第???話 私のハツコイ
※※※
――最初は、とても恥ずかしがり屋な男の子なんだと思った。……私と同じで。
前原真樹君。1年生の時からずっと同じクラスで、今ではすっかり仲良しさんである。……もしかしたら彼はそう思ってはいないかもしれないけれど、とにかく私はそう思っている。
海やニナちと一緒で、大事な友達。
しかし、申し訳ないことに、入学してしばらくの間、彼が私の視界に入ってくることはほとんどなかった。クラスメイトであることは、名簿があるからわかってはいたけれど、率先してクラス行事に参加するような人ではなかったし、授業が終わると、すぐに自分の家に帰っていたみたいだったから、話しかけようにも、中々きっかけもなかった。
そんな彼と初めてまともに話す機会が訪れたのは、入学から半年ほと経った、9月ごろ。
きっかけを作ってくれたのは、私の親友である海だ。新しい環境に馴染めず、一人ぼっちで塞ぎこみがちだった私に声をかけてくれて、友達になってくれて、それまで忘れていた笑顔を取り戻させてくれた女の子。
しっかりもので、頭が良くて、可愛くて、頑張り屋で。
そんな彼女が、一学年上の先輩に告白されている現場で、私は初めて彼とお近づきになれた。
初めて交わした会話の内容はあまり良く覚えていないけれど、不思議な雰囲気を持った人だな、と個人的には思った。小・中とずっと女子校で、男の子と接する機会自体がなかったのもあるだろうけれど、私に話しかけてくる人とは違って、私のことにあまり興味を持っていないように感じたのだ。
教室でいつもうるさくしているから、そのせいで鬱陶しがられているのかなと思ったが、話してみるとそういうわけでもないらしい。
口数は多くないけれど、私や、後は彼に対してかなり失礼な言い方をしていたニナちにも気を遣って。
根は優しい人なんだろうな、というのはすぐにわかった。
……だから、嫌われていないのなら、仲良くできればと思った。彼がずっとクラスで一人浮いていることはわかっていたから、私に何かできるようなら協力してあげたいと思って。
ちょうど、同じような状況で私のことを助けてくれた親友の女の子みたいに。
ただ、勢い余って連絡先を渡してしまったのはさすがにやり過ぎだったかもと思ったし、ニナちにも『それはさすがにヤバくない?』と注意されちゃったりもしたけれど、結局彼から連絡が来ることは一切なく、トラブルの種になることもなかった。
当然だ。だって、今にして思えば、その時にはすでに、彼は私の親友と仲良くなっていたのだから。
……私の親友は、いつだって、なんだって、私の一歩先を歩いている。
彼にとっての『初めて』は海に譲ってしまったけれど、文化祭が終わるころには、すぐに私も彼の中で『友達』になっていた……いや、やっぱり違う。確か最初の内、彼は私のことを『友達の友達』と言っていたような気がする。
友達の友達。
私にとってはそれはもう『友達』なのだが、彼にとってはまだまだ『ちょっとしたお知り合い』程度の認識だったようで。当時はちょっとだけムッとしてしまったけれど、そんなふうにぞんざいに扱われるのも新鮮だったから、それも案外楽しくて。
それからクリスマスのとある出来事を経て、一緒に居合わせたニナちや望君と共に、私は彼の中で『大切な友達』に昇格した。
私の親友が、彼の中で『友達』から『かけがえのない恋人』へと変わっていったと同時に。
もちろん、そのことを残念に思ったことは、誓って一度もない。私の至らなさが原因で、知らず知らずの間に一人傷つき、孤独を抱えた親友のことを支えてくれていたのが彼で、一度は溝が出来てしまった親友と私の仲を取り持ってくれたのも彼だ。
今まで親友にとっての『一番』だった私の座を、ほんの数か月であっさりとかっさらっていた彼のことをちょっとだけずるいと思ったこともあったけれど、それ以上の恩がある彼のことを嫌いになれるはずもない。
これからも親友のことを、大事にしてあげてね――そう思いつつ、私は一歩引いたところで、二人の仲睦まじい様子を眺めつつ、時には陰から、時には積極的にお節介を焼いて、彼らの仲の進展を応援し、楽しんでいた。
必然的に私が一人になる時間が多くなってしまうのは寂しいけれど、友達が幸せなら、私もそれで幸せだった。
……2年生の、ある時期を迎えるその時までは。
〇
彼に対する見方が変わっていったのは、おそらく2年生進級直後のクラスマッチでの出来事になるのだろう。
小・中と、友達になって以降、ずっと同じクラスだった親友と初めて離れ離れになり、私は一人で頑張らなければならない状況が多くなっていく。
彼女と別クラスになる覚悟は事前に出来ていたから、私もできるだけ言葉や態度に気をつけようと努力はしていたのだけれど……それまで親友に任せっきりだったツケが回ってきたのか、同じクラスの女の子と対立してしまった。今となってはいい思い出で、その子とはすっかり仲良しになったけれど……それまでは顔を合わせるたびに険悪な雰囲気で、いつ取っ組み合いの喧嘩になってもおかしくない状況だった。
