第76話 間章:ルルードの呟き


 ※※


 冗談じゃない、と思った。


 これからエルネル様と一緒に、ボクのことをハーフエルフの里の小さな学校に連れていくけどいいか――ボクはただ頷いたけど、お父さんとお母さんからそう聞いたとき、正直、行きたくないと思っていた。


 なんでそんな辺鄙なところに……というのもあったし、そもそも規模が小さかろうが大きかろうが、学校自体に行きたくなかったのもある。


 学校のやつらなんか、みんなみんな大嫌いだ。


 口ではボクのことを心配するふりをして、心の中では鬱陶しがったり、嫌ったり、ボクに対して悪口を言っている。


 お前らは気づいてないのかも知れないけどな、ボクにかかればなんでもお見通しなんだ。


 ボクの耳元で誰かがひっきりなし悪意を囁いている。僕の周りを浮遊している微精霊たちの仕業なのはなんとなくわかっていたけど、どれだけ止めてと願っても、彼らに耳があるわけじゃないから、言葉なんて届くはずもない。そもそも、ボクは声を出せないし。


 そういう色々でボクはどこにも行きたくなかったのだが、大好きなお父さんとお母さんがボクのことを心配する気持ちはわかるので、とりあえず応じることにしたわけだ。大人の心の声はなぜか聞き取れないが、それぐらいは誰にだってわかる。


 なので、ひとまず話だけでも聞きに行くということで、エルネル様と両親の三人に連れられて里に向かった僕は。


 ――冗談じゃない。


 と、やはり同じことを思ったのだ。


 予想はしていたが、それ以上だった。まず、里に行くまでの道中がめちゃくちゃ危なかった。ボクのいるエルフの国から里に向かうためには、剣の岩やハシの泉を通るルートが一番安全なのだが、それでもヤバい魔獣たちがわんさかしている。


 エルネル様は『昔に比べれば、危ないのは最近になって特に見かけなくなった』と言っていたが、それはエルネル様がすごいだけではないだろうか。一般人のお父さんとお母さんは怖がっていたし。


 あと、道中で、一部分だけが黒く焼け焦げたところも遠くのほうにあったのを見かけた。このへんの森の樹木、確かドラゴンのブレスでも延焼し辛いって有名な黒壇樹じゃなかったっけ。


 まあ、ヤバいのはそれでいいとして、やっぱり、辺鄙な場所だからか娯楽も何もない。赤い走竜を里の小さな子供たちが楽しそうに乗り回していたのはちょっと楽しそうと思ったけど、僕は体も強くないから自分一人では難しいし。


 興味をそそられる本があれば、ずっとそれを読んでられるんだけど。本は好きだ。


 あとはやっぱり単純に遠い。もしここに通う場合は、さすがに下宿しなければならない。……それでもボクは別に寂しくなんかないけど。お父さんとお母さんを気を遣ったまでだ。


 以上の主な理由で、僕はこの話を断るつもりでいたのだけれど。


 そこで、ボクの前にとびきりヘンなヤツが二人現れたのだ。


 一人はハーフエルフ。一目見たときからコイツとは絶対に仲良くなれないと思ったが、なんと驚いたことに、コイツ、ボクと同じで心を読めるらしい。


 事実、ボクがコイツに向けて思っていた感情が全て伝わっていて、同じように僕に悪口を返してきたのだ。


 悪口の内容はここでは言わないが、それはボクのことを怒らせるには十分な内容で、ボクは思わずソイツに手を出してしまった。


 ボクのことを口が悪いと言ったが、そっちのほうが口が悪いだろう。ボクはマザコンなんかじゃない、親想いなだけだ。


 言葉と気持ちがあべこべなヤツも嫌いだが、悪口と悪意が同じになってるヤツはもっと嫌いだ。バカじゃないだろうか。エルフの血を引いているなら、もっと賢く生きて見せろ。


 そして、もう一人のヘンなのが、ここに住む里の子たちに勉強を教えている『先生』なる男。本名はシブキカオルとかいうらしいが、変な名前だ。


 さらに言えば、ヘンなのは名前だけじゃなく、考えもめちゃくちゃヘンだった。


 僕の家の部屋ぐらいしかない狭く、学校というにはあまりにしょぼすぎるその場所を、いずれ、誰もが知るような学校にしたいんだそうだ。


 冗談だろう、と思った。エルフの国の学校も行けないような『落ちこぼれ』のボクですら行きたくないと思うような場所なんか、誰が好き好んでいくものか、と。


 でも、ボクに向かってしゃべる『先生』の心は、どこまでも本気だった。


 ボクの精霊が耳元で囁いてくれたから、きっと間違いないのだろう。


 しかし、『先生』のお願いに、ボクが『嫌だ』と答えた。『先生』が諸々本気なのは伝わったけど、だからと言ってボクがそんな言葉に簡単に靡くとでも思ったか。


 今日のところはもうこれで帰らせてもらうから、せいぜい来年の春までボクがどっちを選択するか首を長くして待っているといい。


 ――答えはその時、ボク自らが『先生』の前に現れて伝えてやるとしよう。

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