拝啓、星が綺麗な月夜に
福沢 紅果
拝啓、星よりも明るい貴女へ
卒業まであと3ヶ月。
受験生となったわたし達は、短い冬休みに最後の思い出に、6人で天体観測に来ていた。
もう少しで時計が真上を指そうという時間に、わたしたちはすっかり暗くなった道を街灯を頼りに進んでいく。
「寒いな・・もっと着てくれば良かったわ」
「だから暖かくしてきなよってメッセージ送ったじゃん」
わいわいがやがやと公園となっている丘を登っていくわたしたち。
正直、今も気が気じゃない。
寒いし、勉強の予定だってある。なのに、なんでわたしたちがここにいるかというと。
視線をふと上げた先には、視線を月とスマホの間で往復させる背の高い青年。
言うまでもなく、今回の天体観測の発案は彼だ。
いつも自分の意見をあまり言わない無口な彼が珍しく提案したのが、今回の天体観測。
しかし、結果としてこうして極寒の冬に歩いていると、ちょっとだけ恨めしい気持ちもある。
少しずつ、目的地である丘の頂上の広場が近づいてくる。
私は少しでも寒さを紛らわせようと、彼に声をかけた。
「ねぇ、そんなに天体観測が好きなの?」
少し棘のある言い方だったかもしれない、と思ったが、彼は珍しく少し力を込めて言った。
「ああ。でもそれ以上に―――最後になるかもしれないと思うと、どうしてもみんなで見たかったからな」
少し心が痛くなった。
この6人は、必ずしも同じ道に進むわけじゃない。
私は公立文系へと、彼は私立理系へと進む。そうなれば、こうやって皆で集まれるのも最後になるかもしれない。そう思うと、月を見上げる彼の横顔が、いつもと違って見えた。
「マジ寒いな。コート今から取ってこようかな」
「だから言ったじゃん。人の忠告を素直に聞かないから」
「そしたらみんなでお前置いてくけどいい?」
「それは勘弁。こんな寒いのに投げ出されたら兎みたいに死んじゃうからな」
私たち以外には人もいない道で、楽しそうに笑うみんな。
この中には同じ道に進む人もいるし、恋人同士だっている。
そんなみんなを一歩引いたところから見つめる彼の微笑みは―――綺麗だった。
「もうすぐ頂上だ」
ぼーっとして見惚れていた私は、誰かが言った言葉で我に返った。
私が白い息を吐きながら先を見つめると、ずいぶん大きく見えてきた頂上の広場の向こうには、満天の夜空が広がっていた。
大して大きくもないベンチに二人ずつ腰掛けると、満月と瞬く星々、そして、街の夜景が一面に広がっている。
「ねえ、どれが冬の大三角形?」
歩いてきたまま私の隣に座っている彼に聞くと、彼はスマホの画面の見つめてからみんなにも聞こえるように言った。
「向こうに見える三連星がオリオンの三つ星。その左上に見える
そしてその左上の方にある
へぇー。と感心したり、どこどこ?と探すものだったり、反応は三者三様だったが、誰もが寒さを忘れて星空を見入っていた。
私はみんなを見ながら、夜空にまつわる文学を頭で思い浮かべていた。
星や夜空は季語になっているものも多い。
今夜は満月が出ているが、寒月は何で見た季語だったか――
などとこんなときにも文学を考えてしまい、自分自身に思わず苦笑する。
いくら受験生だとは言っても、ずっとそのことを考えるのも良くない。わたしは頭を振った。
「にしても、月が明るくてちょっと邪魔だね」
気分を変えようと、横で夜空を心ここにあらずの様子で見ていた彼に問いかける。
すると彼は、視線を動かさないまま言った。
「今日はコールドムーンなんだ」
「コールドムーン?」
「12月、つまり寒い時期に見える満月のことだ」
聞き返した私に、彼は月を見ている目を少し細めながら言った。
にしても意外だったのは、彼がそのような文学的なことを気にすることだった。
これまでの付き合いで、てっきりそういう目で天体を見ていないものだと思っていたわたしは少し面食らってしまった。
こっちを向いてわたしの驚く顔を見て苦笑した後、彼は夜風に消え入るような小声で呟いた。
「俺たちで揃って見る満月も、これで最後かもな」
『これで最後だろうな』ではなく、『これで最後かもな』。
その言葉を最後に夜空に視線を戻した彼の横顔に居たたまれなくなったわたしは、逃げるように目線を他のベンチへと向けた。
反対側の二人は、白い息を吐きながらなにやら話し込んでいる。
そして恋人同士二人が座っていた真ん中のベンチでは、少し丈が足りなくなりながらも、マフラーを二人で分け合いながら肩を寄せ合って眠っていた。
そして最後にわたしたちのベンチでは、彼が静かに夜空を見上げている。
―――今、何を考えているの?
