが、敵意は感じなかったので、しばらく様子を見るために私は彼を里に招き入れ、色々なお願いを聞き入れることにした。


 彼のための住処を用意したり、里の子供たちに勉強を教えるための場や教材の用意など……弟にも迷惑をかけたが、これも必要な投資であると判断したのだ。


 もちろん中には反対する者もいたが……私の決定が間違いではなかったと、あの青年はすぐに証明してくれたのだ。


 困難だった里の開拓はあっという間に済み、作物を育てるのは難しいと言われていた土壌の問題も、一か月と経たないうちに改善した。また、彼が新たに強固な結界魔法を張ってくれたおかげで、オーガ種など、周辺にいたはずの危険な魔物はぱったりと姿を見せなくなった。


 まだまだ質素ながら、日々を生きるだけの生活環境から脱したことで、里の外かしこから久しぶりに笑い声が聞こえるようになったのだ。


 家から顔を出した子供たちが里の周りを駆け回って遊び、大人たちが作物の栽培や土地の開拓の手伝いに精を出している。


 近々、新たに開拓した土地には学校が出来る。この学校の評判が上がっていけば、もしかしたら、ここに移住してきたいと思う者たちが増えるかもしれない。


 種族にかかわらず、周囲の環境に馴染めず、外の世界へ出ることを余儀なくされる者たちは必ずいる。


 そういう者たちが何の気兼ねもなく、安心して過ごすことが出来る場所――この里はそんな『私たち』の願いから始まったのだ。


「一時はどうなるかと思ったけど……『先生』のおかげでなんとかなりそうだよ」


 そう言って、私は大部屋の隅に飾っている魔法の杖や、装飾品に向かって話しかけた。もうすでに亡くなってしまった私の妻の遺品だ。


 私もまた、人間である亡き妻の心の輝きに惹かれた者の一人だった。そのことを知っているのは、今はもう弟ぐらいだが。


「里長様……なにしてるの……?」


「おや、ミルミ。すいません、起こしてしまいましたか」


「大丈夫です。ちょっとお手洗いに行こうと思っただけなので」


 私もそろそろ休もうかというところで、『先生』がフォックスの街から連れてきた子供の一人が私の様子を覗き込んでいた。


 この子もまた、ジンやアリサといった里の子供たちと同じく、『先生』のもとで才能を大きく開花させた子だ。


 他の子たちもそうなのだが……引き取った当初は本当に普通の人間の子だったのだが、いつの間にか、まるで人が変わったように才能を覚醒させたのだ。


 眠っていた才能が覚醒する例……なくもないのだろうが、私も今まで見たことはない。これは私の予測でしかないが、思うに、人やエルフに限らず、産まれた時点で才能というのはほぼ確定するはずだ。どれだけ頑張っても、自らの得意属性を変えられないように。


 早々に闇魔法の適性を身に着けたジン、そして、異常な速度で魔力を高めていくアリサ、それに、ミルミを含めた他の子どもたちも――これは、おそらく偶然ではない。


 推測の域は出ないが、『先生』が子供たちの成長に関わっている可能性は高い。


 ……もし、そうだとするならば、『先生』の存在については、細心の注意を払わばければならないだろうが。


「ねえ、里長様」


「? どうしました」


「里長様は……先生にひどいこと、しないよね?」


 ミルミが私のことを真っすぐに見つめ、問う。この子は他と比べて人のことを良く観察しているから、私のわずかな感情の変化を捉えたのかもしれない。


「……まさか。先生は私たちの里の恩人ですから、そんなことは絶対にしませんよ。もちろん里の維持・発展のために先生に色々とお願いすることもあるでしょうが、それ以上のことはしませんし、他のものたちにもさせません」


「そうですよね……ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」


「構いませんよ。さあ、戻ってくるまで明かりをつけておきますから、早く用を済ませてきなさい」


「はい」


 私の答えに満足したのか、頭を下げたミルミはゆっくりとした足取りで部屋を後にする。


 この里が故郷であるジンやアリサはともかく、他の三人の心のよりどころは『先生』だから、もし彼に何かあれば、三人はあっさりここを見捨て、彼についていくだろう。


 才能云々はどうあれ、三人もすでにこの里の財産だ。皆と同じように、家族として大切に扱わなければならない。


 さて、私が引き入れたのは救世主か、はたまた災厄か――その答えが出るのは遥か先の話しだろうが、ひとまず、これからも『先生』とは友好的な関係を築いていきたいものだ。

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異世界先生 ~転移教師、辺境の森で魔法学校始めます~ たかた @u-da

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