後ろを振り返る癖をつけてください。

星 太一

不審者情報が多発しています。

 * * *


【背中荒らし】(せなかあらし)


 いえ屋根やねについている「天窓てんまど」というまどにはりついてひと背中せなかにくねら妖怪ようかい

 天窓てんまどひとかげえたらそのかげ背中せなかせないようにしてそっとはなれましょう。

 もしながあいだ背中せなかせてしまうとあなたの背中せなかひらいてべてしまうかもしれません。


引用:山草次郎吉『こどものための妖怪対策図鑑』門田町怪奇対策委員会(1XXY)


 * * *


「ふーん」

 ぼくはまたページをめくった。

「たけし、ごはんはやくたべなさい。きょうから学校でしょ」

「はーい」

 本をとじていすにすわる。

 きのうは入学しきだった。きょうは学校たんけん。

 とってもたのしみ! 早く学校にいってかいくんとあそびたいな。

 ぼくがめだまやきをたべているとママがいった。

「あ、そうだ。たけし、しらない人にはついていっちゃ、だめよ」

 ママが学校からのおたよりを見ながらしんぱいそうにいう。

「わかってるよ」

「ちゃんとうしろをふりかえったりしてあんぜんをかくにんするのよ」

「わかってるってば。いってきまーす」

「あ、こら! はをみがきなさい!」


 はをみがいて、かおをあらって、やっと学校。

 早くいきたい。りかしつが見たい。

「いってきまーす!!」

「いってらっしゃい。気をつけるのよ!」

「わかってるー!」

 ぼくはかけ出した。


 犬のごんべえがいるいえまできた。

 うしろをふりかえるとママがいた。

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「こんなところまできたの?」

「だってしんぱいなんだもの」

 ママはシンパイショウなんだな。


 さいしょのポストのところまできた。

 うしろをふりかえるとママがいた。

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「もうついてこなくてもいいよ」

「だってしんぱいなんだもの」

 シンパイショウって、うざい。


 くろねこのムーとすれちがった。

 うしろをふりかえるとママがいた。

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「……いいよ、おうちにかえって」

「だってしんぱいなんだもの」

 ぼくはママのせなかをおしてさいしょのポストのところまでもどした。


 さいしょのカーブミラーのところまできた。

 うしろをふりかえるとママとパパがいた。

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「いってらっしゃい。気をつけるんだぞ」

「なんでパパもいるの?」

「だってしんぱいだから」

「かえってよ。ともだちに見られたらはずかしいよ」

 ぼくは二人のせなかを力いっぱいおしてまがりかどのむこうまでもどした。


 はしってすぐにとおまわりのみちに入った。


 ごうくんに見られたらいじめられちゃう。


 ちょっとくらいみちをすすむ。

 うしろをふりかえるとママとパパがいた。

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「いってらっしゃい。気をつけるんだぞ」

「もうこなくていいよ!」


 もっとはしった。


 そしたらしらないところにきちゃった。

 こうばんを見つけた。いそいで入る。


「どうしたんだい」

「え、えっと」

「まよっちゃった?」

「う、うん」

「みち草はいけないよ」

「してないよ!!」

「はははは」

 ぜんぶシンパイショウのママとパパのせいだ。

「もんだ小学校へはあそこのみちを入って、それから左にまがればつくよ」

「ありがとう! それと――」

「なんだい?」

「パパとママはいる?」

 ぼくのしつもんにけいさつかんの人がそとを見た。

「いないよ?」

「ありがとう。さよなら!」

「いってらっしゃい。気をつけなさいよ!」

「わかってるよ!」

「うしろをちゃんと見るんだぞ!」

「それもわかってる!」

 ぼくははしってあそこのみちにとびこんだ。


 ごみばこを二つとおりすぎた。

 うしろをふりかえるとママとパパとけいさつかんの人がいた。

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「いってらっしゃい。気をつけるんだぞ」

「いってらっしゃい。気をつけなさいよ」

「なんでいるの?」

「だってしんぱいなんだもの」

「だってしんぱいだから」

「だって、しんぱいだろう?」

「こないで!!」

 気もちわるい。

 なんでみんなついてくるの?


 すぐにふりかえった。

 うしろをふりかえるとママとパパとけいさつかんの人とまんさくじいさんがいた。

「ヒッ!」

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「いってらっしゃい。気をつけるんだぞ」

「いってらっしゃい。気をつけなさいよ」

「いってらっしゃい。気をつけるんじゃぞ」

「ついてこないでよ!! ぼく一人でも大じょうぶだから!!」

「だってしんぱいなんだもの」

「だってしんぱいだから」

「だって、しんぱいだろう?」

「だってしんぱいじゃから」

 もうこないでもうこないでもうこないでもうこないで!!


 いきおいよくはしった。

 いきがきれるけどはしらなくちゃ!