夜闇と寒さで寂しさにあてられたわたしは、隣の彼にそう聞きたい衝動に駆られる。
その瞬間、彼の横顔を見ていたわたしと、こちらを振り向いた彼の目が合う。
かあっ、と自分の顔が熱を発したのが分かる。これではまるでそれこそ小説の恋する乙女みたいで――
「いやっ、そのっ・・・」
「・・・・・・・・・・」
言い訳しようとした言葉を意味を成さないまま、目を逸らした彼と気まずい時間が流れる。
そんなわたしたちを見かねたように、夜空に流れ星が流れる。
「あっ・・・・」
終わりの一瞬しか見えなかったのか、いつも物静かな彼はさっきまでの静寂も忘れ、まるでおもちゃを取り上げられた子どものような声を出した。
「大丈夫、きっとまだ見れるよ」
「・・・・・そうだといいな」
それこそ子どものように慰めたわたしに、少し拗ねたように答える彼。
長い付き合いでも見えてこない表情が伺えて、わたしは思わず微笑んだ。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
流れ星を待って、星空を見つめる彼。
何か話そうと思うけど、話しかけるのもためらうほどに彼は集中していて。
彼の横顔を月明かりと星空が照らす。
こんなことじゃまたさっきの二の舞になるって、分かってはいるのに。
そんなときに、流れ星が一条流れた。
それを彼はしっかりと見つめて―――――何故か、寂しそうな顔をした。
「流れ星――見られた?」
流れ星が見られて良かったね、という言葉を直前で方向転換したわたしに、彼はさっきまで流れ星が流れていた場所を見たまま口を開いた。
「流れ星に三回願い事を唱えられたら――――願いが叶うと思うか?」
突然の質問にわたしは答えかねて、数秒考えたあと、言った。
「どうなんだろうね。
でも、―――そうだったらいいな、とは思うよ」
それを聞いた彼は本当に小さな声で、お前らしいな、と呟いて。
「流れ星の見える時間は1秒にも満たない。3回も願いごとを唱えるのなんて無理だ。
―――――ただそれでも、願いごとをしたくなるのは何故なんだろうな」
その表情。切ないような、眩しがるような、
あるいは―――愛しく思うような、その表情。
わたしは好奇心が――もしくは他の何かが――我慢できなくなって、彼に聞いた。
「ねえ、どんな願い事をしたの?」
「俺たちが、ずっと一緒にいられますように」
少し気恥ずかしそうに言った彼の相変わらずの答えに、少し力が抜けてしまって。
「好きなんだね、みんなのこと」
そういったわたしに、少し目を逸らして、彼は言った。
「言葉が足りなかったな。
―――俺たち二人が、ずっと一緒にいられますように、だ」
―――――ただ、時が止まったように、月夜が二人を包み込んでいる。
いつものように物静かに、彼は言った。そして、わたしも言った。
「月が綺麗だな」
「――――――死んでもいいわ」
拝啓、星が綺麗な月夜に 福沢 紅果 @kouka-hukuzawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます