放置はゲームですか、それともビジネスですか

工事帽

放置はゲームですか、それともビジネスですか

『あなたの指示でキャラの性格が変わる。共に生きるRPG』


 胡散臭い。

 それが、公式ページを見た時の第一印象だった。

 ページの中央に据えられた何人かのキャラ絵だけは綺麗だけど、ページの背景や枠組みは原色が強めで、控え目にいってもケバケバしい。

 道路脇から飛び出ている目立つこと以外なにも考えてないようなカンバンみたいだ。


 知り合いから、ぜひやってみろとお勧めされたゲームだけど、公式ページを見ただけでやる気をなくす。

 ただお勧めしてきた知り合いが厄介で、ゼミの先輩にあたる人だったりする。

 行動経済学を専攻している先輩は、事あるごとに変なビジネスや、どこからどう見ても詐欺でしかない自称・ビジネスを見つけてきては「行動経済学の観点からいえば……」などと分析しはじめる変人だ。


 このゲームも何を考えてお勧めしてきたのかは分からないが、数日後にはまた「行動経済学の観点からいえば……」とご高説を垂れるのだろう。その時に「いや興味ないんで」と見向きもしなければ、ご高説の時間は倍じゃきかない。お前は何のために行動経済学を専攻しているんだと、説教が始まる。

 被害を最小限に抑えるなら、このゲームを少しでも遊ぶことでご高説の時間を減らさなければいけない。


 公式ページを読んでみると、これはスマホ用のゲームのようだ、ダウンロードのリンクが載っている。

 ゲームの内容はほとんど情報がない。いくつかのスクリーンショットが載っているだけで、トップにいるキャラも誰でどんな役割なのかまったく分からない。

 キャッチコピーからしてRPGなんだとは思うが、シミュレーションRPGなのかアクションRPGなのすら分からない。


 唯一評価できるのはキャラ絵だけだ。

 誰が書いたキャラなのか分からないが、細かな書き込みがされていて見栄えする絵だ。

 とはいっても、最近のスマホゲームは「綺麗なキャラ」「豪華声優陣」が決まり文句のようなものだから、特別に綺麗というわけではない。

 それしか評価しようがないのだ。


「とりあえず入れてみるか」


 ダウンロードのリンクを踏んでインストールを始めていく。

 増えていく勤勉なパーセンテージを放置してコーヒーを入れた。


           *


『あなたと共に生きるキャラクターを選んでください』


 ゲームを起動すると、いきなり重い質問がきた。

 初期キャラを選べということみたいだけど、使う言葉が重い。見た目だけで髪の長い美女を選んだ。


『アンジェリカ。天使のように美しく、天使のように潔癖。あなたが正しく生きていく限りにおいて、彼女は最高のパートナーとなるだろう』


 いちいち重いテキストを適当に読み流す。


『あなたの呼び方を選択してください』


 なにを細かなことをと選択肢を見れば「君付け」「呼び捨て」「ご主人様」「お兄ちゃん」「父上」「貴様」「下僕」「クズ」とこんなに種類はいらないだろうというくらい、沢山の選択肢が表示される。

 ゲーム内でいちいち「クズ」呼ばわりされる趣味はないので、無難なところで「ご主人様」を選択した。


 続いて、選んだアンジェリカが説明するかたちで、チュートリアルでゲーム内容と操作方法が延々と説明される。

 世界観がよくわからないが、パーティーを組んだあとはゲームを起動していない間も勝手に戦ってくれるらしい。


「放置ゲームってやつか」


 それはアクションでもシミュレーションでもなかった。最近、スマホゲームで出てきたゲームのジャンルだ。

 じっくりと遊ぶ据え置き機のゲームと違って、スマホのゲームは短時間だけ遊ぶものが多い。

 電車の待ち時間や、レストランの待ち時間などの、ほんの少しの時間。忙しくて据え置きのゲームを起動する時間がなくても、遊べるように設計されている。

 それでいて、毎日起動するようにログインボーナスをつけているゲームが多い。中には時間帯で区切って、日に何度もログインさせるゲームもあるほどだ。


 一度に遊ぶ時間は短くても、本気で進めようと思ったら、とても多くの時間をとられる設計。

 ハマれば食事中だろうが、コーヒー休憩だろうが、お風呂だろうが、トイレだろうが、日常のちょっとした「何もしない時間」が奪われていく。


 そうして僅かな時間を奪われた先に生まれた、新しいジャンルが「放置ゲーム」というジャンルだ。曰く「何もしなくても強くなる」。ゲームを起動していない間も、時間経過で経験値が増えていく。

 そういうジャンルがあるのは知っていたが、何もしないなら「ゲーム」じゃないように思えて手を出していなかったジャンルだ。


 設定したパーティーは、パートナーのアンジェリカを先頭に、チュートリアルの中でまわしたガチャで出たキャラ。どうもガチャで出たキャラは全部低レアらしく、絵の豪華さがアンジェリカよりも数段劣る。