そんな時、精神的に不安だった私を支えてくれたのが、『友達』の彼だった。それまでは、親友の助けがないと頼りない部分もあったけれど、揉め事になりそうなときは率先して間に入って仲裁してくれたり、また、クラスマッチ本番では慣れない大声を出してまで、私たちのチームに気合を入れてくれたりもした。
私だけじゃない、クラスメイトの中にも彼のことを見直す人が出てくるぐらい、その時の彼は頼もしかった。
きっと、それもすべては『恋人』である私の親友に格好いい所を見せたかった故の行動であることはわかっていたけれど。
……それでも、おかげで私は救われたから。
彼のことを少しでも労いたかった。いつものノリで企画したお疲れ様会(カラオケ大会)にも付き合ってくれて、親友とともにヘトヘトになった彼のために、何かしてあげられることはないかと考えて。カラオケ会の帰り、お手洗いで席を外す親友のかわりに彼の枕になってあげようと思ったのは、私のそんな気持ちの表れだった。
それが、当時の私にとって最もやってはいけなかったことだと知らずに。
――とくんっ。
初めて間近で見た、彼の穏やかな寝顔。その瞬間の、胸の高鳴りの感覚は、今でもはっきりと私の体に刻まれている。
忘れたくても、忘れられない。私の『初めて』。
その正体がなんなのか、当時の私はまったくわからなかった。ニナちにその様子を見られて飛び上がりそうなぐらいびっくりしたことも、その後、適当に理由をつけてその場を離れた後も、しばらくずっと体が中が熱くてしょうがなかったことも。
疑問に思ってお母さんにそのことを話したこともあったけど、お母さんは何も言わず、ただ私の頭を優しく撫でてくれただけだった。……きっと、お母さんも答えにすごく困ったことだろう。また今度、しっかりと謝らなければならない。
初めての感覚に戸惑っている私をよそに、私の大切な友達二人は、どんどんと仲を深めていく。誕生日、旅行、夏休み――ニナちの話によると、あまり大きな声では話せないようなことも、たまにやっているらしい。
一歩どころか二歩、いや、下手すればもっと、親友には差をつけられつつある。
親友が幸せになっていくのを側で見ていられるのは、とても嬉しかった。二人が幸せそうにしていると、こっちにもそのおすそ分けをもらったような気分になる。
……でも、それと同時に、胸の奥がつんと痛む感覚も、いつの間にか自覚していた。
始めは、だんだん二人が私のそばから離れていく寂しさからくるものだと思っていた。高校卒業後は完全に別の道へ進むことになるだろうから、そのことを想像して、不安になっているのだろうと。
でも、そうではなかった。もちろん、二人と離れ離れになってしまうのは寂しいし悲しいけれど、だからといって友達関係まで終わるわけではない。二人のことだから、私が『会いたい』と言えば、きっとすぐにでも飛んできて、話し相手になってくれるだろう。
内心では、きっと最初から気づいていたのだろう。今まで経験がなかったとしても、憧れがなかったわけではなかったから、少し冷静に考えればわかるはずだ。
それでも、私は数か月、ずっと気付かないフリをして、自分の心にずっと蓋をしたまま日々を過ごしていた。
だって、気付けばいつも私の視界の中の中心いる男の子は、私の親友の大切な恋人である。
いくら恋愛に疎い私でも、それがいけないことぐらいは簡単にわかる。二人とも大切な『友達』で、大好きで、そんな二人の幸せがずっと続けばいいと願っていたのにも関わらず、その隣で私は、彼のことばかり目で追っている。
私のことなんて、彼の眼中にないことはわかっている。彼の目の前にいるのは、いつだって大切な『私の親友』のみだ。
……でも、もし。
ほんの少しだけわがままが許されるのなら――。
いや、やっぱりダメだ。
この感情は、このままずっと胸のうちに、誰にもバレないようしまっておかなければならない。
もしこのことが、二人に……いや、私の親友にバレてしまったら、いったいどうなってしまうだろう。
どうなっても、嫌な想像しか浮かんでこない。二人のおかげで、せっかく昔のような関係性に戻りつつあるのに、またそれを台無しにするようなことをして。
そんなことは、絶対にしたくないのに。
……どうして私は、好きになってしまったのだろう。
恋心に鈍感だった私も、これだけ思い知ってしまえば、さすがに気づく。
私、天海夕は。
前原真樹君のことを。親友である朝凪海の大事な恋人のことを、好きになってしまっていたのである。
クラスで2番目に可愛い女の子と友だちになった たかた @u-da
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