 まがりかどをまがってポストのかげにかくれた。


 そしたらかたをだれかがたたいた。


「だめじゃない。学校にいかなくちゃ」

「わああああ!!」


 ママたちかとおもったら、いつもあめをくれるゆりこおばさんだった。

 あ、あれ。


「なぁに? 大ごえ出して。――あ、おにごっこしてたのね。まったく。みち草してたらおばけにたべられちゃうわよ」

「お、おばけ?」

「そうよ。あなたのせなかをたべたくておばけがうしろについてきちゃうわよ」

「せ、せなか!?」

「そうよ。だから早く学校にいきなさい。学校までいけばあんぜんだから」

「あんぜん?」

「だって、みくちゃんもかいくんもごうくんもゆうちゃんもいるでしょう?」

 そうだ……そうだ、学校だ!!

「ありがとう、おばさ――」


 おれいをいおうとしてかおを上げたら


 ママとパパとけいさつかんの人とまんさくじいさんとはなこおばあちゃんとうめさんとゆりねえととしょかんの先生とふとっちょおじいさんとこわいおにいさんとこうじの人とタクシーの人がいた。


「いってら「いってらっしゃい。気を「いってらっしゃい「いってらっしゃい。きぃつけ……。


 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 気をつけて。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。

 しんぱいだから。


「いってらっしゃい。気をつけてね、たけしくん。かえったらあめをあげるからおうちによりなさいね」


「うわあああああああああああああ!!!!」

 ぼくはぜんりょくではしった!!!


 うしろをちゃんと見ていないとつかまっちゃう!!


 ふりかえるたびにひとりずつふえた。


 一人目はほいくえんの先生だった。


 うしろをずっと見ないとせなかをたべられちゃう!


 二人目はバスの人だった。


 うしろを見ないと!


 三人目はほうきをもったしらない人。


 すれちがう人すれちがう人ぜんいんがどんどんぼくのあとをついてきた。


 ――そうだ!


 いいことをおもいついた。

 ぼくはうしろをくるりとむいてうしろむきにあるき出した。

 うしろを見ていればあんぜんだ。


 ついてくる人はぼくに見られたままそこで立ちどまって、ずっといってらっしゃいをくりかえした。


 キーンコーンカーンコーン。


 学校のチャイムの音がきこえた。

 ぱっとふりかえるともう八じになっていた!


 ――あ!!


 すぐにふりかえるとすぐそこにさっきの人たちがいた。


「いってらっしゃい……」

「こないでええええ!!」


 するとうしろでキイイという音がする。


 ついてくる人たちを見ながらそっちを見るとセンセイがもんをしめているところだった!


「センセイ!! センセイ!! まって、センセイ!!」

 ぼくはついてこられているのをむししてセンセイのところへはしった!

「たっ、たけしくん!?」

 くろかみでメガネの男の先生のところにはしる。

 先生はとびこんだぼくをうけとめてくれて、すぐにもんをしめてくれた。

「たけし、かえってきてぇ」

「たけしくんおねがい」

「たけしくん」

「たけしくん」

「おねがいよぉ」

「おねがい」

 ゲームみたいにもんのところでつっかかってずっとあるいている人たちはくやしそうにもんをなでる。

 それをまっすぐ見つめるぼくのかたにセンセイがあたたかくて大きな手をおいてくれた。

 なんだかなみだがこぼれた。

 ぼく、たすかったんだ。

「なんですか、あなたたちは」

 うしろからおこったこえがきこえた。

「この人たちぼくのせなかをたべようとしているの!」

「なんだって!?」

 けいさつの人にでんわをするぞ! とセンセイがいってケータイをひらく。

 よかったぁ……。

「たけしくんん、こっちにかえってきてぇ」

「おねがいぃ」

「やだねー! だってぼくのせなかたべるんでしょ!」

「ちがうのぉ」

「ちがうのぉぉ」

「うそだ!! ぜったいそうだ!!」

「ちがうのぉ……」


「ちがうのぉ。そのままだと」




「え?」



 ……。


 * * *


 Prrrr……。

 ガチャリ。

「はい、もしもし」

『あ、武君のお母さんですか?』

「はい、そうですが……」

『実は……武君が一時間目になっても学校に来ていません』

「――エ!? 武が!?」

『はい。なのでこちらで警察を呼びました』

「けい、さつ……」

『なのですみません。お手数ですが学校まで来ていただけますか?』

「ぅわっ、分かりました。すぐに向かいます!」

 そう言って受話器を置こうとした手元から「あ、それと」が聞こえる。

「――は、はい。何か必要ですか?」

『あ、いえ、そういうのは無いんですが……』

『こちらにいらっしゃる時は必ず後ろを振り返りながら来てください。何があるか分からないので』

「あ、は、はい……」


『良いですね? 必ず、振り返ってきてください』


『センセイからのお願いです』


(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後ろを振り返る癖をつけてください。 星 太一 @dehim-fake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