 戦闘は2.5頭身のキャラがわちゃわちゃと動くものだった。

 斧を振り回すキャラもいれば、ガンアクションをするキャラ、妖精っぽい何かを呼び出して敵にぶつけるキャラと、どうにも世界観が分からない。


「まあ、いいけど」


 わちゃわちゃ動くキャラの頭上には、ダメージなのか経験値なのか、よく分からない数字がぽこんぽこんと出ては消えていく。

 どうせ先輩対策だしと、その日はゲームを終了した。


           *


「おー、すごい上がってる」


 次の日にゲームを起動してみると、連続でレベルアップ音が鳴り響いた。

 そしてアンジェリカからは『お帰りなさいませご主人様』の声を皮切りに、新しく手にいれた装備やアイテムの説明が入る。

 装備はよく分からなかったので「おまかせ装備」を選んだ。キャラの半分くらいは装備が更新されたようだ。


 そして昨日のように2.5頭身のキャラがわちゃわちゃと戦い始める。

 しかし昨日と違うのは『アクア・ブレイカー』などと声を上げ、大技を使うことがある。つい、他の技はないのかと、わちゃわちゃ動き続けるキャラの姿を追ってしまう。


「あ、やっべ」


 動くキャラの姿を見ている間に、大学に行く時間になってしまっていた。

 慌ててゲームを終了して、カバンを手に家を出る。


           *


 ゲームを始めて数日。今日も快調にレベルアップ音が響き渡る。

 やってみて分かったことは、意外に、わちゃわちゃ動いているのを見ているだけでも楽しい。たまに知らない技が出たりするし。

 装備は面倒でおまかせにばかりしていたが、自動設定があるのを見つけてからはONにしている。新しい装備を手に入れると、自動で強いほうに変わる。ゲームを起動したときには常に手持ちの最強装備だ。

 あと、手に入れたアイテムも溜まってばかりだったから、自動使用をONにした。これもOFFの時は、ゲームを起動中にユーザーが一々使わないと消費されない。

 そうしているうちに、一つ一つの自動設定も面倒になり、今では全部まとめて自動をONにしている。


 だからゲームを起動してもレベルアップ音を聞いて、わちゃわちゃと動き回るキャラクターを見るだけだ。

 課金をすれば、消耗品のアイテムを購入したり、一時的に入手経験値を増やしたり出来るようだけど、まだ課金はしていない。

 元々先輩対策で始めたゲームだ。課金するほどでもないと思う。だけど、段々とレベルアップ音の数が減ってきている。

 ……物足りなくなったら課金するかもしれない。


 そういえば、このゲームを始める切っ掛けになったゼミの先輩と会っていない。

 何もなければゼミに顔を出すはずだけど、もう一週間近く見ていないかも。

 たまに、あやしい人たちと一緒に怪しい活動をしていたりもする。新しいネタでも思いついて、そっちにのめり込んでいるのかもしれない。いつか逮捕されそうで心配だ。


           *


 先輩とは会わないまま、更に数日が過ぎた。

 起動すればそれなりに見れるゲームも、起動する気が起きなくなる。どうせ起動してもレベルアップ音を聞くだけで、少しわちゃわちゃと動くのを見たら落とすだけだ。全て自動をONにしていると、勝手に動くのだ。ゲームを起動する意味もない。


 それよりもゼミの教授の本が発売になる。

 こればかりは読まないわけにはいかない。幸いなことに電子書籍も同時発売だというので、いつも買ってるサイトで購入することにした。専門書は高いから、少しでもポイントで賄いたい。

 だけど決算ではじかれた。


「なんでだ?」


 クレジットカードの有効期限を見てみても問題なく、クレジットカードのサイトが落ちたわけでもない。問い合わせをしてみると、回答は限度額一杯まで使用済みだという。

 不正利用か。カードが盗まれた覚えはないが、とりあえずカード会社のサイトにログインして、使用履歴を見る。

 そこには毎日のように課金された放置ゲームの名前があった。


「なんでだよ。ふっざけんなよ」


 久々にゲームを起動すると、腹立たしいくらいにレベルアップ音が鳴り響く。

 全て自動に設定した項目の一つに「アイテムの補給」という欄を見つける。アイテムはゲームを進めれば入手できる。そしてゲームを進めなくても、課金すればその場で手に入る。


「これって課金設定かよ」


 どうする。どうしよう。どうすればいい。

 文句を言って返ってくるか? 訴えるか? どうやって。


「そうだ、先輩に……」


 あやしいことに首を突っ込むことが多い先輩だ。それにこのゲームの話を振ってきたのも先輩じゃないか。相談すればお金を取り戻す方法が見つかるかもしれない。


 俺は大学で探し回ることを決めたその翌日。

 先輩が逮捕されたことを知った。

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