09 閑話・愚痴る助言者

 ――ピッ……ピッ……と生命維持装置が一定間隔で動く音のみが占める病室の中、その主が眠る傍らに立ち、ヤツレた顔を見下ろしつつもスマホの画面にも視線を向け、忙しなくスワイプ操作を繰り返す老婆は数分もそうしていたかと思えば、それがひと区切りついた時点で軽く天を仰ぎ、明かりが落とされ暗い天井を眺めつつ独りごちた。


「東京湾湾岸のイベント参加者が集った日の夕刻、その帰省の移動渋滞で、県をまたぐトンネル内部での崩落事故が、後続の連続追突事故の発端……かい」


 そのルートは現在は旧道扱いされる県道で、経年劣化の補修に複数の県が関与することから補修作業の実施が事実上放置され、傷んだ状況にある日、大量の走行車が押し寄せたことによる振動で事故が起きたのでは……とメディアの自称専門家による考察がなされていた。


 ろくな事故調査も無い段階での無責任な考察が起きる程度に、その大事故には話題性はあった。状況が最悪だったとはいえ追突事故が主としたもので死者千人を超えたのである。重症・軽傷を加えればその被害者数は四倍近くにもなる。

 現代の日本にはおいては災害級の被害者数に届き、それは野次馬たちの美味しいネタとして扱われニュースやバラエティーが憶測満載の話題として放送していた。


「そのイベントってのが、パソコンだかスマホだかの〈ローズマリーの聖女〉のだったと。〝プレイユーザーの数割を一瞬で失った当作品展開の今後の明暗を考察〟……とか、下世話極まりない話だこと」


 孫――詩杏しあんの遭遇した事故の概要を現地で改めて確認した老婆は、包帯が撒かれ血色薄く意識不明のままのその無残な容貌を見下ろして憐れむ。


「しかもまぁ、それで終われず、悪夢となって続く〝起点〟がお前とかさぁ、私は本気で、ウチの血統を恨みたくなるね」


 老婆が空いた手を詩杏の包帯に覆われていない素の頬にあて、その〝六指〟にて優しく撫で、慈しむ。


「そりゃあさぁ、理不尽に抗いたい気持ちは当然だよ。お前が無自覚に〝やっちまった〟のだって仕方のないことさね。けど一度創った理を後から歪めたいなんて頑張りはさあ……この界隈の先達としちゃあ、説教もののお粗末ささ」


 老婆は詩杏の身体を通じ、その意識の奥の方で今、何が起きようとしているかの大体を把握し、咎めていた。


「誇り高き戦士の命を転生の地へ送る儀式。もうこの時代にゃ必要もない技をまぁ、ただ遠い血の中の縁だけで強引にやっちまうとかねぇ」


 しかもその転生の地まで一緒に拵えてのオマケつきだ。数百年ぶりに現れた我が孫の才能には本気で呆れるしかないが……それも己の命を糧にしてとなれば、〝この馬鹿モンが〟と怒鳴りたい気持ちの方が老婆には強かった。


「それにしても……なんだろうねぇこの子の念仏じみた思念は? 〝リセマラ、リセマラ〟と延々と唱え続けて」


 しかもかなりのコストを費やしているのか、一言ごとに詩杏の魂ともいうべき部分が大きく削れ、消えている。

 老婆の診立てでは、それは今成り立っている詩杏の中の世界の瓦解にも繋がる危険さだった。

 もし瓦解すれば。それは詩杏も含め、巻き込んだ多くの命も含め全てが無に帰すこととなる。


 だが特に現実に害なすことでもない。

 一見すればあの事故の死者が一人増えるだけのことになる。

 それは詩杏とは関係せず、あの事故にて同様に何処かに収容された者達にも等しく言える未来の形だろう。


 何処に想像するだろう。

 名も無い主婦があの事故をきっかけに異世界を創造し、そこに事故で亡くなった多くの命を転生させているなどと。

 だが老婆はそれを知っている。

 孫の行為を無謀と誹り咎めとしているが、同時に人の情として咎めきれぬとも知っていた。


「……まぁ婆ぁの愚痴もこの辺かね」


 老婆は覚悟を決めた。

 孫の頑張りだ、全力で後押ししてやろうかね、と。


 そうして老婆は、暗く狭い病室に儀式の支度を始めるのである。





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ヒール(悪役)ィング貴族生活 ~乙女ゲーム系異世界の主人公に蹴散らされ消える予定の雑魚貴族になりました。当然、そげな未来は全力で回避する所存です!~ がりごーり @10wari-sobako

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